第15話 サムライみたいでしょー


 朝10時過ぎ。咲季との水族館デートを終えて翌日。


 例に漏れず今回も実家に泊まった俺は自室で電話をしていた。相手はリーファ。用件は俺の『みるふぃーゆ』復帰の件についてである。

 どうやら店長との話は既についたらしく、二つ返事でバイトの採用が決まったそうだ。まあ三、四年働いていたわけだし店長も変わっていないので面接は無いかもとは思ってたけど、この即決具合、リーファから聞いていた通りかなり人が足りてないんだろう。


『いいよぉー。じゃあ明後日の18時からで』


 というわけで今は具体的な出勤日の話にまで移っているんだけど、


「いや、いいよって、シフト店長通さなくていいのかよ」


 シフトについては店長と直接話した方がいいだろうと店長の電話番号を訊いたのだが、リーファが『だいじょーぶだいじょーぶ。日にちと時間を言ってみてぇー?』とかぬかすので時間を指定してみると、この返事である。

 あまりに軽い宇宙人の返事に、長年宇宙人との交信を続けてきた俺でも戸惑いを隠せない。


『うんだいじょぶおっけー』

「あのー、適当に言ってない?」

『言ってないよ? だって店長「人員が薄い日に適当に入れておいてください」ってあたしに言ったんだもん』


 忘れてた。店長が適当なんだった。むしろ杏とかの方が細かくて店長みたいだった記憶がある。

 リーファにこういう重要な事頼んで良いのかよ。いや、良いわけない。こいつは真面目かそうじゃ無いかで言ったら確実に前者だけど、いかんせん常識破りの宇宙人なのだ。


 ある日店の窓際とか至るところに許可無くアニメキャラクターのグッズを飾ったり(お店を可愛くしたかったと供述)、ゴミ置き場に香水の液をまるごとぶっかけて凄まじい臭気のフュージョンを顕現させ、杏にこっぴどく叱られたり(臭かったんだもんと供述)。

 そんな突拍子も無い事をなんの前触れもなく行うものだから、スタッフ内ではすっかりヤバイ奴認定をされていた。よって、リーファに重要な何かを頼むなんてこいつを知っている人物だったら絶対にしない。

 ……はずなんだけど、店長はあれだな、アホなんだろうな。あの人自身ちょっとおかしいもんな。


『シフトの調整頼まれるなんて、あたし次期店長候補なのかにゃあ?』

「ワハハ面白い面白い」

『うん? 何か面白かった?』


 本気で言ってたなら恐ろしい限りである。


『店長になったらお店ピンクにしちゃおー』


 多分本気だ。怖い。


「リーファって将来店長とかなってみたいの?」

『ううん、別に。面倒臭そうだし、偉くなったって意味無いしにゃー』


 めちゃくちゃノリ気に聞こえたんだが。ほんとこいつ分からん。


「金が増えるじゃん」

『お金があったって同じじゃない?』

「何が?」

『長いか短いか。違うのはそれくらいだもん。みんな結末はー、同じー♪』


 抽象的で分かりにくいが、以前からをさらっと言うやつだったから、なんとなく見当がつく。


「人間はどうせ死ぬみたいな話?じゃあなんでバイトしてんだよ」

『楽しいからだにゃー。ひらひらのお洋服でかわいーくして、夢みたいな空間になるの。ついでにお金も貰える。一石二鳥!素敵でしょ?』

「なるほど、さすがGMOジーエムオーってとこ?」

『わ。ちょっと、その呼び方止めてよねぇ』


 電話越しでも分かる膨れ面に苦笑。

 この呼び方嫌いだよなこいつ。一応賞賛の言葉なんだけど。


「じゃあさ、リーファが医者に突然「余命半年です」なんて言われたらどうする?」

『何やぶからぼーに』

「例えばの話だよ。特に意味は無い。興味本位の質問。死がどうのこうのの話だと定番だろ?」

『ふーん、そか。じゃあ皆様のご期待にお答えしましてぇ……、えと、なんだっけ?』

「余命半年って言われたらどうしますか」

『あ、そーそー。んっとねぇはい!ピンポーン!何もしませーん!』

「…………意外だな。何かしらあるだろ、家族と一緒にいたいとか色んなところ行きたいとか」


 リーファワールドの発想を期待して聞いてみたのに。

 なんて勝手な落胆感じていると、リーファは『むーー』と何かを悩むような唸り声。


『あたしね、中学生くらいにお父さん死んじゃってね?』

「え?お、あ、うん」


 急な重い話に困惑する。が、父親が亡くなっているのは以前聞いた事のある話だし、同情して欲しいとか考えてるわけは絶対無いので何も言わない。


『お父さんすっごい泣き虫なの。最後までお母さんに辛いとか一緒にいてとか言ってて。あ、お父さん病気で余命宣告されてたのね。だからいっつもメソメソだったんだー。で、お父さん死んじゃって。手紙とか書いちゃってて。あたしとお母さん大好きーみたいな。先に死ぬことになって悲しいー、ずっと一緒にいたかったーみたいな』


