第18話 その単語を口走るな


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 駅から歩いて数分。スイーツ専門店『亜細屋』に到着し、「こちらのお席へどうぞー!」と笑顔が眩しい店員に導かれながら、俺は隣で歩く杏を見遣った。


 そして思った。なんか距離感おかしくねこいつ?


 昔リーファと杏と遊びに行った時には特に何も思わなかった。だってこんな近く無かったし。普通の距離感を保っていたように思う。


 でも今は明らかに近い。

 普通人と一緒に歩く時は最低でも半歩くらい空けて歩くものだと思うんだけど、こいつ互いの腕が擦れるギリギリの距離で歩くんだけど。心臓に悪いから直して欲しい限りである。


 しかもめっちゃ見てくんの何なの? じーっとこっちを見ては前を見て、またこっちをじーっと見ての繰り返し。

 わけ分からん。居心地悪過ぎる。無言なのが辛くなってきた。


 店の隅の席に案内され、座る。目の前に座った杏は変わらず俺を見つめていた。そこに敵意とかは感じられないが、なんか観察されてる虫の気分でちょっと怖い。

 たまらず声をかけた。


「えっと、なんか、うん、そういえば初だよな」

「何がですか?」

「杏と二人で出かけるの」

「…………………………ですね」


 なに今の間。なんで目逸した?


「えっと、杏、『みるふぃーゆ』に復帰してるって聞いたけど、どっちやってるの?ホール?キッチン?」

「キッチンしかやりませんけど」

「相変わらずか。ホールの基準満たしてるんだからやれば良いのに」


 あのちょっとおかしな店長がホール(メイド)を採用するにあたって掲げている基準は〝声が可愛い女子〟。

 当初からホールスタッフだったリーファは言わずもがな、キッチン専業スタッフだった杏も相当なものを持っている。元々は杏をホール専業として雇う気だったとは店長の談。


「基準、満たしてますか?」

「ん? うん。ホールスタッフの方が時給高いし、やっても良いんじゃないの?」


 完全なメイド喫茶というわけではないけど、メイド服着て愛想を振りまかなきゃいけないし、暇なときは客と交流しに行かなきゃいけないというメイド喫茶っぽさが求められるからやる事の比重としてはホールスタッフの方が重い。

