第二話『ラーマの女門番たち』5


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「ふーっ。どうにか捌き切ることが出来ましたね」



 すっかり日が暮れた頃、パティは額の汗を手の甲で拭いながら言った。

 あれから旅人たちは不平不満を漏らす者も特にいなかったので、仕事は割とスムーズにこなすことが出来た。

 と言っても先程も述べた通り、俺は特に力にはなれていなかったのだが……。仕事を覚えるだけで精一杯で、むしろ足手まといになっていた可能性すらある。

 それでも旅人たちと楽しそうに会話をするパティが羨ましくて、その真似事をしようと頑張ってみたのだが、空回りしかしなかった。



「ちょ、調子はどうだ?」

「……何の調子だよ?」

「え、そ、それは……」

「悪いな。急いでるんだ」



 そんな感じ。普通にコミュニケーション能力が皆無の俺だった……。

 俺が項垂れていると、パティが俺の顔を覗き込んで来る。


「……あの、あなたのお名前を教えていただけませんか?」


 そう言えばまだ名乗っていなかったんだっけ?


「俺の名前はリューイだ」

「え? リューイ?」


 そこまで言って俺はしまったと思う。普通に本名を言ってしまった……。



「リューイって……あの魔法剣士のリューイ・ネルフィスと同じお名前ですか?」


 案の定食いつかれた。やばい……誤魔化すか? でもどうやって?


「へーっ! あのリューイ様と同じお名前なのですかー!」


 俺が不安に思う一方で、パティはきらきらした瞳になっている。


「……お前、もしかしてリューイ・ネルフィスのことを知っているのか?」

「もちろんですよ! リューイ様と言ったら若干十三歳で魔法剣士になった、剣も天才、魔法も天才という、この大陸始まって以来の戦士ですよ!? しかもまだ十八歳という若さ! リューイ様に憧れない女子なんていませんよー!」


 パティは鼻息荒く説明してくる。どうやら知っているどころかかなりのファンのようだ。キャーキャーと叫んでいるその様子は、先程までとはえらい変わりようだった。……意外とミーハーなんだな。

 しかしリューイ・ネルフィスがこんな陰気な童貞男だと分かったら幻滅しないだろうか……? 幼き少女の夢を壊さぬよう俺は一生黙っていることを決意しました。

 俺がそんな悲しい決断をしていると、


「よお、お疲れさん。そろそろ交代の時間じゃろ? 代わるぞい」


 後ろから声が掛かり、そちらを見れば門の内側から二人の人影がやってくる。どうやら交代要員が来てくれたようだが……その二人を見て俺は驚く。

 二人ともがまた女性で、しかも二人ともが人間ではなかった。

 片方はすらりとした長身にスレンダーな体つきのエルフだ。腰まで伸びた佳麗な金髪と、海のように透き通った青い瞳。エルフの特徴に漏れず耳が長く、美形ばかりのエルフの中でも、彼女は飛び抜けて美しい個体だった。

 皮の胸当てと皮の肩当てをしており、その下の丈の短い草色のワンピースから細い手足がすらりと伸びている。腰にレイピアを差しているところから見て、彼女は剣士なのだろうか?

 そしてもう片方の人物は小柄なパティよりもさらに背が低く、愛らしい姿をしたドワーフだ。

 ピンク色の髪はツーサイドアップにまとめられ、茶色かかった瞳は悪戯っぽくこちらを見上げている。体にはプラチナ色をした甲殻類の鎧を着用しているが、その鎧を下から押し上げるようにして、背丈に似合わぬほど胸部が盛り上がっていた。

 一般的なドワーフの例にもれず彼女も薄黒い肌をしているが、しかしながらその容姿はまるで妖精のように可憐だった。ただ、額にドワーフの特徴である『ドワーフ宝石(ジュエリー)』が嵌っていることからして、彼女がドワーフである事に間違いはない。

 その証拠として力自慢のドワーフらしく、可愛らしい見た目から想像出来ないほどの巨大な槌を背中に担いでいる。

 ――なんでエルフとドワーフがこのようなところにいるのだろうか?