 気持ちは分からなくは無い。あれだけ気丈に振る舞える咲季の方が凄いんだ。


『で、そんなお手紙を受け取ったお母さんは強制天国旅行への片道切符を親子二人分用意しちゃったんだにゃー』

「えっ」


 独特な言語で分かりにくいが、無理心中されかけたって事だろう。それは初耳だった。


『というわけで、これから死ぬ人が生きてる人に何か残すものじゃないよにゃーって、教訓を得たのです。だから何もしないの。何も望まないで、潔く消えるの』

「……そう、か」

『サムライみたいでしょー』


 こっちとしてはかなり気まずい(自分で訊いておいてだが)のに、リーファはいつも通りのあっけらかんとした態度。

 こういう、話すのが憚られる話題だろうが関係なく明るく話すのがリーファらしい。


「変だよなー。つくづく」

『自分でもそう思うんなら精神科とか行ったら?かぁ君ちょっと変だよ?』

「喧嘩なら買うぞ」

「どゆこと?」


 そういうところだよ。



 # #


 電話を終えて少しくつろいだ後、スマホの画面を見ているとメッセの通知。

 差出人は……杏か。


〈今日の事忘れてないですよね〉


 との事。何だこの脅迫じみた圧のある文章。

 亜細屋のマロンケーキを俺が奢る件なのは明らかだが、「忘れてましたーw」とか送ってみたら面白そうだ。……なんて思ったけどネチネチと毒を吐かれる未来が容易に想像できたので実行には移さず、〈灯火駅に11時。忘れていません〉とすかさず返事。


〈よろしい〉


 何様だ貴様とツッコミたくなる返事に適当なスタンプを返し、スマホの時刻をチェック。10時31分。少し早いが、まあいいか。俺は身支度をして部屋を出て玄関へ。

 と、そこで思い直し、リビングにいる母さんと咲季に少し出かける事を伝える。

すると咲季の向かいの席で雑誌を広げていた母さんから、


「…………お昼は要らないの?」


 なんて返ってきた。ちょっとびびったが、「適当に食べてくる」と言うと「そう」と短い返事をしてどこか戸惑った様子で雑誌に視線を落とす。


 え、何? もしかして昼ご飯作ろうとしてくれてたのか? 咲季が入院してからはごく稀にしか俺のご飯なんて作ろうとしなかったのに。

 嬉しさからしばらく固まっていると、テーブルの上でこちらに背を向け、メイク道具を広げて小さめの鏡と睨めっこしていた咲季――洗面台でやればいいのに――からガンを飛ばされた。何かを訴えるように顔をぶんぶん振られる。


 はいはい、分かってるよ。


「やっぱ、家帰って食べてもいい? 母さんの料理……食べたい」


 我ながら小っ恥ずかしいセリフだ。でも、紛れもない本心。ケーキの後何か食べる事になったとしても軽食にすればいいだけだ。


 顔を上げた母さんは呆けたみたいに俺を見つめ、微笑んだ。


「いっぱい用意しておくわね」


 ここ最近で一番会話らしい会話だった。

 こんなので喜んでるのもおかしい気がするが普通に嬉しい。


「もーー!お兄ちゃん何ニヤついちゃってんのもーー!」


 メイクはもう終わったのか、メイク道具をテーブルの端に寄せてから咲季が嬉しそうにやって来て身体をぶつけてくる。

 さっきので十分恥ずかしかったのに追い打ちかけてくんな。

 いつもなら「うるさい」「黙れ」「ぶっ飛ばす」とか反射で出る所だが、母さんがいる手前自然と言動がセーブされた。


「咲季も出かけんの?」


 結果、苦し紛れに話を逸らすに留まる。


「うん!マイマイとリンリンと三人でぇー、むふふふ、にゅふふふ、ぐふふふふっ」

「なんだよ気色悪い鳴き声出して」

「いやーちょっとなー、非モテなお兄ちゃんには刺激が強いかなー」

「そっか。じゃ」

「まって。行かないで。気になるでしょ何するんだろうって思うでしょねぇ」

「いやそんなに」

「気になるでしょ!女子高生三人が揃って何するか気になるお年頃でしょ!!」

「そんなお年頃ねぇよ」


「お答えしましょう、我々三人はこれから水着を買いに行くのです!」


 自らお答えしちゃったよ。


「ああ、海行くからか」


 何故か俺も呼ばれてるやつな。未だに行っていいのか疑問だ。女子同士で楽しみたいものじゃないのかな。

 多分男避けに俺を誘ったんだろうと思ってはいるが、そのメリットと俺が入って会話に気を使うデメリットと釣り合うのか?


「そそ。で、お兄ちゃんも行くでしょ? 暇でしょ?」

「いや、出かけるって言ったろ」

「どうせコンビニでしょ?」

「なんで一択なんだよ」

「それくらいしか行くところ無いよお兄ちゃんは」


 凄まじい偏見だった。


「残念ですが、友達と評判のケーキを食べにいくのであなたのそれは言いがかりですね」

「なるほどーそうなるといいねー」

「願望じゃねーよ事実だよ」


「…………ふ」


 笑い声。キッチンの方――その側のテーブル。

 小さいけど確かに聞こえたそれに目を向ける。


「あ、ご、ごめんなさい……」


 母さんが目を伏せた。


 驚く。

 俺と咲季のやり取りで母さんが笑った事なんて、記憶してる限りは無かった。

 こんな会話は何度もあったはずなのに。


 咲季が俺と母さんを交互に見てにっ、と笑う。


「私もお昼戻るから、三人で食べようね!」


 全てを包む笑顔。母さんも応えるように微笑んだ。

 今まで充満していた悪意を溶かす暖かさ。

 やっぱり咲季は凄いな。釣られて笑ってしまうじゃないか。

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