 写真一緒に撮ったりする事もあるみたいだしな(別途料金発生)。


 ……そう考えると杏には無理か。こいつ愛想をどこかに忘れて来た可哀想なやつだもんな。


「そうですか。基準、満たしてますか」


 ていうか話聞いてんのかこいつ。

 なんか顔を隠すみたいにメニュー表を立てて見始めたんだけど。


 ……ああ、そういえばこいつのオンスタに「『亜細亜』のケーキは全部美味い」みたいに書いてあった気がする。店自体が好き過ぎるから夢中になってるのかな。

 顔には出ないけど、そのせいでテンションが上がって今日様子がおかしいのかも知れない。


「ここのケーキってそんなに美味いの?」


 なんとなしに訊くと、杏はメニュー表で顔を隠したまま、


「美味しいです。甘いものが嫌いな人でも食べてみる価値はあります。その中でも秀逸なのがふんわりマロンケーキです。全人類が食べるべき至高の一品ですね」

「へぇ、杏が素直に褒めるって相当美味いんだな」

「まるで普段捻くれてるみたいに聞こえますね」

「はは」

「乾いた笑いやめてくれます?」


 くだらない会話。

 こういう感じ、ちょっと咲季との会話と同じものを感じる。適当に喋ってもいいという気安さ。

 杏の毒舌がそうさせるんだろう。何を言ったとて、これ以上の罵倒が飛んでくる事は無いから身内みたいに踏み込める。


 だからこそ昨日のぶちギレは焦った。今後あんなのは御免なので何を起爆剤にして起こったのか把握しておきたいが、掘り返したらまた怒りそうだよなぁ。

 卑怯で情けないけど、ダメ元でリーファとかに聞いてみようかな。あの二人まあまあ仲良いし何か知ってるかもしれない。


「……ていうか杏さ、いい加減俺にもメニュー見せてくんない?」


 メニュー表を下げて顔を見せる杏。変わらず仏頂面である。


「片桐はふわっといちごキャッスルケーキで」

「なんで勝手に決めてんだよ」

「え? わたしへの謝罪のために来た片桐が自分の好きなもの頼もうと言うんですか?え?」

「別に自分の分くらい良いだろ」

「いいえ、わたしの好きなものを二つ頼んでシェアするんです。異論は認めません」

「うわ、人気読者モデルともなるとこうも傲岸不遜ごうがんふそんになるんだな嘆かわしい」

「残念でしたね。わたしもう読モじゃ無いので」


「ん?」


 なんつった?


「なんて?」

「読モ。やめました」


 さらっと凄いこと言ったな。思わず時が止まったみたい動けなくなったじゃないか。


「まじで?いつ?」

「昨日。アレのせいで趣味の時間が削られていたから」


 趣味の時間。読書とか映画鑑賞かと傍から聞けば思うだろうが、違う。俺は知っている。むしろそっちが杏の本業と言うべきものなのだと。


「あー、確かに、Mytube一年くらい止まってたもんな」

「いえそれは……あ」


 本業の事について言及すると、杏は何かを言いかけて「しまった」とばかりに口を閉ざした。

 うーん、気になる。こんなの聞けと言ってるようなものだろ。


「なに?」

「いえ、別に、なにも」

「なんだよ、もしかして?」


 思う所があり、カマかけで言いがかりをつけると、杏は思いの外慌てた様子で首をぶんぶん振る。


「知りませんわたしは何も知りません」


 嘘つけ。表情的には冷静だが、こんな焦ってる杏初めて見たぞ。

 当たらずとも遠からずといった所を言い当てたみたいだ。こうなってくるとやはり俺の頭に浮かんでる杏の隠し事の内容は確定したと言っていいだろう。


 うーん、このまま見逃してやってもいいが普通に気になるし、日頃ボロクソ言われてきた腹いせだ。なぜそんなに隠すのか分からないけど、詰めてやろう。


「杏には言って無かったけど、俺の妹が『あんすりうむ』というMytubeで活動しているシンガーソングライターのファンなんだよ」


 一瞬目を見開いて、逸し、「ふーん」とメニュー表で顔を隠す杏。

 照れ隠しかな?


「妹は俺なんかよりどっぷり『あんすりうむ』に沼っているんだが、そんな妹からとってもびっくりな情報を貰ってな。なんでもかの『あんすりうむ』さんがVTubっっぼ!?」


 身を乗り出して俺の頬を鷲掴んできた。こいつタッパはあるのに力弱いなぁ。


「分かりました。もう弁明不可能なのは分かりましたので口を閉じてください」

「半信半疑だっあけどやっはりやってるんだなぶいつっば!?」


 わざわざ隣までやってきて俺の脇腹を攻撃。流石に口を閉ざした。


「やめてください大きな声でその単語を口走るな喉焼き切れろ!」


 杏は読者モデルともう一つ、大きな活動をしている。というかそれが元々メインでやっていた活動なのだ。俺と出会った頃からずっと続けている趣味の延長上のもの。


「じゃあ『あんすりうむ』さんって呼んだほうがいい?」

「調子に乗るな」

「ごめんなさい」


 杏の反応でわかる通り、こいつはMytubeで歌ってみた動画や自分が作詞作曲した曲を音声ソフトに歌わせたり、セルフカバーしたりと活動している登録者数三万人のシンガーソングライター ――『あんすりうむ』その人である。


 そしてそれは同時にある事実と結びつく。

 二日前に咲季が言っていた事。〝『あんすりうむ』は今VTuberとして活動してる〟。


 つまりこのような関係が成り立つわけだ。


 杏璃夢=『あんすりうむ』=VTuber


 …………杏が。VTuber。あのなんかキャピキャピした感じの。


 改めて考えると、まじか。





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