fragment7 エロ同人おじさん
「ではでは〜、咲季の退院を祝しまして〜」
「「「かんぱーい!!」」」
7月30日の夕方。
声は三つ。この部屋の主、咲季。その親友の
一般的な広さの一人部屋に三人も集まっていれば窮屈感が出るものだが、全員細身でなおかつ舞花が小柄なせいかそのような感は薄い。
ベッドのすぐそばの床に置かれた木製の丸テーブル上に広がるお菓子や摘み類の数々。それらを囲んで和やかに始まったのは、咲季の退院を祝したパーティ。咲季が二人に退院の知らせを送った時から企画されていたものだ。
当初はどこか値段高めの飲食店で行う予定だったが、結局食べたい物の意見がまとまらず(主に咲季と凛の)、コンビニやスーパーで各々好きに買ったものを誰かの家で食べてそのまま泊まるというカジュアルな形でおさまった。
しかし成り行きで決まったとは言えこれで良かったなと咲季は思う。
「おー苦しゅうない近うよれ」
「うわ、いきなりセクハラモード〜?きも〜」
「じゃあリンリンはいいですぅー。マイマイかもーん」
二人と距離が近くてアットホームなのが良いよね。と思考とは関係無しに隣の舞花の太腿にセクハラじみた手付きでさわさわする咲季。
普段なら「キモい触んな!」と嫌がられる所までがセットの行動。だが、咲季の予測に反して舞花は縮こまった状態で何も言ってこない。
「あれ、舞花?どしたの?」
「おめでとう咲季! おめでとう!おめでとぉ……!」
舞花は泣いていた。涙を目の端に溜めて若干しゃくりあげて。
どうやら感動で普段の調子が出ていなかったらしい。良い子だなぁと咲季は心の内を熱くし、抱きついて頭を撫で回す。
「おーよしよし、マイマイ泣かないのー」
「舞花の涙になんか需要ないから引っ込めな〜」
外野、もとい凛から心無い野次が飛んでくる。気だるげに買ってきたスルメを食む姿はまさにうんざりといった具合。
咲季と舞花が喧嘩をしていた時期、咲季が知らぬ間にこういう場面が二人の間で何度もあったのかも知れない。迷惑客が来たときのベテラン店員並の「ハイハイまたですか」感がある。
こんな態度だけど結局面倒見ちゃう所が凛の良いところだよねと思いつつ、
「リンリンひどっ!マイマイは普段とのギャップがあるんだから需要いっぱいに決まってるでしょ!いつもツンケンしてるあいつが夕暮れの教室で涙を流しててドキッ♡ でしょ!」
「出た咲季のよく分かんない妄想」
「アタシで、変な妄想しないで……」
舞花も流石に看過出来なかったのか涙を拭いながら言及。
「妄想されたくないなら……泣き止めっ」
咲季の手が舞花の脇腹へ伸びた。
「え、や、やめっ、ひゃんっ!」
くすぐりには弱いらしい。軟体生物のように舞花の身体に指が這った瞬間、その身体がどこかなまめかしくうねり、「んっ!あんっ!!」と声だけ聞けばいかがわしい叫び声を上げながら逃げようともがく。が、咲季はそれを許さない。
それにニヤニヤと顔いっぱいに喜色を浮かべたのは凛。けっして舞花の
「お、いいね咲季〜。動画撮るからそのまま襲ってて〜」
「やめてぇっ!!ひゃっ、きゃあああ!!」
「いい声で鳴くじゃねえかへへへ。もっと良くしてやるからよ。へへへ、これ媚薬オイルっつってなぁ、これ塗るともっといいキモチになれるんだぜへへへ」
「わ〜い、エロ同人おじさんだ〜」
「何それきもっ!」
「キモいとはなんだ!凛、舞花を押さえて!」
「え~?じゃあ咲季が動画撮れよ~」
「へへ、まかせな。エロい動画撮るぜぇ?」
言うや否や流れるような動きで立ち位置を交代し、体を絡ませるようにして舞花を完全ロックする凛。さながら柔道の寝技である。
そして咲季はテーブルの上の刺身のパックからおもむろにワサビを取り出した。
「ちょ、はっ? なに? え? ……なんでワサビ持ってるの!?何する気!?」
「ワサビじゃない。媚薬オイルだぜ」
わけの分からない妄言を垂れ流してる咲季を無視し、舞花は視線を密着している凛へ。
すると凛はにたっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ワサビと言ったら鼻の下に塗るでしょ〜」
「なんでよ!」
意味不明である。
「なんでって、ねえ?」
「ワサビでイタズラって言ったら、ねぇ?」
全くついていけない舞花そっちのけで仲良く視線を合わせる咲季と凛。
「何をさも常識みたいに言ってんだよっ!ていうかなんでいきなりそんな拷問受けそうになってんの!」
「なんでって、ねぇ?」
「ワサビがあったら、ねぇ?」
「出たよ意味不明な結託……! あんた達のどっちかでやれっ!」
「叩けば鳴るおもちゃが目の前にあるのにそんな無意味な事しないよ〜」
「よ!リアクション王!」
「うっさい黙れ!止めろバカ!」
舞花が本気で嫌がって叫ぶと、突如として凛からの拘束が解かれた。咲季もやれやれと後退してワサビを机に置く。
何が起こったのか。
答えは単純。本気で嫌がる事を舞花の親友はしてこないというだけだ。
「あ、ケーキじゃ〜ん。舞花買ってきたのこれ?モンブランもらってい〜い?」
「さすがマイマイおしゃれー!私はせっかくだからこの期間限定の赤々しいイチゴソースどばどばケーキを選ぶぜ! おいしそー」
