第16話 まさか二人きりっ!?

 # #


 家から出ようと玄関の扉を開けると、熱風と共に浮かび上がる影。

 ビクリと肩を震わせたその人物と目が合った。


「あ」


 小動物みたいなくりっとした目と、大人っぽい小学生みたいな矮躯わいくの少女が口をあんぐりさせていた。

 城ヶ崎だった。インターホンを押そうとしたであろう格好のまま固まっている彼女は、淡い黄色のワンピースを身に纏っている。

 ノースリーブだから涼しげではあるが、今日も今日とて気温は超高温。流れ出た汗が頬を伝っているし、顔が赤くなってるし、なんだか見ていて可哀想な状態だった。


「お、おはよ!秋春君!」


 それでもなお小さな身体をぴんと伸ばして元気良く挨拶してくる。健気な小型犬を彷彿させるなぁ。

 そして何かに気付いたのかはっと息を飲んで肩に下げたポーチからハンカチを取り出し、汗を拭いだした。忙しいやつである。


「おはよ。咲季を迎えに来たの?」

「うん!」


 ともすれば小さな女の子と聞き間違えてしまうような無垢な返事。テンション高いな。こんなもんだったっけか。


「さっきあらかた準備終えたみたいだったからもうすぐだと思うんだけど……。とりあえず中入って」

「あ、ありがと」


 サウナと化した外界を遮断。城ヶ崎を中へ避難させた。

 とはいえ玄関までリビングからの冷房が届いているかと言われると微妙な所で、外よりはマシといった具合だけど。


「この時間でも外暑いな。37℃いくんだっけ?」

「そうそう、めっちゃ暑いよもー!汗止まんないしー!」


 やっぱりテンション高くないか? なんか頬も緩み切っているというか、この灼熱地獄の中を進んでやって来たにしては表情がふにゃふにゃである。相当良い事があったんだろうか。服とかネックレスとか、身につけてるものが妙に気合が入っている気がするし。


「凛も一緒だって咲季から聞いたけど、後から来るの?」

「ううん、凛は現地集合。凛の家と『イデオン』近いから」


『イデオン』とは大型ショッピングモールの名称だ。たしか『みるふぃーゆ』から歩いて数分の場所にあったっけ。そこで水着を買うらしい。


「た、楽しみだね……!」


 チラチラと俺の顔色を伺うようにはにかむ城ヶ崎。

 ……うん?

 なんだろう、ちょっと違和感。


「お母さん、行ってきまーす!って、舞花?」


 そんな折、リビングの扉から出てきた咲季が玄関に元気に登場。髪がポニーテールになっている。それでちょっと時間かかってたのか。


「今さっき来て、外暑いから中入ってもらってた」


 俺が事情を説明すると「ナイスお兄ちゃん!」と肩を叩かれる。痛ぇな。


「秋春君優しい……!」

「いやいや、こんなので持ち上げないで。勘違いしそうになるから」

「勘違い!?そ、それって……!」


 城ヶ崎が急に挙動不審になって顔をりんごみたいに真っ赤に。え、なに?


「えっと!あの!べ、別に勘違いしても良いというか!むしろ勘違いしてもらいたいというか!勘違いしてもらって大変光栄っていうかっ!」


 両手で頬を包んでにやけながら大仰に顔を振る。いや、だからなに?


「お兄ちゃんアレだよねー!自分は取るに足らない矮小な存在なのに褒められ過ぎると高尚な人間だって勘違いしちゃうんだよねー!そういう勘違いだよねー!」

「ニュアンスとしては合ってるけどそこまで卑下してねぇよ」


 ちょっとした軽口を深堀りするな恥ずかしい。

 ていうか咲季の目見開いててこえーよ。なにをそんなキレてんだよこいつは。


「秋春君はわいしょーな存在じゃないよ!か、かっこいいよ!」

「おぉ、うん、ありがと」


 城ヶ崎に気を遣わせてしまった。すまん。

 気まずさを紛らわすようにスマホを出して時刻を確認。10時37分。ちょうどいい時間になっていた。今から駅に行けば五分前くらいには到着出来るだろう。思い、二人を見遣る。


