第一話『魔法剣士から門番へ』2

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 あれからさらに五か所の戦場に駆り出された後、ようやく一度本国へ帰ることが許された俺は、その足で王に謁見する為に城へと赴く。

 レーニン将軍と共に謁見の間に入ると、俺たち二人は赤い絨毯の上を進んでいき、玉座から十歩ほど離れたところで跪いた。


「レーニン・リフューズおよびリューイ・ネルフィス両名、只今帰還致しました」


 レーニン将軍が代表して王に報告する。


「レーニン将軍、ご苦労だったね。特に火竜討伐の件は見事だよ」


 玉座に座っている若い男性から柔らかな声音が返ってきた。

 さらさらの金髪。サファイアのような美しい碧眼。背はすらりと高く、細身だが物腰はしっかりしている。

 王室用の宮廷服に身を包んだその男性は、俺と同じ十八歳の少年ながら、現国王であるナパール・グルニアだった。


「火竜討伐以外の戦功についても既に報告を受けている。レーニン将軍、存分に褒美を取らせるから、楽しみしておいてくれ」

「ははっ、ありがたき幸せ!」


 ナパール王に労われたのはレーニン将軍一人。火竜を倒したのも、地方の戦況を覆したのも、全てレーニン将軍の手柄になっている。

 何故かと言うと、俺一人に名声が集中するのを防ぐためだ。俺を監視する将軍が交代で俺の手柄を取っていくシステムだった。

 なんだそれ……。レーニン将軍は手伝ってさえくれなかったのに……。

 俺が内心でうんざりしていると、玉座からナパール王の声が降ってくる。




「どうしたリューイ? 何か不服かい?」

「……いえ」




 そう答えるしかないんですけど……。


「そうかい。ならいいんだよ」


 ナパール王はにこりと笑ったが、瞳の奥は冷たい。

 彼はいつからか俺のことを嫌うようになった。


 その理由は分かっている。ナパール王は昔、俺の幼馴染みである男のミロに何故か「好きだ好きだ」と言っていて、ミロにひどく嫌われた過去があった。だからミロと仲が良かった俺のことを憎んでいるのだ。


 ちなみに俺の手柄が全て他の将軍たちに分散されるようになったのも、ほとんどナパール王の差し金と言っていい。


「リューイ、君には次の仕事がある」


 ……またか。五つの戦場を駆けてきたばかりだというのに、休む間も与えてくれない。あからさま過ぎるくらいの嫌がらせ。……どれだけ嫉妬深いんだよこの人……。

 ――が、そのようなものは、まだほんの序の口に過ぎなかった。

 次に発せられた言葉を聞いた瞬間、俺は耳を疑う。





「君にはダークテリトリーの闇皇帝として君臨する、暗黒騎士ミロを討ってもらいたい」




 その命令は俺にとってあまりにも衝撃的だった。


「返事はどうした、リューイ?」

「………」


 俺は何も答えられない。何故ならミロは俺の幼馴染みであり、唯一の親友だからだ。


「リューイ、黙っていたら分からないだろ?」

「……俺には出来ない」

「……なんだって?」


 俺の答えに、ナパールの笑顔がぴくりと動いた。


「あなたにも分かっているはずだ。俺にミロを討ち取れるわけがない」

「………」


 ナパール王は玉座から立ち上がり、俺の方に向かって歩いてくる。

 目の前まで来ると、しゃがんで俺に目線を合わせてきた。男でもドキッとするようなナパール王の美しい顔。しかしその切れ長の目はあくまで冷淡だった。


「リューイ……これは君だけの問題とは違うんだ。言ってしまえば人類全体の平和に関わる話なんだよ」

「………」

「ダークテリトリーはゴブリンやオーガなどの魔物で溢れかえっている。それを討伐することは僕たちの使命だ。そのためには、ダークテリトリーのトップ――闇皇帝に君臨する暗黒騎士ミロを討ち取らなければならない。そして、それをやれるのはグルニアの英雄……いや、人類最強とまで謳われるリューイ・ネルフィス、君しかいないんだよ。分かるだろ?」


 確かにダークテリトリーはゴブリンやオーガなどといった魔物で溢れ、犯罪者たちが逃げ込むような、まさに無法の島である。

 ――そして、そんな島に逃げ込むしかなかったのがミロだ。

 かつてミロは悪魔の子の烙印を押され、この国を追放されてダークテリトリーへと島流しにされた。

 しかしミロはダークテリトリーでがむしゃらに戦い抜いた結果、基本的に誰にも従わないゴブリンやオーガ、それに犯罪者といった者たちまでまとめ上げ、気付けばダークテリトリーで闇皇帝と謳われる存在になっていた。

 ミロが――俺の親友が国を作ったのである。

 正直大した奴だと思った。

 だからこそ俺は、ナパール王の意見に反対する。


「だったら余計にダークテリトリーに攻めるのは止めるべきだ。ミロが闇皇帝として君臨してから、この国の中で魔物の被害が激減している。それはひとえにミロが魔物たちを統制してくれているからだ。下手につつくべきではない」

「何を言っているんだリューイ。だからこそだよ。魔物たちを統制したミロが、その魔物たちを率いて我が国に攻めてきたらどうする?」

「ミロはそんなことしない」

「リューイ……」


 ナパール王の顔から笑みが消えた。


「いつから君は僕に口答え出来るほど偉くなったんだい?」

「……ッ」


 ナパール王は立ち上がると、俺の手を踏みつぶしてくる。


「いいかい? 僕は王だ。そして君は一兵士に過ぎない。兵士が王に口答えしてもいいと思っているのか?」

「………」


 俺が何も答えないでいると、俺の手を踏みつぶすナパール王の足に籠る力が一層強くなる。

 そんな状況を見ても、周りにいる文官や将軍たちは顔色一つ変えようとしなかった。ナパール王に手なずけられた者たちは、誰も俺のことなど助けてくれない。

 俺はこの国で完全に孤立無援。ナパール王がそのように仕組んだのだ。


「人類のためにミロを討て。これは命令だ」


 ……この人だって昔はミロのことが好きだったはずなのに。それほどミロと仲が良かった俺のことが許せないのか……。


「返事はどうした、リューイ?」

「……分かった……」

「畏まりました、だろ?」


 手をぐりぐりと踏みつぶしてくる。


「……畏まりました」


 言わされていた。この場でそのように答える以外、俺には何を言うことも許されなかった。


「そう。それでいいんだ」


 ようやくナパール王の顔に笑みが戻る。


「皆、聞いての通りだ。これでダークテリトリー攻めが決まった! これは決定事項である。これより先、どのようなことがあろうともこの決定は覆せない!」


 ナパール王が仰々しく宣言すると、辺りにいた者たちは一斉に拍手をする。

 ナパール王は満足そうに笑ってから、俺の耳元に口を近付けてきて、小声でこのように言ってくる。


「リューイ、お前も嬉しいだろう? 君たち二人は『お互い最強になったら戦おう』と約束していたもんなあ?」

「……!」

「存分に殺し合えよ」


 ナパール王の口元が吊り上っている。彼の目には激しい嫉妬の炎が渦巻いていた。

 しかし俺が何かを言う前に、ナパール王はさっさと歩いて玉座の間から出て行ってしまう。

 それを合図に今回の謁見の儀は終了し、辺りにいる文官や将軍たちも一斉に立ち去って行く。


 俺はただ、その様子を黙って見ているしかなかった。

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