第三話『暗黒騎士ミロ』7

 俺が驚きで固まっていると、頭の中でレベルアップの音が鳴り響く。

『門番レベルが5に上がりました』『門番レベルが6に上がりました。門番スキルの【パワーゲート】を覚えました』『門番レベルが7に上がりました』『門番レベルが8に上がりました』『門番レベルが9に上がりました。門番スキルの【没収】を覚えました』

 何やら盛大にレベルが上がったけど、そんなことより今はミロのことの方が衝撃過ぎた。

 しばらく声も出せず、ただじっとミロのことを見ているしかなかったのだが、見つめている内に変な気分になってきた。いかん。親友が可愛すぎる。これはハッキリ言って新境地だ。

 俺がやばい方向に混乱していると、ようやくミロが喋り出す。


「女の姿じゃダークテリトリーでは生きていけなかったのよ……。だから女だと舐められないように、ずっと暗黒騎士の鎧と兜を付けて、女であることを隠して生きてきたの」


 ミロが言うにはそういうことらしい。

 あ、だからナパール王はミロに言い寄っていたのか。俺、てっきりナパール王は男好きなのかと思っていたよ……。グルニア王国の跡取りは大丈夫なのかなと心配していたが、今思えばまったくの杞憂だったわけだ……。ただ、それにしても、


「でも、俺にも隠していたのはなんでだよ?」

「それは単にあんたが気付かなかっただけよ……」


 ……そういうことらしい。


「だったら言ってくれればよかっただろ?」

「う……それはそうなんだけど……でも、あんたにだけはそれとなくアピールしていたつもりなのよ……?」


 ミロはそう言って弱々しく項垂れた。やめろ、可愛すぎる。

 しかしそうは言ってもミロは昔、男にしか見えなかった。他の者たちだってミロのことは男だと認識していたはずだ。むしろナパール王はよく気付いたものだと思う。現在のミロはどこからどう見ても超美少女だし、今にして思えばナパール王はかなり洞察力があったということだ……。

