第14話 ずっと
機械的にふわふわと浮かんでは沈んでいくを繰り返すクラゲ達を見てると、クラゲのリラクゼーションなんて紹介文が隣にあるのも納得であるなー。
なんて現実逃避をしていても無駄なのは分かっている。けど咲季を楽しませるためのデートでこんなことになるとは思わなかったんだ。
まさかこの場で俺の悪評を知ってる奴らが二組も居るとは、世間は狭い。
大学で俺に嫌がらせをしてきた奴らはいつの間にかどこかへ消えたみたいで何よりだけど、問題は咲季の前で咲季の同級生から俺の悪評が語られた事だ。
あいつ気に病んでそうだよなぁ。俺としてはもうそこまで気にしていないし、それを伝えはしたけど、あいつこの件に関してはかなりナイーブだから。
そう考えると不安になってきた。あれ以上空気を悪くすまいと咄嗟の判断で抜け出してきてしまったけど、大丈夫かな?変に拗れていたりしないだろうか。
けど今俺が戻ったところで場を収めるどころか逆効果になるのは目に見えてるし。
色んな思いが巡ってはまた巡る。
「お兄ちゃん!」
そんな時、背後から今にも泣き出しそうな震えた声が聞こえた。
咲季だ。予想よりも早い。
「咲、」
「ごめん、ごめんね?ほんとにごめんね!?」
そばに寄って俺を見上げるなり顔を歪め、周りの目も気にせずに声を上げる。
咲季の気持ちを考えると周りを気にしろなんて言えないが、やはり奇異の視線が集まるのは居心地が悪いものだ。冷静になって欲しい。
「お前、友達はもういいのか?」
「そんな事いいよ!ごめんね、お兄ちゃん。本当にごめんね?」
まずい、完全に錯乱してる感じだ。
「お、落ち着けって。気にしてないから」
「でも、でもっ、お兄ちゃんは何もしてないのにっ!」
俺のTシャツの裾が強く掴まれてシワになっている。そのまま破いて引き裂くんじゃないかという勢い。
「いやー、まあ、悪評が立つ事してたのは事実だからさ」
「違うもん!お兄ちゃんは優しいもん!!お兄ちゃんの事何にも知らない人にとやかく言う資格なんてないよ!!」
俺が気にしていないという態度をいくら取ろうと、今の咲季には聞く耳が無いようだった。
多分これ、父さんと母さんと俺の事で言い合って、結局何も分かってもらえなかったって出来事(ちょっと前咲季から聞かされた)と重ねてるんだろうな。相乗効果でこんなにも激しい感情になっているんだ。
気持ちとしては純粋に嬉しい。俺のために怒ってくれるなんて感謝しかない。けど、こいつがこんな風に怒ってる姿を見ていたくない気持ちの方が強かった。
咲季が言ってたように、俺だってこいつが笑っているから頑張れるのだから。
「ちょっと来い」
「え、わ、」
だから俺は咲季の腕を掴んで強引に進んだ。
「どこ行くの?」と尋ねる咲季を無視し、人混みをかき分け、エスカレーターで階を上がって外――テラスのようになっているゾーンへ出た。さっき館内の地図をなんとなしに見た時に見つけた場所。亀とかカピバラ(なぜか)を見れる場所みたいで、プールみたいな水槽が奥の方にある。
室内から出た瞬間、凄まじい熱気と頑張りすぎな太陽からの陽の光が身体を焼く。ちょっと後悔しながら咲季へ向き直った。
「ど、どうしたの?」
未だ眉を寄せて心配そうにしている咲季の手を、銀色が眩しい手すり――太陽で死ぬほど熱せられた金属に押し付けた。
「あっっっっっづ!!?」
咲季、予想通りのリアクション。
満足しつつ追撃。咲季の目の前にダンゴムシが蠢く石の裏の動画。
「ぎゃああああああああああっっ!!!」
青ざめ、腰を抜かして尻もちをつく咲季。
「地面あっづ!!」
尻もちをついた部分は木製だったが、この太陽の陽射しで相当熱されているようである。叫びながら立ち上がって尻を払った。
その様を見て、笑いがこみ上げてしまったのは仕方が無いと思う。
「な、な、何笑ってんの!!あんな、あんな十八禁激グロ動画見せといてっっ!!!人の心ないんかクソボケスットコドッコイ!!」
革新的な罵倒だ。
「いや、ごめ……ふっ、そんなに盛大な驚き方されると圧倒されてさ」
「だからなに笑ってんだこのクソ兄ボケ兄スットコドッコイ兄!」
「ごめん悪かった。けどこうでもしないとお前、意味の無い自責繰り返して俺の話聞かないだろ」
「はぁ?意味無いって……」
「言っただろーが、もう中学の話されても大丈夫だって」
咲季の抗議するような声に被せて意見を叩きつけてやるが、なおも不満があるようだ。
「でも悪口言われるのとじゃ全然違うもん」
「それはそう」
「そうなんじゃん!」
人間なんだから自分を悪く言われれば多少なりとも気分が悪くなるのは当然。
けど、そんなのは俺にとっては
「でも、平気なんだ」
「なんでよ!」
「咲季がいるから」
言った。
「だから、平気なんだ」
俺の事をいつも考えてくれる、想ってくれる。そんなお前がいるから。
言って、言葉にして、沈黙が場を支配して、耐え難い羞恥が頭を沸騰させて……。
それが
やばい。これ、あからさまに顔赤いだろ俺。何言ってんだ俺。
「ごめんやっぱ今の無――」
「きゅぅぅぅ」
日和って逃げに走ろうとした俺より早く、膝を抱えてうずくまる咲季。どうしたどうした。
「え、お、おい」
「悪タイプ威力70先制技 あいてが だすわざが こうげきわざ でないと しっぱい する !」
「ん?あ?」
急な呪文に思考がフリーズ。
まじでどうした?太陽の熱で頭がおかしくなったのか?
