第三話『暗黒騎士ミロ』1

 今思えばミロはかなりの美少年だったと思う。

 無造作に切られた短髪の青髪は一本一本が透き通っており、目鼻立ちも整っていた。

 ただ、それ以上に快活な少年だった。

 俺の家とミロの家は共に軍人貴族であると同時にライバル同士の家柄で、あいつはいつも俺より強くあることに拘り、よく喧嘩を売られたものだ。

 しかしいつの頃からだろうか。俺たちは共に切磋琢磨する仲になっていた。

 俺とミロだけの秘密の砂浜で、家の目を盗んでは一緒に修行した。

 あの約束もそんな時に出たものである。


「リューイ! お互い、世界最強の剣士になろう!」

「ああ、そうだねー……」

「その時はどっちが上か勝負だからな!」

「うん、分かったー……」


 俺はミロが言う『最強』に興味がなかったので適当に返事をしていたが、ミロは珍しく顔を赤くして、このように続けた。


「も、もし、俺が勝ったら……その時は、俺とずっと一緒にいてくれるか? リューイ……」


 俺はミロのことが好きだった。もちろん友としてだ。だからずっと一緒にいようと言ってくれたことがとても嬉しかった俺は、一も二もなく頷いた。


「ああ、もちろんだ」


 ミロの顔がパッと輝く。


「ほ、本当か!?」

「当たり前だろ」

「……!」

 とても嬉しそうな顔をしたミロは、ズボンのポケットから何かを二つ取り出すと、その内の一つをこちらに差し出しながら言ってくる。

「リューイ、これやるよ」

「これは?」

「リムール磁石のペンダントだ」


 そのペンダントはコンパスのような形をしていた。

 リムール磁石とは特殊な加工をすることにより、互いのいる方角と距離が分かるという性質を持った磁石で、心を許し合った者同士が持つアイテムである。

 ミロはそれを俺に渡そうとしていた。


「ミロ……」

「リューイ、俺たちはいつも一緒だ。いつ、どこでピンチに陥ってもお互いに助けに行けるように、肌身離さずこれを持ち合おう」


 俺はミロが差し出すリムール磁石のペンダントを受け取った。


「ああ」


 そして俺たちは頷き合った。

 熱い誓いだったと思う。ただ、その時照れ臭かった俺は、このように茶化した。


「そういえば、俺が勝ったら何かあるのか?」

「え?」

「さっきの『お互い最強の剣士に鳴ったら勝負しよう』って話だよ。お前が勝った時にだけ条件があるのは不公平だろ?」


 俺がそう言うと、困ったような顔になったミロは、


「……お、お前が勝ったら、俺のことを好きにしていいよ……」


 もじもじしながらそんなことを言ってきた。

 え、どういうこと……? 男のミロをどうこうしたところで何も嬉しくないんだけど……。だから俺はつい正直な言葉を口から出してしまう。


「なにそれ。気持ちわりい」

「なんだとコラッ!?」


 ドゴンッ!! 激昂したミロの拳が俺の腹に決まり、俺は海の上を水切りして吹き飛ばされていく。ミロの実力で不意打ちされればこうなる。

 やがて水没した後、水上からミロの叫ぶ声が聞こえてきた。


「とにかく、約束だからな! 約束を破ったらどこまでも追いかけるからな!」

 あんにゃろ、勝手なことばかり言いやがって。俺は水面から顔を出すと、

「ミロッ、てめえ!!」


 と叫んで、そこが海ではないことを知った。





 目に入って来たのは見知らぬ天井。

 ぼうっとする頭で考える。……そうか、俺はラーマ男爵領で門番をやることになったんだっけ……? ここは宿舎の俺に与えられた部屋だ。


「そうか……夢だったのか」


 俺は呟いた。


「リューイ君。ミロというのは誰のことですか?」

「ミロは俺の幼馴染みだよ」

「へえ、幼馴染み。仲が良かったのですか?」

「ああ、俺とミロはいつも一緒に……って、おわっ!?」


 ベッドの側に置いてある椅子にパティが腰掛けていた。


「な、なんでいるの!?」


 俺は驚愕して問い訊ねる。


「仕事の前に町を案内してあげようと思って起こしに来てあげたのです」


 え、だからってなんで普通に部屋に入って来てるの? 鍵、かかってたよね?

 というか何で微笑を浮かべているの?

 この子なんか怖い……。


「ミロって誰ですか?」


 何で執拗に訊いてくるの?


「だ、だから俺の幼馴染みだって。親友だった男だよ」

「男。なんだ、そうですか」


 ニッコリ。納得してくれたのか、パティは微笑から普通の笑顔になった。


「さあ、それでは行きましょうか」

「あ、ああ」


 ……なんだったんだ……。

 俺が内心で言い知れぬ恐怖を抱きながらもベッドを降りると、その拍子にシャツの首元からペンダントが下がり落ちた。

 それはミロからもらったリムール磁石のペンダントだ。俺は寝る時も肌身離さずこれを付けているのだが……何気なくコンパスの部分を見ると、妙な反応を示している。

 ……ん? ミロがすぐ近くまで来ている? コンパスは間違いなくミロの位置を、このラーマ領のすぐ近くを差していた。

 だが、俺はすぐに首を横に振る。ダークテリトリーで闇皇帝をやっているミロが、こんなところにいるはずがない。

 ……まいったな。昨日、B級冒険者たちとひと悶着あった時に、リムール磁石が壊れたのだろうか? これは一度修理に出さなければならないかもな……。


「リューイくん、どうかしましたか?」


 声を掛けられてハッとする。部屋の入口のところでパティが心配そうにこちらを見ていた。


「あ、ああ、何でもない。今行くよ」


 その後、俺はミロのことを無理矢理に頭から追い出し、着替えて表に出た。


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