第一章 狂恋 -クロユリ-

1-1

4月14日(Tue)


 関東の大学でも人気の高い私立大学のひとつ、渋谷区にある明鏡大学に通う浅丘美月は構内の中庭を歩いていた。


今日はおろしたての桜色のスプリングジャケットを着ていたが気温が上がってきて少し汗ばむ。美月はジャケットの袖をまくるついでに腕時計に目をやる。12時17分だった。

中庭から一階の食堂に入る。ガラス張りの明るい食堂は昼休みを楽しむ学生達で賑わっていた。


「美月ー! こっちこっち!」


 親友の石川比奈がテーブルの一角で手を振っている。美月は比奈に手を振り返し、すれ違う学生を器用に避けながら比奈のいるテーブルまで歩み寄った。


「お待たせー。最後の講義が先生の話が長くてなかなか終わらなくて。お腹空いたぁ」


比奈のいるテーブルには比奈の他にも二人の友人がテーブルを囲んでいる。美月を含めると四人になる。美月は空いている比奈の隣の席に座った。

テーブルには学食のランチセットやコンビニのサンドイッチ、手作りの弁当など各々の昼食やお菓子が並んでいる。


「お疲れー。そうそう、美月見たよぉ」

「見たって何を?」


 テーブルに弁当箱を出して今まさに蓋を開けようとしていた美月はニヤリと笑う比奈に首を傾げる。対面にいる友人の麻美あさみ絵理奈えりなもニヤニヤ笑っていた。


「麻美が今読んでる今月号のシェリ! 美月と隼人くんのカップルスナップ載ってるよん」


比奈は麻美と意味深に目を合わせた。美月は途端に顔を赤くして立ち上がるとテーブルに身を乗り出す。


「……うわあああー! 麻美! 絵理奈! 見ちゃダメ!」

「もう遅いよぉー。ここにいる全員、ばっちり見ちゃったから! ほらっ!」


 麻美がニヤけた顔で雑誌のページを美月に向けた。その雑誌は二十代前半女性をターゲットとするファッション雑誌だ。

麻美が開いているページはシェリの人気企画の街角スナップ。今月号はカップル企画で街を歩くカップルのスナップ写真が掲載されている。


「ほらほらお姉さんいい顔して写ってますねぇ」

「いいなぁシェリのカップル企画。私も彼氏できたら載りたーい」


スナップの中でもひときわ大きな写真で掲載された美月と美月の恋人の写真を指差して麻美と絵理奈が口々に美月をからかい始める。


「みんな面白がって……。そのスナップ今月発売のヤツだったんだ……」


 友人達に冷やかされて頬を膨らませた美月は弁当箱の蓋を開けて箸を握った。今日は昨日の晩御飯に母が作ってくれたコロッケの余りが入っている。これを楽しみに今日は午前の講義を頑張ったのだ。


「隼人くんの紹介のとこ、メンズファッション雑誌、soul street 元読者モデルって書いてあるよ。さすが扱われ方違うよね」

「彼氏組の中でもひとりだけ慣れてるっていうか、格が違うよね。オーラが凄い」


 比奈と絵理奈が言う。美月はコロッケを頬張りつつ写真の中の恋人を一瞥した。

恥ずかしくてまともに見られないが、格好つけている彼氏を見るのはさらに照れ臭い。

恋人の木村隼人とは今年で付き合って3年になる。


「いいなぁ美月。こんなイケメンの彼氏がいて」

「伝説のミスター啓徳けいとく4連覇だもんね。こんなにかっこいい人が一般人だってことが信じられない」

「前に芸能事務所にスカウトされたのも断っちゃったんでしょ?」


比奈が美月に聞いた。美月は頷いてタコの形のウインナーを口に入れる。


「芸能界には興味ないんだって。モデルの仕事も読者モデルならいいけど本格的にモデル活動する気はないみたい。そういうことに執着ない人なのよね」

「もったいないなぁ。あの一ノ瀬蓮と張り合えるくらいかっこいいのに!」


人気俳優の一ノ瀬蓮の名前が出て、美月以外の全員が首を縦に振っていた。


 美月は麻美から渡された雑誌のページをめくった。めくった次のページにはシェリOGモデルで女優の本庄玲夏ほんじょう れいかのインタビュー記事が載っていた。


(本庄玲夏の刑事ドラマ今日からだ。観なくちゃ。主題歌のUN‐SWAYEDの新曲どんな感じかなぁ。楽しみ!)


        *


 美月がのんびりと昼休みを過ごしている同時刻、美月達のいるテーブルから少し離れたテーブルにいた南明日香はストローを噛んで小さく舌打ちした。


(ふん。何が4年連続ミスター啓徳よ)


浅丘美月が彼氏と一緒に雑誌に載ったことが気に入らない。明日香は乱暴に立ち上がり、その場を離れた。


(浅丘美月……むかつく。なんであの子ばかりちやほやされるの?)


 食堂を離れた明日香は購買の書籍コーナーで目当てのものを探す。確か今月号のシェリと言っていた。

書籍の棚から一冊の雑誌を引き抜いてページをめくる。明日香が見たかったページはすぐに見つかった。美月と恋人が載っているスナップページだ。


(これが浅丘美月の彼氏ね。確かにイケメン)


「むかつく……」


恋人と手を繋いで幸せそうに微笑む美月の写真を明日香は冷めた目で見下ろした。


 南明日香は総合文化学部の二年生。学部と専攻が同じ浅丘美月とは一年生の時からたびたび講義が重なり、同じ教室で学ぶ機会も多い。

明日香は美月が嫌いだった。理由はよくわからない。ただ、美月は明日香が昔から嫌いなタイプであることは間違いない。

可愛くて穏やかで優しくてニコニコしていて皆から好かれる人気者……そんな女が昔から嫌い。大嫌い。

嫌い、気に入らない。最初はそれだけの感情だった。最初はそうだった。

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