1-6
8月の半ば、サークルの合宿で千葉を訪れた。海で泳ぎ、バーベキューをし、最後はビールで乾杯……合宿とは名ばかりの泊まり掛けの飲み会だ。
このサークルのメンバーは楽しいことならなんでもやるを信条にしている。僕には理解し難い人間の集まりだったが、今はこの集まりにいるのも悪くないと思えた。
無心になり、馬鹿みたいに騒いで遊ぶ時間が必要な時期がある。
日が落ちて、海岸沿いに集まりビールを飲んでいる時に杏奈のことを考えた。杏奈に会いたかった。
花火をしてはしゃぐ仲間達をぼんやりと眺める僕の隣に加奈子が座る。
「今ならみんな花火してるからログハウス誰もいないよ。ねぇ慎也ぁ?」
Tシャツに覆われた肉感的な胸元が僕の肘に当たる。すぐそばに人がいるのもお構い無しに加奈子は僕の下半身に手を伸ばして、ズボンの上から僕を刺激した。
「高校生で満足できるの? 性欲溜まってない?」
杏奈との繋がりは満足できるできないの問題ではない。相手が杏奈なら僕はそれで満たされた。
けれど、とろんとした目で必死に訴えかけてくる加奈子を強く拒絶もできない。
『わかった。行こう』
これは浮気になるのか? 今まで気にしたことがなかったからよくわからない。
ああ、でも、杏奈が他の男に抱かれるのは嫌だ。そうか、これが独占欲と罪悪感なのだ。
杏奈の裸は綺麗だと思えたのに加奈子の裸を見ても何も思えない。豊満な加奈子の胸よりも、杏奈のまだ成長途中で小ぶりな胸が好きだ。
キスで舌を絡めて、義務的に吸い付き、舐めて、挿れて、出すだけ。
加奈子とはこの行為を高校時代から何度したかわからない。身体を重ねた回数なら加奈子が最多だ。
思えば僕の初めての相手も加奈子だった。加奈子の初めての相手は僕ではない。
愛がなくても性交はできるが、愛のある性交は杏奈とだけ。
加奈子とは精子の放出のためだけの行為だった。高校の頃から、ずっと。
それを加奈子に申し訳ないと思えない僕は人としてどこか欠落している。
加奈子だって恋人がいる男を平気で誘惑する女だ。お互い様だ。
数十分後、加奈子が満足げに服を着て先にログハウスを出た。こんなことをした後でも彼女はなに食わぬ顔で遊んでいるメンバーと合流するのだろう。図太い神経だ。
くしゃくしゃになったベッドのシーツをある程度整え、服を着た。ズボンのポケットに入れた携帯電話を見ると着信が入っている。
ベッドで加奈子に触れている間に杏奈から着信が入っていたことで罪悪感がさらに増す。
ログハウスを出て夜風に吹かれるまま、杏奈の携帯に電話をかける。すぐに彼女が通話に出た。
{……先生?}
『電話、遅くなってごめんね。着信あったこと今気付いて……』
言い訳がましくなってしまうのは、ついさっき杏奈以外の女を抱いたせいだ。
{ううん。大学の人達と一緒なのに私こそ、ごめんなさい}
『大丈夫だよ。今はひとりだから。何かあった?』
彼女は何も言わない。代わりにすすり泣く声が聞こえた。
{……私ね、いらない子なの。お母さんが浮気してできた子供なんだ。私だけ、血液型が違うの}
これまでの杏奈の話からなんとなく予想はついていた。まさか母親の浮気相手の子供だとは思わなかったが……。
だから杏奈は家族に邪険に扱われているのだ。
{みんな私が嫌いなの}
『僕は杏奈が好きだよ』
言った直後に後悔した。違う、杏奈が好かれたいのは男にじゃない。
杏奈が本当に好かれたいのは家族にだ。自分の存在を家族に認めて欲しいんだ。
{ありがとう。先生だけが私の味方だよ}
今すぐ東京に帰って涙声の彼女を抱き締めたい。杏奈の家族が彼女の存在を認めないのなら、杏奈の新しい家族を作ればいい。
『あと1年待ってくれないか?』
{……1年?}
『正確には……1年半。お互いに学校を卒業して、僕が社会人になれば杏奈を養っていける。二人が学校を卒業したら結婚しよう。僕と家族になろう。子供ができたらみんなで動物園行ったりしてさ……そうやって杏奈は僕と新しい人生を歩いていこう』
人生初めてのプロポーズ。結婚の申し込みとはこんなに恥ずかしいものなのか。顔が熱く火照っていく。
{私……今、めちゃくちゃ嬉しいよ……先生ありがとう。1年半……長いなぁ}
泣いている杏奈がどんな顔でその言葉を呟いたのか電話越しの僕には見えない。
僕が杏奈の家族になるよ。杏奈を守るよ。
だからお願い……どこにも行かないでくれ。
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