第二話『ラーマの女門番たち』1


 四方を海に囲まれたこの大陸は、一つの大きな島と表現して良いだろう。

 大陸の各地には特色があり、南は水に恵まれ、北は肥沃な大地に恵まれ、西は山と緑に恵まれ、東には砂漠と自由が広がっている。


 ――しかし、大陸の真ん中には何もない。不毛の大地が続くだけ。

 一説によれば、遥か昔にこの場所で神と魔神の戦いが起こったせいであるという記述もあるが、あくまで伝説は伝説として扱われている。

 そんな荒野の中に、ラーマ男爵領はあった。


「ようやく着いたか……」


 やっと見えてきた町の姿に、俺はほっと息を吐く。

 このラーマ男爵領は本当に荒野の中にぽつんとあるような領地で、最後に寄った村から随分と距離があった。しかも魔法剣士から門番になったことでステータスが大幅に下がったせいでかなり疲れた……。

 息を整えながら町の外観を見てみると、町を囲っている城壁はところどころ崩れ落ちており、ろくな補修が施された様子すらない。

 その上、砂ぼこりに塗れ茶色かかった壁はところどころ風化している部分もあり、ぼろぼろだった。そう。一言で言うなら寂れている。


「……ふふ」


 思わず笑ってしまった。

 完璧じゃないか。あの不思議な声が言うことが気になったから立ち寄ったものの、これは俺の中では理想的な土地だった。

 位置的には大陸の中央なので交通の要衝となり得る場所にあるものの、こんな寂れたところに各国の重要人物――俺の顔見知りが来るとはとても思えない。恐らく旅人たちが中継地点として立ち寄るくらいだろう。

 その点も俺にとってポイントが高い。今までミロしか親しい人間がいなかった俺は、それこそミロがいなくなってからは人のぬくもりというものに飢えていた。

 人と触れ合いたかった。門を通過する旅人たちとの小粋な会話というやつに憧れていた。

 つまり、今のところこれまで見てきた町の中で一番高得点なわけだが、しかし門番の仕事をやる上で最も重要なファクターは何よりも同僚の存在だ。門番は大体二人一組のパターンが多いので、ずっと一緒にいるパートナーとは絶対に良い関係を保たなければならない。そうでなければ楽しく門番の仕事なんて出来ないからな。

 そんなわけで俺は視線を城壁から門の方へと移す。




 門の前には二人の門番が立っていた。距離が縮まるごとに、その二人の門番たちの輪郭がはっきりしてくるのだが……驚いたことに、二人とも女性だった。

 片方は二十代半ばくらい。鎧は付けておらず、婉美に曲線を描く体のラインを覆っているのは鉄製の胸当てのみで、チラリと見える白いヘソがセクシー。

 タイトスカートから伸びるのは黒タイツに包まれた肉付きの良い太もも。加えてすねの辺りまであるロングブーツを履いている。

 兜はしておらず、無造作ながらも艶やかな長い黒髪が胸当てにかかっており、黒い瞳の下にある左側の泣きホクロが彼女の妖艶な雰囲気を一層強めていた。





 対してもう片方の女性は見るからに幼い。

 こちらも鎧は着用しておらず、軽さ重視の身かわし系の服を装備しており、腰にはダガー。腰当は布が少なく、太ももから下が大きく露出していて、靴は小さめのブーツ。

 どことなく盗賊っぽい格好をした少女だが、その顔は驚くほど整っていた。

 くりくりとした可愛らしい目はエメラルドグリーンの瞳。肩上で綺麗に揃えられた金髪は絹のように滑らかで、ふわりとしている。

 まだ十二、三才ほどだと思うが、将来は美人になること間違いないだろう。

 そんな女性たちが門番をしていることに俺は驚きを隠せなかった。色んな町の門番を見てきたが、このような取り合わせは初めてのことだ。

 しかし第一印象としては悪くない。出来れば同年代の者と一緒に門番の仕事をしたいと考えていた俺だが、むしろ美女や美少女と一緒に門番が出来るなんて年頃の男子としては胸の高鳴りを抑えられない。童貞か。童貞です。

 よし。ここで門番をしたいと申し出てみよう。

 ただ……どのようにして声を掛けようか? いきなり「門番をやりたい」などと言ったら、まるで彼女たちが目的みたいでなんかイヤだな……。

 いかんせんこれまで女性とロクに喋ったことがない俺にとって、ここで「門番をやりたい」と、たったそれだけ言うことさえ難易度が高かった。

 大体、彼女たちに言ったところで、すんなりと門番をやらせてもらえるものなのか?

 色々な不安を胸に抱きながら遠巻きにうろうろしていたら、二人の女性門番は既に不審者を見る目だった。さらにはこちらを警戒しながらヒソヒソ話を始める始末。

 や、やばい……。声を掛ける前から詰みかかっているじゃないか……。このままでは門番をやるどころか門番としても指名手配されてしまう……。

 ええい、男は度胸だ。俺は二人の女性門番に向けて近付いて行った。


「や、やあ」


 軽快に声を掛けてみる。女の人に声を掛ける時ってこんな感じでいいのかな? 自分としては相手の警戒心を和らげるように努めて明るく言ったつもりだ。




「……あんたの身分とこの町に来た目的を言いな」


 黒髪の美女の方が低い声で警告してきた。しかも金髪の少女の方は黒髪美女の後ろに隠れてしまった。……思いっきり警戒されとるやん……。


「ま、待ってくれ。俺は門番だ。だからこの町に門番をやりに来たんだ」


 俺は慌てて正直に申し出てみたのだが、


「……門番だって?」


 黒髪美女は目を細め、警戒心マックスで俺を見ている。どうやら俺は女目的でやってきたクソ野郎認定されたようで、彼女の目は肥溜めにたかるハエを見ているかのようだった。……門番をやるのってドラゴンを倒すことより難しくない……?

 そのように内心で嘆いていると、俺の顔をまじまじと見ていた黒髪美女が何かに気付いたように目を見開く。


「あ、あんた……!」


 ? なんだ? かなり驚いているようだが……。

 しかし彼女はそれについては特に言及せず、


「……まあいいだろう。取りあえずこの覗き見の水晶に触ってもらおうか。それであんたの言っていることが本当かどうか、ある程度はっきりするだろうさ」


 そう言って黒髪美女は近くの台の上に乗っていた水晶を指し示した。

『覗き見の水晶』とは触れた者の職業が分かる便利な道具だ。しかしこれに触れば、少なくても俺が本当に門番であることだけは証明できるはず。

 俺が近付くとビクッと震えた金髪少女に少しばかり心を抉られながらも、俺は水晶に触れた。すると水晶の青い色がゆらゆらと揺らめき始め、やがてその中に『門番』の文字が浮かび上がる。

 それを見て黒髪美女が再び目を見開き、眉を顰めた。


「まさか本当に門番とはね……」


 それはまるで俺が門番ではないことを予想していたかのようなセリフだ。もしかして、この人は俺のことを知っているのか……?

 しかし俺の心配をよそに黒髪美女はこう言った。



「……いいだろう。ここで門番をやりたいのなら雇ってやるよ」





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