第三話『暗黒騎士ミロ』4
「……パティ、町の中に入っていろ」
「え……? で、でも……」
「いいから早く!」
「は、はい!」
初めて声を荒げた俺に驚きながらも、パティは素直に従って町の中へと入っていく。
俺は外から強引に門を閉め、あの黒い物体の方へと向かって、巨大な岩がそこかしこに屹立する荒野の中を歩き出す。
近付いていく度に黒い物体の輪郭がはっきりしてくる。
それは黒い騎士だった。
黒い鎧に黒い兜、そして黒マントを風に靡かせている。
――暗黒騎士。
……もしかしてあれはミロなのではないか? 俺は直感的にそう思った。
だけどあいつはダークテリトリーで闇皇帝をやっているはずだ。その闇皇帝がそんな簡単にダークテリトリーを離れられるわけがないと思うのだが……。
やがて俺はそいつから十歩ほどのところで止まる。
目の前の暗黒騎士は真っ黒な顔面でこちらを睨んできていた。
しばらくして、フルフェイスの兜の奥からくぐもった声が響く。
「久しぶりだな、リューイ」
声だけ聞くと鳥肌ものだったが、間違いなく俺の名前を言っているではないか。やはりこの暗黒騎士は――
「ミロ? ミロなのか!?」
俺は飛び出してミロの手を取りたいのをグッと堪えた。だってあんな真っ黒な顔面で睨まれたら怖くて行けないし……。
代わりに俺は訊ねる。
「そ、それにしても、よくこの場所が分かったな?」
するとミロは首元からペンダントを取り出しながら答えてくる。
「リムール磁石の存在を忘れたか?」
それはリムール磁石のペンダントだった。幼い頃にミロから貰った、お互いの位置が分かるコンパスのペンダントである。
――いつ、どこでピンチに陥っても互いに助けに行けるように――あの熱い誓いを思い返しながら、俺もリムール磁石のペンダントを首元から取り出す。
「そうか。お前もずっと持っていたんだな」
「当たり前だ」
その答えに、姿こそ真っ黒になってしまったが、その中身は紛れもなく親友のミロだと俺は確信した。
そこでようやく俺は本題に入る。
「ところで、何しにここまで来たんだ?」
「何をしに来たか……だと?」
俺がそんな質問をしたせいで、ミロの放つ殺気がさらに膨れ上がった。
「子供の頃に約束したはずだぞ!? 互いに世界最強の剣士になろうと! そしてその時はどちらが上か勝負しようと!」
確かにそのような約束はしたかもしれないけど……。
「え? お前、それだけのことで追いかけてきたの? ダークテリトリーから、わざわざ?」
俺はここに来るまで様々な町や村に寄ってきたので、タイミング的に不思議ではないと言えば不思議ではないが……。
「それだけのこととは何だ!? 言ったはずだぞ!? 逃げればどこまでも追いかけると!」
……だからって本当にこんなところまで来るとは思いもしないよ……。
俺が唖然としていると、
「それに、グルニアから消えたという噂を聞いて心配して来てみれば、門の前で女といちゃついているとは……見損なったぞ!」
ミロの発する闇のオーラが怒りで揺れていた。
俺は慌てて弁明する。
「べ、別にいちゃついてなんていないって。パティは仕事上のパートナーというだけだし、そもそもここに来たのもお前から逃げたわけじゃなくて、ナパール王の奴が……」
「言い訳はいい! お前はいつもそうだ! 都合が悪くなったら言い訳ばかりで……!」
「こんなところまで来て説教なんかするなよ? 大体、あの約束だってお前に無理矢理させられたようなものじゃないか? 俺は別に強くなんかになりたくなかったのに……」
「お前はまだそんなことを言っているのか!? それだけの才能があるのに、どうしてもっとやる気を出さない!? 私はお前のそういうところが気に食わないんだ!」
「でも……」
「でも、じゃない! いいから私と戦え! 全力でな!」
困ったな……。
「全力でと言われても、今の俺は門番……」
「ええいっ、もはや問答無用!」
ミロが突っ込んで来た。
「ちょ……!?」
焦る俺に構わず、ミロは腰の鞘から黒い大剣を抜き放ち、俺に向かって横薙ぎに払ってくる。慌てて身を縮め何とかそれを躱すが、手に持っていた青銅の槍がその一撃でばっさり切られ、柄の先がどこかに飛んで行ってしまう。ひええっ、なんて威力だよ!?