 そのようなことを考えていると、


「……ねえ、兜を取ってくれる?」


 不意にミロからそんなことを言われた。


「? なんでだ?」

「あたし、兜がないとダメなのよぉ。恥ずかしくて何も出来なくなるの。お願い、兜を返して?」


 ……何その特性? しかし、なるほど。それで先程から妙にしおらしかったのか。どうもミロらしくないと思っていたんだよな。

 俺は近くに落ちていた兜を拾うと、ミロに返してやった。すると彼女は兜を被るなり、


「ふはははははっ! この闇皇帝を退けるとは、やるではないかリューイ!」

「いや、兜のオン・オフでキャラ変わり過ぎだろ……」


 正直びっくりした。


「まあ、あんたの前だけなら素のあたしのまま喋ってもいいんだけどね」

「暗黒騎士の姿で女言葉で喋られても、不気味なだけだけどな」

「失礼な奴ね!」


 ズドンッ! 暗黒騎士の拳が俺の腹に埋まり、俺は錐もみして吹き飛ばされる。


「がはっ!」


 大岩に激突してようやく俺は止まった。

 八門遁甲開門スキルを切ったところに暗黒騎士の一撃はキツイ……。

 俺はふらふらになりながらもミロのところに戻ると、


「……ご、ごめん。俺が悪かった」

「分かればいいのよ」


 もう少し戦力差を考えて欲しいところだが、また殴られたくないので黙っておく。


「それよりもあんた、さっきの戦い方は何よ!? 門を作ったり、門から門にワープしたり……滅茶苦茶じゃない!」

「何って言われても、今の俺の職業は門番だからな」

「………………は?」


 ミロはしばらくの間、呆気に取られていたが、


「な、なんで門番なんかになってんのよ!? いや待って……その前に、なんで門番があんなに凄いスキルを持ってるのよ!?」

「……暗黒騎士の状態で凄むなよ。怖いから」

「余計なお世話よ!」


 ズドンッ! 今度は読んで完全にガードした。だけど手が折れそうなほど痛い……。


「でもあんた、暗黒騎士のあたしを倒したじゃない!? 知っていると思うけど、暗黒騎士は六大英雄職の一角なのよ!?」

「俺も知らなかったよ。門番が暗黒騎士を倒せるような職業だなんて」

「そんなわけないでしょうが!? 門番は紛れもなく雑魚職業よ!」


 ミロが黒いオーラをまき散らしていてとても怖い……。


「大体、門番に転職した状態でどうして暗黒騎士のあたしと真正面から剣の打ち合いが出来るのよ!? おかしいでしょう!」

「そんなこと言われても、俺は天職スキルとかいうやつの一つ、『八門遁甲開門スキル』を使っただけなのだが……」

「門番がそんなとんでもない隠しスキルを覚えるわけないでしょ!? 八門遁甲と言ったら、武道家の奥義スキルじゃないの!?」

「『門』という文字が付いているから普通に門番のスキルだと思ってた」

「……あ、あんたは昔から適当過ぎるのよ……」


 ミロは疲れたように盛大なため息を吐いた。暗黒騎士がため息を吐く姿はシュール過ぎる……。

 しかしそこで俺は本職を放り出しっぱなしであることに気付いた。


「あ、悪いミロ。俺、そろそろ戻らないと」

「え? なんでよ?」

「だって俺、門番の仕事があるから」

「………………は?」


 ミロは何やらまた呆気に取られていた。


「……もう一度言ってごらん? 暗黒騎士を倒した奴が、何の仕事をしてるって?」

「だから門番の仕事だよ」

「なんで人類最強とまで謳われるほどの男が門番の仕事なんかしてるのよ!?」

「門番が門番の仕事をするのは当たり前だろう? 何言ってるんだお前?」

「あたしの方がおかしいみたいに言わないでよ! あんたの方が大分おかしいこと言ってるんだからね!?」


 そんなこと言われても……。


「とにかく俺、戻るから」

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」


 暗黒騎士に回り込まれた。逃げられない。


「約束は約束よ。勝負にあんたが勝ったらあたしのことを好きにしてもいいっていう約束だったわよね? だから……好きにしなさい」


 ミロが覚悟を決めたように言ってきたが、暗黒騎士が手を後ろに回して顔を逸らしても何もそそられないのでやめてほしい……。


「別にいいよ、面倒くさい」

「面倒くさい!? このあたしの覚悟を、面倒くさい!?」


 暗黒騎士が地団太を踏んで地面が陥没する。怖い……。


「分かったわ。だったら、あんたがあたしのことを好きにするまでは絶対に側を離れないからね!?」


 ……何そのドМ宣言?




 **************************************




 ラーマの北門に戻ると、先程閉めたはずの門が開いており、そこでパティが待っていた。


「リューイ君……無事で良かった……」


 どうやら相当心配してくれていたらしく、パティは心底ほっとした様子だった。


「と、ところでリューイ君……そちらの方はどなたですか……?」

 パティが恐る恐る指を差したのは、言わずもがな暗黒騎士である。

 しかしミロがダークテリトリーの闇皇帝であることを打ち明けることはマズイだろう。

 だから俺はこう答える。


「この子は『闇ちゃん』だ」

「とてもではありませんが『ちゃん』付け出来る風貌ではないですよ!?」


 さすがに無理があったか……。

 俺がどう説明したものか悩んでいると、当の本人であるミロが一歩前に踏み出し、ズシャッと重い音が鳴り響く。





「よろしく頼む」




「ひいいいい!? わ、分かりました! だから殺さないで下さい!」


 闇皇帝の放つオーラの前に、パティは完全に屈服した。




 **************************************




 次に門番長のレイラの元を訪れたのだが、


「……ボウヤ。随分と変わったお友達を持っているんだねえ」


 さすがのレイラも暗黒騎士を前にして唖然とした様子だった。


「それにしてもあんた、ミロ様以外に友達がいたんだね」

「いや……こいつがミロなんだが」

「え!? これがミロ様!?」


 レイラは死ぬほど驚いていたという。


「ふははははっ! 久しぶりだな、レイラよ」


 ……ねえミロ。その闇皇帝のノリ、やめない? おかげでレイラが固まったまま動かなくなっちゃったじゃないか……。

 しばらく空気が死んでいたけど、その後、ミロが暗黒騎士の兜を脱いだことで、ようやく感動の対面になった。

 レイラが涙を流すのを見ないふりして、俺はその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る