 その疑問を口に出す前に、エルフの手元が怪しくぶれる。そしてあっと言う間に、俺の首元に彼女のレイピアが突きつけられていた。

 な、なんという早業だ……!? 八門遁甲開門スキルを使用していた時だったら躱せたかもしれないが、ステータスが元の弱さに戻った今では初見で見切ることは出来なかった。


「……貴様、何者だ? 何の目的で我々に近付いてきた?」


 エルフの底冷えするような声が俺を貫く。

 ええ……なんなのこの人? 俺、ただ門番の仕事をしに来ただけだよ? 何を勘違いしているのか分からないが、目の前のエルフの殺気は本物だった。


「アリエルさん、やめて下さい! その人はコミュ力が低くて陰湿な顔をしていますが、悪い人ではないんです!」


 ……おい。それは単なる悪口じゃねえか……。


「アリエル、やめよ。その者は門番長が認めた男じゃぞ?」

「………」


 アリエルと呼ばれたエルフはしばらく俺を睨み付けたまま動かなかったが、パティとドワーフの女性の二人が取り成してくれたおかげか、やがてレイピアを俺の首元からどかしてくれた。

 アリエルはレイピアを腰の鞘に納めると、そのまま黙って俺から離れた場所に立つ。もはや俺のことは完全に無視だった。……ひどい。でも相手は綺麗な女性なので童貞の俺では何も言えそうになかった……。

 それにしても一体何だったのかと思っていると、ドワーフの女性が声を掛けてくる。


「すまんのう。あやつは人間に対して不信感を持っているのじゃ」

「は、はあ……」


 う……こっちのドワーフもやっぱり可愛いな。それに上から見下ろすと鎧の隙間から大きな胸がこれでもかと言わんばかりに主張していて目のやり場に困るんだけど……。正直まともに喋れる気がしない。その理由は言わずもがな俺が童貞だからである。俺、童貞過ぎ!


「ほう、お主。ちょっと陰気くさいが、中々愛い顔をしておるではないか?」


 ……陰気くさいは余計ですよ。


「よし、相方の無礼の侘びに、わしが一つ慰めてやろう」


 ……慰める?


「わしらドワーフは鍛冶が得意なことは知っておろう? よかったらお主の股間にぶら下がっておる剣を鍛えてやるが、どうじゃ? ん?」


 いきなり何てことを言ってくるんだこのドワーフは!? 可愛らしい顔からは想像も出来ないくらい下品なセリフを吐いてきやがったぞ!?

 俺が言葉を失っていると、パティが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「スノートラさん! もうそういうことは言わないって約束したじゃないですか!?」


 ……そんな約束をさせられるくらいいつも言ってんのかよ……。しかしスノートラと呼ばれたドワーフは、その可愛らしい目をニヤッと細めると、


「おいおい、パティ。いくらこのボウヤのことがお気に入りじゃからと言って、少しくらいおすそ分けしてくれても良いじゃろう? それか、いっそのこと二人で鍛えてやるとするか? こやつのたくましい剣を」

「たくましいかどうかまだ分からないでしょーっ!!」


 落ち着けパティ。ツッコミどころはそこじゃない。


 ……というか、マジで何だこのエロドワーフは? 妖精のような可愛らしい見た目からは想像が出来ないくらい中身がおっさん過ぎだろ……。


「リュ、リューイ君、もう行きましょう! この人はわたしには荷が重すぎます!」


 俺だって荷が重いよ? 少なくても俺のコミュニケーション能力と童貞力で捌き切れる相手ではない。

 結局、俺とパティはスノートラがニヤニヤした目を向けてくる中、彼女から逃げるようにしてその場から離脱する。

 本来ならエルフやドワーフがこんなところで門番をやっている意味を慎重に考えるべきところだったが、あのエロドワーフのせいで全てが吹き飛びました。



 エルフのアリエルは相変わらず殺気をこちらに向けて来ているし……俺、本当にここで門番をやっていけるのだろうか……?


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