ミロは続けて大剣を振り下ろそうとしてきたので、俺は腰に差してあったルーンブレイクを鞘ごと引き抜く。
ガキィッ! 俺のルーンブレイクの鞘とミロの暗黒大剣が正面からぶつかり、剣戟の音が響き渡るが、しかし威力が違い過ぎた。俺は弾かれ後ろへと吹き飛ばされてしまい、荒野に転がり倒れ込む。
するとそんな俺を見たミロが激昂する。
「立て! お前の力はそんなものか!?」
「いや、だから今の俺は門番で……」
「問答無用!」
「お前、問答無用しか言ってねえじゃねえか!?」
俺のツッコミも虚しく、ミロは再び大剣をぶんと振ってくる。
俺は辛うじてそれをまたルーンブレイクの鞘で受けるも、結局は弾き飛ばされ俺は地面を転がった。
……なんで俺こんな目に遭ってるの? 門番に暗黒騎士が襲い掛かって来るなんてイジメでしょ……。
だが、荒野に倒れ込む俺に向かってミロが叫んでくる。
「何だその体たらくは……? どうして本気で戦わない!」
……いやだから俺は門番なの。でもそれを言ったところでまた「問答無用!」なんでしょ? ミロは人の話を聞かなさ過ぎ!
俺がどうしたものかと考えていると、ミロがこんなことを言ってくる。
「リューイ、約束は守ってもらうからな」
「……え? 約束?」
「とぼけるな! 私が勝ったらずっと私と一緒にいてくれると言っただろう!?」
「え? あの約束、有効だったのか……?」
「当たり前だ! 私が勝ったらお前をダークテリトリーに連れて行くからな!」
「え……」
俺はその宣言に耳を疑った。ダークテリトリーに連れて行かれる……だって?
ちょ、ちょっと待て。せっかくこんないい場所で門番が出来るようになったのに、ダークテリトリーなんかに連れて行かれるなど、たまったものではない。
ダークテリトリーは魔物の島だ。ゴブリン、オーガ、オーク、リザードマン、コボルト、インプ、トロル、ダークエルフなど様々な魔物がひしめき合う、まさに闇の島である。噂では殺し合いをしているとか……。
そんな島で普通の門番の仕事が出来るとはとても思えない。大体、言葉が通じるかどうかも怪しい魔物たち相手に小粋な会話をしろとでも? パートナーのゴブリンと絆を深めろとでも? 想像しただけでギャグにしか思えなかった。あ、でも可愛い女ゴブリンとかだったらありかもなんて考えてしまうところが俺のダメなところ。
……取りあえず却下だな。
「い、いや、待ってくれミロ。今の俺とお前が戦うのはフェアじゃない。だって俺はもう魔法剣士じゃなくて門番……」
「問答無用!」
「頼むから人の話を聞いてくれる!?」
しかし俺の悲痛な叫びも虚しく、ミロは三度襲い掛かってくる。
……くっ、仕方ない。こうなったら八門遁甲開門スキルを使うしかない!
「八門遁甲……開門、休門、生門……解放!」
俺は昨日のB級冒険者二人と戦った時と同じように、最も基礎となる三門を解放した。
その瞬間、右手の甲の痣が強く光り輝き、俺の体からオーラがドンッと溢れ出す。
――これでルーンブレイクを鞘から抜くことが出来る。
俺はルーンブレイクの刀身を鞘から引き抜くと、ミロの大剣を正面から受け止めた。
キィンッと剣戟の音が響き渡り、今度は吹き飛ばされることはなかった。
そこから数回激しく剣を交わした後、俺とミロは鍔迫り合いになる。力は拮抗し合い、剣と剣の間からギリギリと金属同士が擦れる音が響く。
そんな中、暗黒騎士の鉄仮面の向こうからくぐもった笑い声が聞こえてきた。
「くっくっく……やれば出来るではないか。それでこそリューイ、これこそ私が求めていた戦いだ!」
……こっちはいい迷惑だけどな!
次の瞬間、俺たちは剣を弾き合うようにして互いに距離を取る。
あ……しまった! 魔法剣士の時の癖で間合いを開けてしまったが、今の俺は魔法を撃てないんだった……! これではミロの思うつぼではないか!
案の定ミロは遠距離攻撃の構えに入り、何やら剣に黒いオーラを集めると、その暗黒オーラをこちらに向かって飛ばしてきた。避けるとさらにドツボにハマりそうな予感がしたので、俺は敢えて正面から受ける。
「うおお……!」
俺はルーンブレイクで暗黒オーラを斬った。二つに割かれた暗黒オーラは俺の後ろの地面を抉り、爆発した。
……あいつ、本気じゃないか!? 久しぶりに会った友達に向かってよくためらいもなく暗黒オーラなんて飛ばしてこれるよな!?……と思っていたら、ミロはさらに何度も暗黒オーラを飛ばしてきやがった!
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ……!」
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