第二話『ラーマの女門番たち』6

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 門から街に入ってすぐ右手に行ったところに石造りの建物があった。

 外見上簡素な造りをしているが、結構大きな二階建てである。建物を囲っている壁も含めたらかなりの敷地面積だろう。

 どうやらここが門番の住まう宿舎らしいが、その入口に門番長が立っていた。

 胸当てを外して強調された胸部に目が吸い寄せられそうになるのをぐっと堪えつつ門番長の顔を見てみると、彼女の視線は紛れもなく俺を捉えている。

 そして近付いてくるなり門番長は出し抜けに言ってくる。



「ボウヤ、話がある。付いてきな」



 そう言ったきり、こちらの答えも聞かずに、門番長は裏手の方へと歩いていってしまった。その有無を言わせぬ言い方に、思わずパティと顔を合わせながらも、仕方なく俺だけ門番長に付いて行く。

 裏庭には誰かの趣味なのか、はたまた自給自足でもしているのか、小ぢんまりとした農園が広がっていた。暗くて見づらいが、トマトの様なものが生っているのが分かる。

 その一角――宿舎の方から見えない位置にある木の陰で門番長は止まった。



「こっちに来な」



 言われるまま俺は門番長の側まで行き、木の陰で向かい合わせとなる。

 しかし俺は童貞なので、たったそれだけでそわそわしてしまう。だけどこんなことで落ち着きを失くしていたら童貞だってバレてしまう。でもこんなことを考えている時点で童貞過ぎた。もう童貞やだぁ……。

 俺が悲しみに暮れていると、門番長がようやく口を開く。だが、その内容は意表を突かれるものだった。



「あんた、リューイ・ネルフィスだろ?」

「!!」



 俺は思わず体を揺らしてしまうが、誤魔化そうにも既に門番長の顔は確信を得ていた。



「隠さないでいいよ。最初から分かっていたから」

「! そ、そうなのか?」



 門番長は頷く。



「ああ。あんたのことはよく知っているからね」

「そ、そうだったのか……」


 俺がそのように答えると、しかし彼女は不満そうな顔をする。


「あんたもあたしのことを知っているはずなんだけどね」

「え?」


 その意外な発言に俺は驚いていた。

 俺がこの人を知っているだって? まじまじと見てみると……綺麗な人だなァ。じゃなくて……いかん、すぐに俺の中の童貞が反応してしまう。

 でも、確かにどこかで見たことがあるような……?



「まだ分からないのかい? だったら、これでどうだい?」



 そう言って彼女は長い黒髪を持ち上げ、それを後ろでまとめた。

 するとその姿を見た俺は思わず「あ……」と呟いた。



「あ、あんたは……!」

「ようやく分かったのかい? そうだよ。あたしはミロ様の屋敷で門番を務めていたレイラだよ」



 思い出した。確かに彼女はミロの屋敷で門番を務めていたレイラだ。俺自身はあまり彼女と話したことはなかったが、ミロとレイラ――彼女たち主従はとても仲が良かったのを覚えている。

 しかし情けないことに今になって分かった。彼女は昔は髪が短かったのだ。

 そんな俺に向かって、レイラは髪を下ろしながら文句を言ってくる。



「ちょっと髪型が変わったくらいで分からなくなるなんて……まったく、そんなことじゃ女にもてないよ?」



 クリティカルヒット! 童貞は心に大きなダメージを受けた!

 ……でも確かにレイラの言う通りだった。女性とは髪の長さ一つでこんなにも印象が変わるものなのだな……。また一つ童貞は賢くなってしまった。



「だけどレイラ、なんであんたはこんなところにいるんだ……?」

「ミロ様がグルニアを追放された後、色々あってここに辿り着いたのさ」

「そ、そうだったのか。それは申し訳なかった」

「は? なんであんたが謝るのさ?」

「ミロが追放された時、あいつの家、ファルカス伯爵家の者たちは、それぞれファルカス家の領地を分割吸収した家に引き取られていった。しかしミロと特に仲の良かったあんたはそれをよしとしないだろうと思っていたから、俺が何とかしようと思っていたんだ。でも、その時あんたは既に姿を消した後だった……」

「あ、あんた、そんなこと考えていてくれたのかい……?」


 レイラは驚いた顔を見せていたが、ややあってからフッと笑った。


「だからってあんたが謝ることないだろ? それどころかあたしはあんたに感謝してるんだ。本当は処刑になるはずだったミロ様を、あんたが命を懸けてグルニア王に助命嘆願を訴え出てくれたおかげで、あの方は追放で済んだのだから……」


 そう言ってレイラは真っ直ぐ見つめてきたので、俺は何だか照れくさくて視線を逸らしてしまった。そんな俺にレイラは言葉を続けてくる。


「あたしのことはこれくらいでいいだろ。それよりもあんたがこんなところに来た方がよっぽど驚いたよ。グルニアの英雄とまで呼ばれたあんたがどうしてこんなところにいるんだい? どうして魔法剣士のあんたが門番なんかになっているんだい?」

