第二話『ラーマの女門番たち』4

 何やら取得条件の一つがまた読めないが、この際どうだっていい。

 ……眠っている力を引き出すことが出来るだって?

 いや、スキルを得たことによってもう既にこのスキルの使い方が分かっている。

 俺は倒れながらもスキルを使用する為に叫んだ。


「八門遁甲……開門、休門、生門……解放!」


 八門の内、もっとも基礎となる三門を解放したことによって、俺の体からオーラが


――力が溢れ出る。右手の甲の痣もまるで共鳴するようにして輝いていた。

 振り下ろされている剣士の男の足がやけに遅く見えた。恐らくこれは生門を開けたことによる視力上昇効果だ。生門は五感に直結する経絡だからな。

 俺は転がってかわすと同時に近場にあった鉄製の門を掴み、剣士の男へと向かって思い切り押しやる。すると鉄製の門は勢いよく閉じていき、途中にいた剣士の男に当たった。


「ぎゃあっ!」


 ゴンッ、と重々しい音を出して剣士の男は吹き飛んで行く。

 そして、


「へ?」


 それまでニヤニヤした顔で事の推移を見ていた戦士の男が呆気に取られた声を出すのを聞きながらも、俺は素早く起き上がると一瞬で間合いを詰め、戦士の男の腕を払いのけパティを救い出し、彼女を抱えて一気に飛び退いた。



 ――ここまで一瞬の出来事である。八門遁甲開門スキルによって俺の身体能力はかつての輝きを取り戻すほど大幅に強化されていた。

 しかし、飛ばされた剣士の男は起き上がると同時に激昂する。


「て、てめえ!?」

「女を返しやがれ!」


 剣士の男と戦士の男が共に剣を構えて同時に突っ込んで来くるが――

 俺はパティをそっと後ろに庇うようにして立ち、腰の剣に手を当てた。

 俺の愛剣――ルーンブレイクに。

 そして――一気に引き抜く。



 ――抜けた……!


 八門遁甲開門スキルを使用し魔力が格段に上昇したことで、この剣を使うための適性を取り戻したのだ。

 俺は冒険者二人に一気に間合いを詰めると、目にも止まらぬ速度で剣を数回振り抜いた。その斬撃により彼らが手に持っていた剣と着ていた鎧が全て紙のように切り刻まれ、ばらばらと地面に落ちていく。

 彼らの装備はB級冒険者だけあって一般的に見れば悪くないが、このルーンブレイクの前では形無しだった。



「な……な……」

「ど……え……?」



 二人の冒険者は何が起きたか分からないといった感じで呆けた顔をしている。

 俺は彼らの前にルーンブレイクを突き出すと、最大限の威圧感を乗せて警告してやる。


「今すぐこの場から消えろ。……それとも、この剣の威力を今度はその体で試してみるか?」


 すると装備を失ってみすぼらしい姿となった二人の冒険者は、共に引き攣った表情をして後ずさり始める。


「ひ、ひい……!?」

「た、助けてくれぇ!!」


 そして、彼らはそのまま荒野の方に向かって逃走してしまった。

 ……今から夜になるけどそっちの方に逃げて大丈夫かな? でも町の方に入れるのもなんか違うしな……。

 あ、普通に捕えればよかったのか?

 ……まあ、いいか。あんな奴らの心配をするのもどうかと思うし……。

 取りあえず脅威が去ったのを確認すると、俺はそこでようやく八門遁甲スキルを切った。それに応じて右手の痣の輝きも収まったが、その途端に疲労感が体を襲う。……このスキルの説明に『引き出す力が大きいほど負担が大きくなる』とあったが、三つの門を開いただけでもそこそこの負担だった……。これはこのスキルを使う場面を考えないとダメそうだな。

 ……それにしても、さっきのあの声……またあの不思議な声だった。しかもあの声を聞いた瞬間に状況を打開できるほどの隠しスキルを得ることが出来た。

 ……本当にあの声の正体は何なのだろうか?

 それに右手の痣もまた共鳴するようにして輝いたし……。

 そうやって考えていた時だった。頭の中でレベルアップの音が響く。




『門番レベルが2に上がりました』

『門番レベルが3に上がりました。門番スキルの【バインド】を覚えました』

『門番レベルが4に上がりました』


 おお、レベルが上がった! それも一気に三つも!

