第一話『魔法剣士から門番へ』4
俺は魔方陣の上で蹲った。片方の手で頭を押さえながらも、もう片方の手で何とか転職の儀式を止めぬよう魔方陣を維持する。
やがて右手の甲の痣から発せられていた光が完全に収まり、魔法陣が消えた時、俺の頭痛も収まっていた。
荒い息を吐いて地面に手を付いていると、さらに声が聞こえてくる。
「神の門を守りし者よ 神の門番よ」
中性的で、それでいて儼呼たる声だった。
「魔神を神の国に入れてはならぬ 神の門を通してはならぬ」
……え? 神の門? いや、その前に神の門番って……?
「魔神を倒すのだ」
魔神? それはどういう……。
「神の門番としての責務を果たせ」
だから神の門番ってなんだって訊いているのだけれど……。
「行け 運命の地 ラーマへと――」
おーい、聞いてる?
俺は心の中に向かって必死に問いかけるが、しかしそこで声は途絶え、何の反応もなくなってしまった。
……完全な一方通行。
俺は息を整えながらも今起きた現象について考える。
……一体何だったんだ? 転職の際にこんな激しい痛みが襲うなんてことは聞いたことがないし、実際魔法剣士になった時でさえ少し疲労感を覚えたくらいだった。
それに……俺は自分の右手の甲を見る。そこには前よりもくっきりと浮かび上がった痣があった。まるで紋章のような形のそれが、よりはっきりと見えるようになっていた。……どうしてこの痣が光ったんだ? それにどうして痣の形が前より鮮明になったのか?
そして何より、さっき聞こえた声の正体は一体……? 神の門番とか魔神を倒せとか、随分と勝手なことを色々とのたまっていたが……。
あの声が述べた「ラーマ」といったら、今では詐欺師として名高い賢者ファーエルが提唱した『魔神王復活は目前である。生きとし生ける者は協力し合い、世界の中心ラーマにてこれを迎え撃たなければならない。さもなければ世界は滅びる』という予言が有名だが……これと何か関係があるのだろうか?
しかし魔神は三百年前に既に打ち滅ぼされているのだが……。
………。
それからもしばらくその場で考えていたが、どれだけ考えても答えは何も見つかりそうになかった。
仕方なく、そのことについては一旦置いておき、俺はステータス確認を優先することにする。この世界では目を閉じて自分の力を意識すると、自分の職業名やレベル、職業スキル、職業アビリティが文字となって頭の中に浮かび上がるのだ。
そのステータスを確認したところ、次のようなものになっていた。
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リューイ・ネルフィス 18歳 人間族 男
職業:門番(普通職)
職業レベル1
職業スキル:オープンゲート クローズゲート
職業アビリティ:門の側では能力が全てワンランクアップする
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おお……やった、成功しているじゃないか!
職業が魔法剣士から門番に変わっている! 職業レベルも1になっているし、魔法剣士の強力なスキル群が全て無くなっていた。
俺は門番になったのだ!
これでミロと戦わなくて済むし、夢の門番の仕事が出来る……のだが、少し気になることがあった。
本来ステータス上には職業アビリティまでしか書かれていない。しかしステータスには続きがあった。
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天職レベル1
天職スキル:クリエイトゲート
天職アビリティ:なし
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天職レベル、天職スキル、天職アビリティなどといった馴染のないものがステータス上に現われていた。
……『天職』って何だ? こんなの初めて見たぞ。聞いたこともない。
取りあえず俺は天職スキルにある『クリエイトゲート』なるものを調べてみることにした。もう一度俺は目を閉じて、意識をステータスに集中する。
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*クリエイトゲート
【効果】
壁や通路に門を創ることが出来る。
他の隠し門番スキルの前提条件となる。
【スキル取得条件】
・―――――――――――――――
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壁や通路に『門を創ることが出来る』だって? これは使いようによってはかなり使える破格のスキルじゃないか。
しかしそれだけに、単なる門番がレベル1の状態で持っていていいようなスキルではないと思う。
――恐らくこれは門番の隠しスキルだ。
実際、隠しスキルの取得条件は、隠しスキルを取得して初めて判明する。今明らかになっている各職業の隠しスキルは、先人たちが苦労して明らかにしてきたものだ。
それでも近年の歴史ではさすがに隠しスキルの判明は少なくなっていたのだが、今回めでたくその一つを俺が引き当てたようである。
しかし肝心の取得条件が何やら読めないのだが……。こんなことも初めてのことだった。
まあ、結局は考えたところで分からないので、差し当たってそれに関しては今はいいか。クリエイトゲートスキルが使えそうなスキルということだけは確かだしね。
それに『他の隠し門番スキルの前提条件となる』と書いてあるということは、他にも隠しスキルがあるということだ。
ちょっとドキドキしてきた。ただスローライフが出来ればいいと思っていたが、これは色々と楽しみになってきたな。
そのためにもさっさとこの国から出てしまおう。
俺は剣と魔法の腕輪を拾い上げると、城下町を覆っている城壁のところに向かって移動を開始する。あまり目立たぬ方が良いと思い、途中露店でフード付きのマントを買って装着した。
広い城下町を歩くこと数時間――ようやく城下町の端まで辿り着く。
今からやることを誰にも見られるわけにはいかない。だから城下町の最も人気のない場所で、俺は城壁に手を付いた。
そして息を吸い込むと、頭の中に浮かんだスキルの使い方そのままに、『クリエイトゲート』スキルを行使する。
「主よ 唯一の神よ 今ここに新たなる門を開きたまえ クリエイトゲート!」
右手の甲の痣が光り輝く。次の瞬間、壁に見たことのないタイプの魔法陣が現れ、見る間に一つの門を形成した。壁と同じ材質の石の門だった。
……おお、本当に門が出来たよ。初めて手にした力に俺は感動した。
どうやら『クリエイトゲート』は依り代の力を借りるタイプのスキルのようだが……『唯一の神』とは一体何だ? 少なくても今まで感じたことのない力だった。
……それにスキルを使用した時に、まるで反応するようにして右手の甲の痣が光ったのは、どうしてだろうか……。
だが、やはり考えたところで分からないので、その内分かるだろうと割り切るしかないのだけれども……さっきの声といい、思った以上に謎が多いな。
………。
ま、いっか。これからは自由な時間がいくらでもある。気が向いた時にでも色々と調べてみよう。
俺が自分で作った門に手をかけると、いとも簡単に門は開く。
門の向こうには城下町の外の光景が広がっていた。
――さて、どこに行こうか?
一瞬、ミロに会いに行きたいと思ったが、冷静に考えるとそれはやめておいた方がいいだろう。あいつは今や『闇皇帝』だ。あのダークテリトリーで闇皇帝をやっているミロに、そう簡単に会えるとは思えなかった。
――だったら、どこか遠い町で門番でもしようか?
それが一番現実的に思えた。
この国の領土内は論外として、俺は他の国にも顔見知りは結構いる。だから誰も俺の顔を知っていないような、出来るだけ寂れた町がいい。
取りあえず南に向かってみようかな。大陸の中央は荒野が広がるばかりで、大きな町といったものは存在しない。だから途中で色々と町や村に寄りつつ、最も良いと思える場所で門番をしよう。
――それに先程の声はラーマに行けと言っていた。ラーマと言えば、南にあるラーマ男爵領のことしか思いつかない。……気にならないと言えばウソになるので、出来れば一度寄っておきたかった。
うん、そんなわけで南に行こう!
そのように決めると俺は門の外へと一歩踏み出し、南に向かって走り始める。
門番という新しい職業と、その職業がもたらす未来にワクワクしながら――
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