1-5

 7月も終わりが近づき、僕と杏奈が付き合って2ヶ月が過ぎようとしている。3ヶ月の恋人期間もあとわずか。

僕は約束の3ヶ月が過ぎても杏奈とこのまま恋人でいたかった。彼女もそれを望むはずだと勝手に思い込んでいた。


 茜色に染まる街で杏奈を待っていた。僕の目の前を通り過ぎる女の子達は淑やかに浴衣を纏っている。

高校生らしきカップルがやって来た。彼氏が浴衣を着た彼女と手を繋いで、彼女の歩幅に合わせて歩いていた。


その向こうに杏奈が見えた。白地に淡いピンクと紫の柄の浴衣がよく似合う。


「浴衣どうかなぁ?」

『可愛い。似合ってるよ』

「へへっ。自分で着付けたんだよ」

『着付けできるのか。凄いな』


 先ほどの高校生カップルの彼氏を見習って、僕は杏奈と手を繋いで彼女の歩幅に合わせて歩き始めた。

杏奈のうなじの色っぽさに心を奪われる。僕のために浴衣を着てくれたのは嬉しいが、杏奈のそんな色っぽい姿は他の誰にも見せたくなかった。できれば、このまま今すぐ家に連れ帰りたかった。


 縁日の会場が見えると杏奈は大喜びだ。


「彼氏と夏祭りに来るのが夢だったの!」


浴衣姿の杏奈を写真に撮ってフィルムに残す。彼女はこれまで二人で撮った写真やプリクラをまとめたアルバムを作ると言っていたから、今日の写真もアルバムに加わるだろう。


 杏奈は屋台で金魚すくいをした。最初は網が破れて逃がしてしまったが、二度目の挑戦で三匹持って帰ることができた。


「帰ってからさっそく金魚鉢に入れてあげようね」


金魚の入るビニール袋を大切に揺らす杏奈をまた写真に収めた。

屋台で金魚すくいをすると事前に聞かされていた僕の家にはすでに金魚鉢が用意されていた。


 二人で僕の家に帰り、さっそく金魚を金魚鉢に移してやる。杏奈が選んだころんとした丸い金魚鉢の中で三匹の金魚が泳いでいた。


「可愛いー! ねぇ先生、この一番赤い子、アンナって名前にする。この子が私ね」

『うん、目がくりくりしていて杏奈に似てるね』


 餌をぱくぱくと食べている金魚を眺める杏奈を後ろから抱き締めた。


『僕は杏奈とこれからもずっと一緒にいたい』

「……3ヶ月経っても?」

『うん』

「それはダメ」


浴衣から覗く色っぽいうなじが横に揺れた。


『どうして?』

「3ヶ月がちょうどいいの。1ヶ月じゃ短いし、半年じゃ別れが辛くなる。3ヶ月がちょうどいいの」

『僕達が別れる必要がどこにあるんだ?』


 振り向いた杏奈は悲しそうな瞳で微笑むだけで、何も答えなかった。僕はたまらず杏奈の浴衣の帯をほどき、汗ばんだ肌に口づける。

浴衣を羽織ったまま杏奈は立て膝をついて、夏の湿気で蒸れた僕の下半身に顔を埋めた。


『シャワー浴びた方がよかったかな。臭わない?』

「このままで大丈夫……」


 杏奈の小さな口がかぷっと僕を呑み込んだ。杏奈はバナナを使ってその行為を練習したらしい。

練習の成果か、初めての頃はたどたどしかった手つきや舌の動きが上手くなっている。どこをどうすれば僕が気持ちよくなれるのか、彼女はすっかり熟知していた。

杏奈の口内にいるの限界が近付いている。


 乱れた浴衣姿の杏奈を組み敷いている時、僕の下で法悦の顔をする彼女を一生手離せないと思った。

一生……そう、一生だ。


 金魚鉢の海に泳ぐ三匹の金魚が僕達を見つめていた。

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