第17話 美人だし細いし脚長いし顔ちっさいし


 灯火駅に着くと、一目で目的の人物を見つける事が出来た。


 灯火駅入り口付近に併設している百貨店。そのショーウィンドウのガラスを鏡にして前髪を整えている背の高い女。

 線の細いショートの髪。きついと言うよりは冷静さを想起させる切れ長の目。

 肘まで伸びた広めの袖のシャツにロングパンツ、パンプス。

 まるでモデルみたいなその女性にちらちらと視線が集まっているのは仕方がないと言える。だって明らかにまとってる空気感が他と違う。

 彼女だけにスポットライトが当たっているかのような、思わず目線を集めてしまう引力のようなものがある。


 まあ中身はネチネチ毒吐き女なんだけど。


 近付いてくる俺を目の端に捉えたのか、女性――あんず璃夢りむはこちらへ顔を向けた。硝子玉みたいな赤茶色の目が瞬く。


「おはようございます」

「おはよ」


 このクソ暑いのが嘘みたいに思える涼しげな挨拶。

 生温い風が爽やかな春風に変わったかのような錯覚を覚える、それほどのオーラと美貌。

 一緒にしては失礼だが、赤坂さんに近いものを杏は持っていた。一目見てはっとさせられるこの感じ、タイプは違うけど似ている。イメージとしては赤坂さんが〝柔〟で杏が〝剛〟って所か。


「早いな」

「10分前行動の概念を持ってないんですか終わってますね」


 ほら来た毒舌。


「そういう意識高いお小言は自分の中に秘めておかないと敵が増えるぞ姑様」

「は?姑?なんですかそれ」


 目の前までやってきた俺へ視線を僅かに上にずらして睨みつけてくる。


「お前は今日から俺の姑だお小言大臣」

「意味が分からないんですけど、会わない内に脳みそにうじでも湧いたんですか?」

「あーはいそういうのそういうの。例えば俺が傷付いて挫けそうになった時はどうしてくれるんだ毒吐きいびり鬼姑」

「なるほど、おちょくられてる事だけは分かりました」

「おちょくって無い。俺は杏がゲロゲロ毒を所構わず吐きまくって周囲からドン引きされないか心配してるんだよ」

「その言い様、まるでわたしが性格悪いみたいに聞こえますね」

「いやだから、そうっでぇやぁっ!?」

「わたしが性格悪いみたいに聞こえますね」

「……そうやってすぐに暴力に訴える所がな」

「暴力じゃなくて脇をくすぐったんですがその判断も難しくなってるんですか? 脳みそ蛆湧き男」

「人が嫌がってたらそれはもう暴力なんだよ。精神的暴力」

「ああ言えばこう言う。お子ちゃま」


 お前もな。


 久し振りの杏とのやり取り、咲季とは違うベクトルで体力を使う。

 杏は見た目に反してこっちが投げた適当な会話のボールも打ち返してきてくれるので、ついつい脳死でふざけた事を言ってしまうんだよな。

 昨日電話した時は杏がキレていたので調子が出なかったけど、やっぱりこれが俺達らしい。


「で、亜細屋ってどっちだっけ? 東口?」


 駅の近くにあったというのは記憶にあったが正確な場所は知らなかったので杏に聞く。と、あからさまな大きなため息と共に、


「こっちですよおじいちゃん」


 駅の向こう側――西口を指差される。


「子供かじいさんどっちだよ」

「こっちですよ精神年齢の低いじじい


 ほんと口悪いなーこの女。

 この透き通るような高い声から出てるとは思えない罵倒が次々に飛んで来やがる。これで芸能界に片足突っ込んだ世界でやっていけてるんだろうか。

 と思ったが、そういえばこいつ『みるふぃーゆ』でリーファとか女性スタッフには割とまともに話してたな。

 じゃあ男に対してだけこんな態度なのかと考えるが、他の男性スタッフにも普通だった気がする。


 …………あれ、もしかして俺だけ? 俺だけこんないわれもない罵倒を浴びせられるの?


「どうしたんですか? 虚空を見つめて」

「いや、あまり気付きたくない悲しい事実に気付いてしまったかも知れない」

「老眼?」

「ちげーよ」


 もしかして俺、こいつから嫌われてたりするんだろうか。



 # #



「なにあの10年に一人の美女みたいな女」

「ね。とんでもないよね。あれがリムさん」


 秋春を尾行してきた咲季と舞花は柱の影に隠れながら、数十メートル先で駅の向こうへ歩き始めた秋春と璃夢りむを観察していた。


「背高くて美人だし細いし脚長いし顔ちっさいし、……平坦じゃないし。あんなの反則っしょ!」


 咲季に覆いかぶさる勢いで迫る舞花。必死である。身長の低さと胸囲の無さに多少なりともコンプレックスを抱いている舞花からすれば理想的な体型の女性の登場に大いに戸惑っていた。

 対する咲季は冷静に舞花を手で制してニヒルに笑う。


「まあ待ちなさいマイマイ。そうくこともない。確かにリムさんは超絶スタイリッシュ美人なのだけど、問題はそこに愛はあるんかという話よ。見てご覧なさい、あのお兄ちゃんの顔」

「秋春君がどうしたの?」

「通常男というものは好意のある女子の前で「うぇへへ、へへ、へへへ」と聞くに耐えないお肉大好きおデブ敵キャラみたいな笑い声を上げるもの。そうでしょう?」

「確かに」

「しかしお兄ちゃんはまるで何も感じていない! ものすごーくフラット! 確かに表情は緩んでるけど、例えるならそう、じゃれてきた大型犬が甘噛みしてきて「ちょ、痛いって。やめろって。はは」くらいの頬の緩みなんだよ!」

「なるほど!じゃああの女は犬!」


 とんでもない暴論と各方面への失礼極まりない発言が飛び交っていたがこの場にそれを注意出来る人物は居なかった。


「そしてそしてぇー、対するリムさんの態度だけどー」


 二人して視線を璃夢へ戻す。


「あれで秋春君の事好きだったたビビる。けど、」

「ね、ちょっとねー微妙だよねー」

「うん、咲季の言いたい事分かる」


 秋春に対する態度は辛口。表情も緩む事は無く一定。しかし。


「……なんか、うん」

「ね。だよね」


 言わずとも、二人は互いに考えている事が分かった。



 ――距離、ちっっっか。



 そう、一目瞭然の事実である。


 何の距離が近いのか。秋春と璃夢がだ。

 二人で歩き出したと思ったら、秋春の至近距離に璃夢が並んだのだ。まるで往年の夫婦のような自然な足取りで。


「何なの? なんであんな肩触れそうな位置で歩いてんの? 距離感バグってんのあの女?」

「お兄ちゃんもお兄ちゃんで思うとこないのかな。 パーソナルスペース完全に侵されてるよね。どう見積もっても恋人の距離感だよね」


 舞花、身体に瘴気を纏わせてリムを睨みつける。

 咲季、顔をひくつかせて拳を握りしめる。


「咲季は好きでもないやつにあんな距離詰める?」

「詰めるわけがないよ。好きじゃなかったらサイコパスだよ」

「だよね」


 二人は顔を見合わせた。


「調査続行だねマイマイ」

「うん」




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