 魔法剣士の時はレベルを一つ上げるだけでも大変だったが、さすが門番は普通職だけあってレベルが上がり易い。

 まあ一般的な駆け出しの門番は、『門の側では能力が全てワンランクアップする』というアビリティ特性を含めても、F級冒険者を相手にするのがやっとだろうからな。それを考えればB級冒険者二人を倒せばこのくらいはレベルが上がるか。

 それにスキルも覚えたようだ。一応確認しておこう。




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*バインド

【効果】

 魔法のロープで対象を縛る。職業レベルか自身の【魔力】が上がるほどロープの強度は上昇する。

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 ほうほう、シンプルだが中々使い勝手が良さそうなスキルだ。

 ……あ、しまった、試しにさっきのB級冒険者たちに使ってみたかったな……。今からでも追いかけてスキルを使ってこようかな、などと思って意識を現実に戻した時、俺はハッとした。辺りにいる者たちが全員俺のことを見ていたからだ。




「お、おい。門番がB級冒険者を倒しちまったぞ……?」

「いや、有り得ねえよ……」

「というか、動きがまったく見えなかったんだが……」



 ……まずい、思ったよりも目立ってしまった……。

 彼らの俺を見る目。あれは魔法剣士時代の俺が周りの者たちに見られていた時の目と同じものだ。せっかく門番になったのにこれでは二の舞になってしまう……。

 さらに後ろを振り向くと、パティがきょとんとした目をしていた。彼女の端麗な顔が間近から見上げてきており、涙が残るその女の子っぽい表情に俺は赤面を止められない。

 これでは童貞感丸出しじゃないか……。というか俺、童貞を気にし過ぎているせいで余計に童貞になっている気がする……。でも童貞だし……。

 いや、そんな童貞についての論理を展開している場合ではない。

 彼女はぽかんとこちらを見上げているだけで特に何を言ってくる様子はないが、ショックで声を失っているだけの可能性がある。

 あんな大男二人に連れて行かれそうになったのだ。怖くなかったはずがない。もっと早く助け出すべきだった。


「あの……ごめん。助け出すのが遅かった……」


 俺が自責の念に駆られながら謝ると、パティはぽかんと目を丸くした。

 謝罪が足りなかっただろうか? そう思ってもう一度謝ろうとすると、パティが首を横に振る。



「な、何言っているんですか!? あなたは何も悪くありません!」

「え?」

「当たり前じゃないですか!? 助けてもらったのに謝られたのでは、わたしは申し訳なさ過ぎます……!」


 逆にパティは泣きそうな顔になってしまったが、すぐに、




「……助けてくれてありがとうございました」




 そう言って笑った。それはとても魅力的な笑顔だった。


「あの……傷は大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」


 パティが俺の顔に向かって手を伸ばしてくるが、童貞は女の子に触れられることに耐性がないので、体が勝手に後ろへと引いてしまう。そんな自分にも引いてしまう。

 ちなみに怪我はもうほとんど回復している。顔をガンガン蹴られたけど、表面上の傷なら八門遁甲開門スキルで引き上げられた回復力によってある程度は治ってしまうようだ。特に休門の解放は回復力を大幅に促進させるからな。と言っても、体への負担はそれ以上にあるのだが……。

 俺の怪我が大したことがないことを知ったパティはホッとした顔をした後、すぐに頭を下げてくる。


「あの……さっきはごめんなさいでした! あなたのことを誤解していたとはいえ、態度が悪かったです。本当にごめんなさい」

「パティ……」


 俺は嬉しかった。分かってもらえたことが。

 思わず見つめ合う俺とパティ。

 しかし、こほんっという咳払いの音が聞こえてくる。

 我に返ると、辺りでは気恥ずかしそうにこちらを見ている旅人たちの姿があった。

 そこでようやく俺はパティと二人だけの世界を展開していたことに気付く。


「ご、ごめん!」

「い、いえ、こちらこそ!」


 俺たちはすぐにお互いから離れた。そんな俺たちを旅人たちはやはり気恥ずかしそうに見ている。なにこれ。普通に恥ずかしいんだけど……。


「と、とにかく、仕事を再開しないと!」


 パティは慌てて旅人たちの方に走って行こうとするが、その途中でぴたりと止まり、こちらに振り向いた。


「あの……手伝ってくれますか?」


 その恐る恐る訊いてくる感じが面白くて、俺はつい笑ってしまう。

 だけどその言葉が嬉しくもあり、俺は一も二もなく頷く。


「ああ、もちろんだ」


 そこから俺たちは力を合わせて旅人たちの列を捌いていった。

 まあ、力になれていたかどうかは怪しいが、それでもパティとパートナーになれた瞬間を俺は確かに感じていた。

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