俺が咲季を見下ろしたまま固まっていると、うずくまっていた顔が急に俺に向いた。
「ふいうち!」
「……あ?……は?」
「「…………………………」」
黙る俺と咲季。
まじで意味が分からん。再度固まる。今度は怪訝さを思い切り顔に出して。
すると咲季が「あれ、予定と違うぞ」とばかりに焦りだした。
「や、だから、その、ホラ、ポ○モンの技で、しっぽをふるとかされたら失敗しちゃう先制攻撃の……ね?対戦で良く使われるイメージの、ね?」
「あー、うん。あったような無かったような」
「うん……、あったよ」
またも黙る二人。
「お兄ちゃんどうすんのこの空気」
「え?俺のせいなの?」
「普通は「あー!ふいうちねー……って!分かりづらいわっ!」ってツッコむ所をさぁ、「あ?」とか怖い顔向けてくるし」
「俺に妙な期待を寄せるのやめてくれる?」
「寄せるよ、何年私と一緒にいると思ってるの?それくらいこなしてくれないと」
兄妹関係を何だと思ってんだろうこいつ。
「かぁ〜、信じらんねーっすわー。シラケたっすわー。この人アレっすわー、女の子が「終電無くなっちゃった♡」って言ってもタクシー呼んで送還させるタイプのクソですわー」
「それはホテル代貸すかな」
「うわ」
「なんでドン引きされんだよ」
「それはこれからの人生で学びなさい坊や」
「知った風に語ってるけどお前色恋の経験あんの?」
「告白なら、何回もされてますが?」
ウザったいいキメ顔。
そういえば咲季ってやたらと告白されてたわ。
様々な異性と仲良くやれているという点で言うなら確実にこいつに軍配が上がる。
「てか外暑ぅ!もう中入ろ!」
「だな」
この炎天下に数分とどまってたから至る所から汗が滲み始めていた。
いつの間にか咲季の様子も戻ったみたいだし、さっさと中に入って見ていない箇所を回ろう。
二人して足早に中へ。ガンガンに効いた冷房の冷気が滲んだ汗を乾かしていく。来た道を辿り、元居たクラゲのコーナーに。
もしかしたらあの連中や咲季の同級生がいるかもと視線を巡らせてみるが、俺達がゴタゴタやってる内に先に行ったようで、すでにどこにも見当たらなかった。これでゆっくり進んで行けば鉢合う事も無いだろう。
なんて考えていると、
「…………………」
ぴとり。
熱い体温が俺の左半身に密着。次いで、左腕に絡まるような腕の感覚と、すり寄せられる顔。
視線を落とすと、ちょうど咲季と目が合った。
紅潮した肌に、潤んで光を帯びた瞳と、全てを委ねたみたいな穏やかな微笑み。
「あ、暑いんだけど」
高鳴った何かを誤魔化すため、視線を逸した。
「罰だよ、さっき酷いことした兄へのウルトラスーパー罰。暑がりなお兄ちゃんに引っ付くの刑なの。えへへ」
「動き辛い」
「えー?私が居るから平気なんだよね?」
「っ!こ、このやろ……っ!」
ぐ、おぉぉぉっ!
やっぱり言わなきゃ良かった!もうネタにしてやがる!
「ね、お兄ちゃん」
「な、んだよ」
また何かからかう気なんだろうと身構える。
「ずっと、味方だからね」
混じりけのない真剣な声色。
「……うん」
〝ずっと〟。
咲季の想いは嬉しかった。
けど、その言葉にいつまでも縋っていられないのは分かっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます