第三話『暗黒騎士ミロ』2

 このラーマ男爵領は荒野の中にあるせいか、建物のほとんどは石造りだ。

 中央のメインストリート街に店が集中し、南東に太守の館と太守の直系の騎士たちの家が並んでいる以外は、全てこの領地の平民たちが普通に暮らしている。

 景観としては、南東に太守の大きな館が見える以外は石造りの町並みが広がっている感じだ。

 このラーマ領はグルニア王国のように西の富裕層街、東の貧民街といった感じで分かれたりはしていないが、言ってしまえばみんな等しく貧しい。

 だけど見ていると民たちの顔には笑みが耐えない。パティに聞いたところ、貧しいなりに助け合ってたくましく生きているのだそうだ。それがラーマの民の気質なのだと誇らしげに語っていた。

 しかしこのラーマ領は辺境ではあるものの、旅人たちが通過点として立ち寄るせいか、メインストリート街の出店の種類は豊富だった。食べ物から旅に役立つアイテムまで、様々な物が売っている。

 さらには旅人たちに少しでもお金を落としてもらおうと、料理屋もそこかしこに軒を連ねている。

 このラーマ領の目ぼしい物は何かと問われたら、間違いなく料理の種類の多さが候補に挙がるだろう。

 たった今パティと共に入ったこのカフェ――石風停もそんな店の一つだ。

 朝食ついでにここで休みましょうというパティの提案で足を踏み入れたのだが、中々に悪くない。

 レンガを丁寧に積み上げて作られたこの店の外観は風情があり、大きく枠取られた出窓には、日差しを防ぐ意味合いもあるのだろう、赤く染められた固布がバイザーのように付けられている。

 そしてテラスに設けられた席にも一つ一つ赤い日傘が立てかけてある。

 グルニア王国の城下町に並んでいてもおかしくないほどのオシャレな店だった。

 俺とパティはその石風体のテラスに面と向かう形で腰かけている。


 ――実はそれだけでもういっぱいいっぱいな俺……。


 カフェのテラスで女の子と一緒にお食事。もちろん十八年の人生で初だった。

 こんな洒落た店で女の子とどういう会話をすればいいのだろうか? 全然分からない……。こういう時の童貞の挙動不審さはあまりにも異常。俺は意味もなく手とか足とか触ってそわそわしていた。

 ちなみに緊張しすぎて何の料理を頼んだのかも覚えてない。むしろ吐きそう。

 食べる前に吐く。俺が意味のないことを考えていると、パティが心配そうに声を掛けてくる。


「あの……顔色がいつもよりも悪いですけど大丈夫ですか?」


 それはつまりいつも顔色が悪いことをさりげなくディスられていた。もちろんパティに悪気はないのだろうけど。


「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと疲れただけで」


 俺はとっさに言い訳を口にするが、何故かパティの顔が申し訳なさそうに曇ってしまった。


「……すいません。歩かせ過ぎてしまいました?」


 責任を感じているらしいパティに俺は焦った。


「え? い、いやいや、それは関係ないって! あの、ほら、昨日の冒険者の奴らが余計なことをした疲れが今になって出たんだよ。そう、あいつらが悪い!」


 俺がそう言い切ると、パティはしばらくぽかんと俺の顔を見つめた後、ぷっと吹き出して笑った。


「ふふ……リューイ君て、陰気そうに見えて意外と優しいですよね」


 ……陰気そうって言う必要ある? 普通に優しいですねって言ってくれた方が俺は嬉しいよ……?

 俺とパティがそんな益体もない会話をしていると、ウェイトレスの少女が俺たちのテーブルへと料理を運んできた。


「お待たせいたしました。石風停特性ふわふわパンケーキと、取れたて卵のポークドエッグになります」


 そう言ってウェイトレスの少女はパティの前にパンケーキを、俺の前にポークドエッグを置いた。そうだ、ポークドエッグを頼んだんだった。

 そのウェイトレスの少女はパティに小さく耳打ちする。


「パティちゃん、今日はデート?」


 どうやら彼女はパティと知り合いらしいが、そのニヤついた顔はあからさまにパティを冷やかしていた。

 案の定パティは顔を真っ赤にして反論する。


「ち、違います! 彼は仕事上の仲間で」

「カレだってー。やけちゃうなぁ」

「だ、だから違いますって!」

「どうぞごゆっくり~」


 ウェイトレスの少女はパティの言うことをわざとらしく遮ると、ニヤついた顔のまま去って行った。

 当然後には気まずい空気だけが残る。……あの、どうしてくれるの……?

 パティが顔を真っ赤な顔を下に向けたまま固まってしまったので、勇気を出して仕方なく俺から声を掛ける。


「あ、あの……冷めないうちに食べようか?」


 するとパティもそれに乗っかってくる。


「そ、そうですね! そうしましょう!」


 それでようやくブレイクファーストタイムの運びとなった。

 パティはパンケーキをナイフで一口サイズに切り分け、口に入れるなりに悶える。


「ん~、おいひいっ!」


 もはや先程のことなど忘れたかのように、次々にパンケーキを切り分けては口に放り込んでいた。


「わたし、お給料はいつもここで使っちゃうんですよね! ここの料理はどれも絶品なんです!」


 そう言ってパティは本当に美味しそうにパンケーキを頬張っている。微笑ましいな。

 俺もポークドエッグをナイフで切ってフォークで口に入れるが……確かに美味いな。卵の新鮮な旨みが口の中で広がる。どうやら取れたてというのは嘘ではないらしい。

 そうやって味わいながらポークドエッグを食べていると、先に食べ終わってしまったらしいパティがじっと俺の手元を見つめていた。

 ……え、えっと……物凄く食べづらいのだが……。はなから根気負けした俺は訊ねてみる。


「あ、あの……よかったら食べる?」

「え? いいんですか!?」


 思った以上の食いつきようだった。どうやらパティは食べることがとても好きらしい。

 いや、それはいいのだが、何故そこで大きく口を開ける? まるで俺がパティの口に入れろみたいな……。

 ………。……え、うそ、だろ……? まさか「あーん」をしろと言うのか? この童貞に!?

 ……お、落ち着け俺。相手はまだ子供だ。いくらなんでも狼狽えすぎだろ。そう、妹にでもやる感じでいいんだ。妹なんていないけど……。

 俺は自分にそう言い聞かせると、口を開けて待っているパティの方へとポークドエッグを乗せたフォークを運んで行く。……震えるな俺の右手よ! そしてニヤつくなウェイトレスの少女よ!


 俺は色んな困難を乗り超えながらもパティの口にポークドエッグを放り込んだ。するとパティは幸せそうにもぐもぐし始める。


「おいしいですぅ」


 ……こっちは疲れたですぅ。そしてまた口を開けるなですぅ。

 結局その後も俺はパティの口にポークドエッグを運び続け、ポークドエッグは全てパティのお腹の中へと消えたのであった。……あとウェイトレスの少女よ、仕事しろ……。

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