「う……」

「言いな」


 レイラは有無を言わせない迫力で俺の顎に指を突きつけてくる。それだけで顔が赤くなってしまう俺はもう重症かもしれない。

 結果、口が勝手に動く俺だった。


「ナパール王にミロを討ち取れと言われたから、それがいやで門番に転職してグルニアから逃げてきたんだよ」


 そう言うと、レイラは呆気に取られた顔になった。


「あ、あんた、だからって英雄職の魔法剣士を手離すかい……? 信じられないよこのボウヤは……」


 ま、まあ、確かに英雄職を手離す奴なんて普通はいないと思う……。でも、だからこそ門番の隠しスキルが手に入ったんだからいいじゃないか。

 するとそれまで茫然としていたレイラは、


「まあ、ボウヤらしいか」


 そう言って可笑しそうに笑った。


「俺らしい?」

「そうさ」

「俺とあんたはそこまで話したことはなかったと思うんだけど……」

「あたしとミロ様は主従の間ながら本当に仲が良くてね。ミロ様はいつもあんたの話を楽しそうにあたしにしてくれたものさ。なにせそのせいであたしはあんたのことが……」

「俺のことが?」

「……いや、何でもない。それを言うのはさすがにミロ様に申し訳ないからね……」


 ミロに申し訳ない? どういう意味だ? しかし何だか急にしおらしくなったような……?


「でも、お礼をするくらいならいいだろ?」


 そう言ってレイラは突如、俺の胸にしな垂れかかって来た。


「ちょ、ちょっと!?」


 俺の鼻腔にレイラの黒髪から発せられる成熟した女性の匂いがってこの言い方がもう童貞クサい! というか混乱しすぎて何も考えられない!


「くすっ。そんなに慌てなくてもいいだろ?」

「で、でも!」


 童貞ですから!


「あんたには本当に感謝しているんだ。だってミロ様が生きているのはあんたのおかげなんだから……。だからお礼をさせておくれ」


 レイラはゆっくりとこちらを見上げてくる。その濡れそぼった瞳に俺の童貞力がガリガリ削られていく。


「お、お礼!?」

「そう、お礼だよ。あたしにはこんなことくらいしか出来ないから……」


 いや、十分ですけど! ……じゃなくて、こんなのダメだろ!? 何がダメって童貞だからよく分からないけど、多分ダメだ!

 しかしレイラはこちらに向かって顔を近付けてくる。


「そう。これは単なるお礼だよ。別に本気ってわけじゃない。だからミロ様に気兼ねすることだってないはずさ……」


 どうしてここでミロの名前が出て来るんだ!? 意味不明!


「ベッドの中でミロ様の話でもしようか?」


 それどういう状況!? というかこの人ミロのこと好き過ぎでしょ!? それなのに俺に絡んでくる意味も分からないし!

 だが混乱渦巻く俺に構うことなく、むしろそんな俺を楽しむように、艶のある唇が近付いてくる。温かくて甘い吐息がかかる。



 ボンッ! 俺の頭の中で何かが切れた気がした。モウナニモカンガエラレナイ……。

 ……さよなら童貞。こんにちは非童貞。

 しかし一人の自分と別れを告げようとしていたその時だった。


「何をしているのですか?」


 すぐ近くから第三者の声が響いた。

 だけど俺は動けなかった。首元にダガーが突きつけられていたからだ。い、いつの間に……?

 目だけ動かして確認すると、それはパティだった。

 こ、こいつ……。


「もう一度訊きます。何をしているのですか?」


 いやいや、俺は何もしていないよ!? ていうか微笑を浮かべながらダガーを突きつけてくるのやめてくれる!? めちゃくちゃ怖いんですけど……!?


「門番長も門番長です。一体リューイ君と何をしようとしていたのですか?」

「何をしようとしていたと思う?」

「え?」


 普通に返してきたレイラに、パティは見るからに狼狽えた。


「な、何って……」

「ほら、言ってごらん? 何をしようとしていたと思う?」

「そ、それは……」

「そんなことも分からずに、あたしは責められているのかい?」

「そ、それは……でも、何かダメなことをリューイ君にやろうとしていました!」

「その『ダメなこと』って何さ?」

「だ、だから……」

「だから?」

「エ、エッチなことを……」

「エッチなことってどんなこと?」

「そ、それは……」

「門番長がリューイ君を押し倒して○○して××して彼の△△を門番長の□□に入れようとしていましたって、その口でハッキリ言ってごらん?」

「そんなこと言えるわけないじゃないですか、バカーッ!!」


 パティは顔を真っ赤にして涙を浮かべ走り去ってしまった。

 ……さすが美女と美少女。オークと豚くらい実力が違う。

 しかし……いつの間にパティはあんなに近くまで寄って来ていたんだ?

 俺は気配には敏感だ。確かに魔法剣士から門番に転職して感覚が鈍った部分はあるが、それでも……。


「レイラ。あの子は……パティは何者なんだ?」


 俺が訊くと、


「ふふ、秘密さ。聞きたければ本人から聞きな」


 楽しそうに笑うだけで教えてくれなかった。


「それよりも、さっきの続きをするかい?」

「………………………………………遠慮しておく」


 俺は全神経を振りしぼってレイラの申し出を断った。だって次同じことしたら今度こそパティに殺されちゃいそうだし……。

 しかしそんなやり取りをしながらも思った。

 どうやらここにいる門番たちは皆、普通ではないらしい、と。

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