第三話『暗黒騎士ミロ』3
食後のコーヒーを飲んでいると、パティが唐突に訊ねてくる。
「あの、一つ訊いてもいいですか?」
パティは急にあらたまった感じだったので、俺も少し狼狽えてしまう。
「あ、ああ、いいよ。何だ?」
「……なぜ今このラーマ領に来たのですか?」
「え?」
それはどういう意味だろうか? ……「今」とは?
するとパティは慌てたようにぶんぶんと手を振る。
「あ、い、いえ、少し気になっただけです。だってこのラーマ領はご飯が美味しいこと以外はこれといった特徴もないですし」
パティの言い回しと挙動不審な態度が気になったが、確かに別の場所からわざわざこんな辺境の場所まで門番をやりに来るなど少々不自然に映るかもしれない……。
だからと言って俺は事情を説明するわけにもいかないのだが……どう説明したものだろうか? 『あの謎の声』のことを言ったところで頭の変な人だと思われそうだしな……。
俺が頭を悩ませていると、何故かパティの顔に暗い影が差し、いきなりこんなことを告げてくる。
「このラーマ領から出て行った方がいいですよ」
……まさかのこの領地から出て行け宣言。しかも可愛い女の子から言われるとショックが尋常じゃなかった……。
しかし俺のしょぼんとした様子を見たパティは慌てて弁明してくる。
「あ、ち、違うのですよ!? ここからいなくなれって意味じゃなくて、このラーマ領はやめた方がいいっていう意味です!」
「……やめた方がいい? それはどうしてだ?」
「そ、それは……」
パティは何故か口籠ってしまう。
俺が訝しく思う前で、パティは中々口を開こうとはしなかった。
やがて太陽の傾き加減を見たパティが、ぽんと手を打つ。
「あ、そ、そろそろ仕事の時間ですね。行かないとです!」
そう言ってパティは慌ただしく席を立つ。俺はただそれに続くしかなかった。
前を歩くパティの小さな背中を見て、俺は思った。
……何やら煙に巻かれた感があるが、一体彼女は何を伝えたかったのだろうか?
しかし北門に着くまで彼女は一切口を開かなかった。
北門の前には二人の少女が立っていた。その二人を指差してパティが説明してくれる。
「朝番のリーンさんとアイスマリーちゃんです。お二人とも、お疲れさまです!」
快活に挨拶するパティの様子には先程の暗い影はない。
そんなパティに向かって、門の前にいた片方の少女が元気よく挨拶を返してきた。
「あ、パティちゃん! おっはよーっ!」
しかし彼女のその凄い格好を見て俺は目を丸くする。
まず特徴的なのが足元まである長い茶色のポニーテルだが、それ以上に目が行くのは彼女の服装。踊り子の様な服を着用しており、胸や腰元など大事なところを隠しているくらいで、スリムだがほどよく均整が整った体が丸見えだった。足元も裸足で健康的な肌色がとても眩しい。
彼女が動くたびに長い布みたいな物が宙にふわりと舞っているのが不思議だったが、それ以上にやはりピチピチの素肌に目が行ってしまう……。
……なんちゅう恰好をしているんだ!? これでずっと門の前に立っていたのか!?
「いやー、助かったよー。アイスマリーちゃんが立ったまま寝ちゃってさー」
そのリーンが指し示した方を見ると――彼女が言った通り、なんと立ったまま寝ている少女がいるではないか。
まるで高齢の魔法使いが着るような灰色のローブをすっぽり被っており、手に持っている長い杖に寄りかかって眠っている。
彼女がうつらうつらする度に空色のショートボブの髪が揺れていた。
歳の頃は十四くらいだろうか? 小柄なパティよりも少し背は高いくらいで、しかしローブの上からだとパティ以上に真っ平にしか見えなかった。何はとは言わないが。
というか立ったまま寝るなんて器用すぎるだろこの子……。
「ところで、そっちの男子が新しく入った新人くん?」
視線を元に戻すと、興味深げに俺のことを見ているリーン。そんな裸も同然の恰好をした子に見つめられると何かが天元突破してしまいそう。
「あははっ、なんか暗い顔をしているね!」
ちょっと待ちなさいお嬢さん。年頃の男子は女子からそんな純粋無垢に貶されたら死んじゃうんだよ? だけどリーンはそんな幼気な少年に慮ることもなく、
「それじゃ、お仕事頑張ってねーっ!」
それだけ言い残して、アイスマリーを引きずってあっさりと宿舎の方へと帰って行ってしまった。
俺は呆気に取られながらもやはり思う――今の二人も普通ではなさそうだ、と……。
「リーンさんの素肌をガン見していましたね、リューイ君」
隣でパティが微笑を浮かべていた。その微笑やめて。
俺は話題を変えるために、ずっと考えていた疑問を口にする。
「と、ところで俺の他に男の門番はいないのか?」
そう訊くとパティはいつもの調子に戻って答えてくれる。
「他の男の人はみんな南門にいますよ?」
「ふーん。……あれ? じゃあ俺だけがこの北門にいるってこと?」
「そうなりますね」
「え、いいの?」
「いいんじゃないでしょうか? 門番長が決めたことですし」
出会った当初は物凄く嫌がっていた割に、その答えはやけにあっさりしたものだった。
「それにこの北門は女性だけで固めたせいで人手不足でしたからね。その上わたしたち北門のメンバーはこの町の騎士や守護兵とも折り合いが悪くて、何か問題が起こってもわたしたちだけで対処しなければなりませんから、大変なんです」
どうやら色々と事情がありそうだ。
……それにしてもようやく普通にパティと喋れるようになってきたな、俺。
俺は女性に免疫はないが、このくらい小さな子ならまだ何とかなりそうだ。むしろこんな小さな子じゃないと何とかならない。これだけ聞くとやばい人みたいじゃないか……。
そこで一つまた気になったことが出来たのでパティに聞いてみる。
「と、ところでパティ、年はいくつなんだ?」
「え? じゅ、十八ですけど……」
「……は? 十八?」
どう見ても彼女は十二、三才くらいにしか見えない。
「……リューイくん? 今、わたしのことをチビだと思いましたね?」
「うん」
「少しは悪びれましょうよ!?」
「もしかして成長が止まる呪いにでもかかってるのか?」
「なんてこと聞いてくるんですか!?」
ふむ、どうやらすくすく成長してこの状態らしい。呪いなら神聖魔法で解けるのに……不憫な。
ちなみに仕事中なのに普通に雑談できている。その理由は先程からここを通る者が一人もいないからだ。
どうやら朝の忙しい時間帯は既に終わっているらしい。恐らく朝番のリーンとアイスマリーが朝のラッシュ時の対応をしたのだろう。
俺たち昼番は夕方のラッシュ時まで暇なのかもしれない。
旅人たちとの小粋な会話に憧れる俺だが、こうしてパートナーとゆるゆるとお喋りするのも、これはこれでありだな。
そうやって俺がまったり思っていた時だった。
「あ……あれ、何でしょう?」
パティがふと呟く。彼女が見ている方を眺めてみると、そこには何かいた。
それは真っ黒な何かだった。その何かは、上から下まで、黒以外のところがない。
……不意に背筋に寒気が走る。あの黒い何かは凄まじい殺気を俺に向かって放っていた。
――あれはまさか、俺を呼んでいるのか?
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