第二話『ラーマの女門番たち』2
いきなり申し出が受諾されたことに驚いたが、そのセリフに慌てたのは俺だけではなかった。それまで黒髪美女の後ろに隠れていた金髪少女が、
「い、いいんですか門番長? また勝手にそんなこと決めて……。それにまだこの人の職業が門番と分かっただけですよ?」
それはそうだ。先程までの警戒から一転して、突然、前触れなく雇うなんて言い出せば、誰だっておかしいと思う。だが、
「いいんだよ。それと今からあんたたち二人はパートナーだ。よろしく頼むよ」
俺は耳を疑った。ちょ、ちょっと待て。俺のパートナーがこの子?
だけど俺以上に驚愕していたのは金髪少女の方だった。
「こ、この人がわたしのパートナー!? ウソですよね!?」
「本当だよ。パティ、あんたがこれからパートナーとしてこのボウヤの面倒を見てやるんだ」
「そ、そんな……!?」
愕然とした表情の金髪少女。……うん、何かごめん。
「パティ。あんたはそろそろあたしから離れるべきだ。今回がいい機会だよ」
「だ、だからってよりにもよって、どうしてわたしのパートナーはこの人なのですか!?」
よりにもよって。
「あたしの『人を見る目』は知っているだろ? このボウヤこそあんたのパートナーに相応しいよ」
「……門番長のことは信頼していますけど……でも、今まで冒険者たちが揉め事を起こしても門番長がいたからこそ何とかなっていたのに、その門番長がいなくなったら……」
「それに関してもこのボウヤがいれば大丈夫さ」
……いくら何でも投げやり過ぎない? と思ったが、門番長の目はいたって真剣だった。……どういうことだ?
「とにかく、あとはあんたたちに任せるよ。何かあったらすぐに駆け付けるから、心配しないで頑張りな。じゃあね」
門番長は言いたいことだけ言うと、門の裏手の方へと消えて行ってしまった。
後に残された俺と金髪少女パティは揃って唖然とするだけ……。
ちらりと横を見ると、同じくこちらを盗み見ていたパティと目が合う。その瞬間、ずざっと距離を取られた。……おい、傷つくからやめろ。
そのまま門の右側と左側で立ち尽くす俺たち……。
何これ超気まずい……。というか、これもう門番の仕事始まってるの?
一応俺は途中の町で門番ぽい装備を買って身に付けているが、さっきの門番長やこのパティという少女はかなり自由な装備をしている。わざわざ門番らしくするために青銅の槍まで買ったのがバカらしくなるほどに……。
しかし念願の門番が出来るのだから、ここは何としてもパートナーになったパティと仲良くならなければならない。
「いい天気だなー」
「………」
「い、いい天気だなー」
「………」
ザ・無視。でも大丈夫。こんなことはグルニアの王宮でよくあったことなので、耐えきれる心は持っている。……なにそれ悲し過ぎる。
取りあえず今度は褒めてみよう。
「き、きみ、か、可愛いね」
「……変態」
変態。可愛いねと言っただけで変態。
確かにどもった俺もどうかと思うが……確かに自分でもキモいと思うが……そうか、俺が悪いのか……。
俺が自省していると、パティはさらに一歩、俺から距離を取ってしまった。心の距離を縮めるどころかどんどん広がっていく……。
しかしそれ以降、話しかける勇気もなくなり、辺りは風のすさぶ音だけが支配していた。
そんな中、荒野の向こうにちらりと人影が見える。目をすぼめて確認してみると……どうもそれは旅人のようだった。しかも次から次へと人影が増えていく。
時間帯は既に夕方に差し掛かっているし、どうやら忙しい時間帯に近付いているみたいだな。
――よし、ここで名誉挽回しよう。パティに門番として使える奴と認識してもらうのだ。……と思ったけど、良く考えたら俺、門番の仕事を何も教えてもらってないわ。本当にどうしようもないな……。
俺が色々と泣きそうになっていると、やがて旅人たちはこの門のところまでやってきてしまった。
すると何も出来ない俺に構わず、パティが一人で旅人たちの対応を始める。
「お疲れ様です! どこから来たんですか?」
彼女は笑顔であいさつすると、彼らの町に来た目的や滞在期間などを聞きながら細かく紙に記載していき、覗き見の水晶で職業を確認してから門を通していた。