「そろそろ時間だから、俺行くね」


 咲季への引き継ぎ(別に頼まれちゃいないが)を果たして満足し、家を出ようと背を向け、



「えっ?」



 城ヶ崎の純度200%くらいの驚きの声が俺に向けられた。思わず振り返った。


「あれ、え? あれ?」


 小さな顔をしきりに振って俺と咲季を交互に見て盛大に混乱している城ヶ崎。どうしたんだろう。


「咲季? 秋春君、行っちゃうって……」

「あ、えーっとぉ……、ごめんね舞花。お兄ちゃん暇だと思ってたんだけど用事あるみたいで。今日はお兄ちゃん抜きで三人で……ね?」



「―――――――――」



 城ヶ崎の表情が死滅した。


 真っ白な灰になったような幻覚が見える程に、明らかにテンションがぶち下がっていた。

 なるほど、会話から推測するに俺も水着買いに行くメンバーに入っていたんだろうな。俺はどうせ暇だと思って咲季が勝手に確定事項にしていたと。

 この馬鹿は……。


 俺が咲季を睨むとバツが悪そうにそっぽを向いていた。


「あの、あの、何か、ちょっとした用事だったら、待つよ?」


 震える声で城ヶ崎。一縷いちるの希望に縋るような血走った目。

 いや、ていうかキミは一体どうしたんだまじで。


「えっと、ごめん。友達に会いにいくから時間はかかるかな。多分用事済んだらすぐに帰ると思うけど……二時間くらいは」

「そっか……二時間……そっか……」


 俺が来ない事に何か不都合があるんだろうか。むしろ女子が水着買う現場に男がいる事の方が不都合ある気がするんだが。

 咲季なら「好みの水着を選べ!」とか言って俺を連れていきそうだけど、城ヶ崎がそういうノリをするとは思えないし。


「咲季、城ヶ崎はどうしたの? さっきから様子変だぞ」

「さあねぇ」

「なんだその悟り開いたみたいな虚無顔」

「お兄ちゃんは本当にダメねぇ」

「なんで罵倒されてんだ」

「まあ私としては助かるけどねぇ」


 話聞け。


「それで?友達って、もしかしてリムさん?」

「そうだけど、言ったっけ?」

「…………………勘でしゅー」

「何だその苦虫噛んだような変顔は」


 人に見せられないレベルのキモい顔にちょっと引いていると、今度は城ヶ崎に腕を掴まれた。突然の事に一瞬どきりとしてしまうが、それも一気に凪いでいく。だって目がわっていたんだもん。


「リム?さんって……女?」

「そうだよ美女!ちょースタイル美女だから!」


 怒りの乗った声で咲季が割り込む。


「っ!? まさか、まさか二人きりっ!?」


 城ヶ崎は何を興奮してるんだろう?

 ああ、他人の恋愛話聞くの好きなタイプ? それは良いんだけど握る力強めないで欲しいな。痛いな。


「二人で会うけど……浮いた話は一切ないよ。俺が杏――あ、杏璃夢あんずりむっていうんだけど、色々あってそいつを怒らせたからその謝罪を込めてスイーツ奢るってだけ」

「あっ、そうなんだぁ」

「てかマジでそろそろ出ないと遅れるから行くわ。咲季、水分補給だけはちゃんとしろよ」


 城ヶ崎の握力が緩んだので逃げるようにその場を後にする。なぜだか分からないけどこの空間の居心地がとてつもなく悪かった。本能的に危険と判断して退避。まあ、早く行かないと杏にどやされるしね。


 #



「…………「そうなんだぁ」じゃなーーーーい!」


 現在自分が立っている場所が咲季の家の玄関である事も忘れ、地面に向けて叫ぶのは城ヶ崎舞花。咲季の親友であり、恋敵でもあるという複雑な立ち位置の少女だ。

 それに対して咲季はボリュームが大きいと注意するでもなく深く頷いていた。


「怒らせたお詫びにスイーツ奢るって……そんなのカップルじゃん!愚痴かと思ったら惚気死ねカレカノエピソードじゃん!」

「でしょ!?限りなく黒だよね舞花なら分かってくれると思った!」

「ねぇ、本当に友達なのそのリムさんって!?」

「ただのバイト仲間って言ってるけどなんか臭うんだよねー!あっちからの好意というかねちっこい情念みたいなの感じるもん!」


 しばし、見つめ合う二人。


「舞花、水着買うの後回しでいいよね」

「うん」


 この場にいない凛の事を完全に無視し、二人は頷いた。



「「尾行だ!」」





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