他にも商人の馬車の中にある荷積みをチェックして関税を受け取ったり、情報の交換をしたりもしている。
その表情は俺に見せていた仏頂面とは違い終始にこやかで、旅人たちも商人たちも気持ちよく門を通過していく。その上、彼女の動きは非情にてきぱきとしたもので、効率よく仕事をこなしていた。
俺はというと何も出来ずただ後ろで立っているだけ。しかも中途半端に手伝おうとしては結局何も出来ず、挙動不審な動きを繰り返していた。そんな俺の様子を見て、旅人たちは薄気味悪い物を見るような視線をこちらに向けていた。
……居た堪れない感はんぱない……。そうか、これが木偶の坊か。
そうやって挙動不審な動きを繰り返すうちに奇妙な踊りを踊っているような感じになっている中、状況に変化が訪れた。
効率よく仕事をこなしていたパティではあったものの、一人では限界があったのだろう、門の前に列ができ始め、少しずつその列が長くなっていた。
そして門を通過するのに時間がかかるようになると、旅人たちから不平不満が漏れ始める。
――そんな時だった。
「おい、いつまで待たせる気だよ」
列を無視して門の前へと割り込んできたのは、二人組の冒険者。一人は剣士風で、もう一人は筋力の高そうな戦士風の男だ。
「遅えんだよ。やってらんねえぜ」
「そんなわけで俺らから先に通してもらうぜえ」
ガラの悪い二人組は水晶にすら触らず門を通過していくが、パティが回り込んで止めようとする。
「こ、困ります! きちんと並んで、チェックが終わってから通ってください!」
「おいおい、誰に向かって口を利いてんだよ? 俺たちゃBランクの冒険者だぜ?」
その男が提示したギルドカードは確かにBランクを示していた。冒険者ランクはFからAの順に上がって行き、Bランクなら達人級として周りから一目置かれるほどの存在である。
しかし同時に、Bランクが一番こういうたちの悪い輩が多いのも事実だった。
「そうそう。お前みたいなガキが……ん?」
剣士の男がパティの顔をまじまじと見ていた。
「ほお、こいつはかなりの上玉じゃねえか。こんな辺境の領地には何も期待していなかったが……」
「へっへ、お前も好きだな、こんなガキをよ」
二人の男は示し合わせたように二人でパティを取り囲み、戦士の男がパティの腕を掴んだ。……おいおい。
「あっ!?」
「ほーら、もう逃げられねえぞ」
パティは必死にもがくが、戦士の男の手から逃れられない。
「なあ、俺たちと付き合えよ。一晩付き合ったらお前の言うことを聞いてやるからよ」
「そ、そんな……!?」
「なんなら一晩中くまなく『チェック』とやらをしてくれてもいいんだぜえ?」
「まあ、こっちもお前をくまなく『チェック』することになるがな」
「ははっ、そいつはいいや!」
何が面白いのか、二人の冒険者は爆笑していた。
俺は努めて冷静に声を掛ける。
「……ちょっと待ってくれ」
「なんだぁ?」
「彼女を返してくれ」
一応真剣に頼んでみたつもりなのだが、二人の冒険者はまた爆笑した。
「ぎゃははっ! おい、こっちの門番ボウヤが何か言ってるぜ?」
「門番如きが俺たちに逆らったらどうなるか……分かってんのかガキ? あ?」
二人の冒険者は俺に向かって凄んでくる。
一方、俺では当てにならないと思ったのか、パティが口を大きく開く。恐らく応援を呼ぼうとしたのだろうが、しかし戦士の男によって口を塞がれた。
「むぐぅっ!」
「おっと。門番如きが束になろうと俺たちの敵じゃねえが、面倒事は勘弁だからな」
「そういうことだ。そっちで並んでいる奴らも、そして門番ボウヤも下手に騒げば命はないぜ?」
「そうそう。一晩経てばこの嬢ちゃんは返してやるから」
「なあに、命までは取りゃしねえよ。もしかしたら足腰立たなくなっているかもしれねえけどな」
「ハハハッ、ちげえねえ!」
そう言ってまた笑う冒険者たち。下品な笑顔だった。
「むぐぅ、むぐぅっ!?」
一方のパティは恐怖に涙を浮かべている。
それを見て俺は怒りを抑えられなくなった。
「やめろと言っているだろ!」
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