「ほんと、アンタら二人揃うと話が行ったり来たり…………」
まるで小さい子供のような二人に嘆息。まあ、この空気感が好きだから一緒にいるのだが。
「無言よりはいいじゃ〜ん。あ、うま」
「マイマイは強制的にフルーツタルトね」
「はいはい」
いつの間にか、舞花の涙はどこかへ引っ込んでいた。
#
パーティーが始まって一時間。すっかりいつもの調子を取り戻した舞花は咲季が登校してない間に学校であった出来事や共通の友人の話をしていた。
夏休みの宿題の話や、どこかに旅行に行こうとか、会話は相変わらずあちこちへ行ったり来たりとしていたが、変人が混ざっていてもやはり女子高生。最終的に辿り着いたのは恋愛絡みの話だった。
凛は特段好きな話題というわけではない様子だったが、舞花と咲季はノリノリである。
「ミスミと3組のアスハラ付き合ったんだって。笑えるっしょ」
共通の友人であるミスミという少女の名前を出して得意げに笑む舞花。
「えー!だれだっけアスハラって!てかミスミちゃん恋愛はもういいとか言ってなかったっけ?」
「ねー、結局彼氏作ってんじゃんって」
「そう言ってる奴ほど恋愛に飢えへるもんへひょ~」
年配の男のように股を開いて横になり、スルメを噛む凛。だぼっとしたジャージ姿もそれに拍車をかけている。
あまりにだらしない姿に咲季は苦笑し、舞花は目を
「股閉じろ。てか人付き合い皆無が知ったかぶんなっての」
「いやいや、ウチのクラスのトップグループのお二人様と付き合いがあるんでね〜。多少は心得ありますよ〜」
咲季は高校三年生になってから一度も学校に通っていないが、クラス分けはされており、二人と同じクラスとなっていた。
まだ咲季がクラスメイトと顔を合わせていない時点からトップグループ――いわゆるスクールカーストの話だ――などと言っているのはそうなる確信があるからなのだろう。
実際二年生の時は咲季と舞花は同じクラスで、一番発言力のあるグループに属していた。
そんな二人を傍目に見ながら他人との関わりに背を向けて一人教室の隅で実用書を読んでいたのが凛だ。
「オホホホ、人付き合いは貴族の嗜みでしてよ。ねぇ舞花お姉様?」
「貴族じゃなくて全人類の嗜みだから。ねぇ、凛」
「お〜、当てつけか〜? 泣いちゃうぞ〜」
「勝手に泣いてろ」
にべにもない舞花。
「ひど、友達やめよ〜。舞花相談窓口も閉めよ〜」
「なにそれ? 何か悩みとかあるのマイマイ?」
「えっ、や、別に?」
「あるでしょ恋の悩みが。咲季の」「あーーーー!!わーーーー!!」
「え?なになに私が何だって?」
「何でもない何でもないから!」
凛と咲季を隔てるように舞花は間に立ち、大きく腕を振って必死に否定。次いで凛のジャージの襟首を掴んで部屋の隅へ高速移動。
「凛!アンタこういう復讐の仕方は卑怯!」
「別に舞花の心無い言葉に怒って復讐なんてしてないよ〜。ウチはただ舞花に全てをさらけ出して欲しくってぇ〜」
「やめろばかっ!」
「あは。別に知られた所で問題ないじゃ〜ん」
「大アリだよ! なんか、ちょっと、気まずいじゃんっ!」
「何で〜?何が〜?」
「え? や、だって……、友達の、お兄ちゃんを、その……す、す」
「お兄ちゃんの事好きって話?」
「ひゃわっ!?」
コソコソと話していた凛と舞花の間に突然現れた咲季の顔に悲鳴を上げて後ずさる舞花。
「な、さ、さ、咲季っ!?」
「だから、お兄ちゃんの事好きなんでしょ?」
「にゅわっ!?」
「何その変な声」
一々オーバーリアクションな舞花に吹き出す咲季。
「だ、だ、だって、咲季、気づいてたの!?」
「そりゃね、お兄ちゃん目の前にしたマイマイ見たら気づくよね普通。気づきたくなかったけどっ! 知らないままでいたかったけどっ!」
「ちょっと咲季まで挙動不審にならないでくれる〜?」
子供みたいに脚をじたばたさせる咲季に呆れた声の凛。
「だって複雑なんだもん……」
「そうだよね〜咲季は超絶ブラコンだもんね〜」
「ぶ、ブラコン違うし!」
「じゃあ親友に訪れた遅めの春の陽気を歓迎しなきゃね。それともブラコン過ぎて反対?」
「む、ぐぐぐ……」
相変わらず言いくるめるのが上手い。咲季は今まで口喧嘩で凛を負かしたことが無かった。
「友達が悩んでるんだよ〜? 手を貸してあげなきゃ。どんなにお兄ちゃんが大好きな超絶ブラコンでも」
「だからブラコンじゃないってばっ!」
「あは。おもしろ〜」
「む、ぐぐ……!」
「アタシは別に、無理して応援してくれなくても…………」
二人が言い合いをしていると、舞花がしおらしく縮こまってしまっていた。そんな彼女に凛は穏やかな笑顔を向けて、
「何言ってんの舞花。咲季だって分かってくれるよ」
「え……」
「自分は全く傷つかず、無責任に口出しして愉快になれる、そんな他人事の恋愛。こんな素敵な事って無いよ。ね?」
図々しく咲季の肩へ手を置いた。
「すごい、ゴミ屑の考えだ」
「清々しいくらいにゴミ屑」
酷い思考回路だった。
「けどリンリンに大いに同意!」
「ちょっ、咲季!?」
「ごめん舞花!でも、こうやって笑い話にしていないと私の純情な乙女心が舞花を殲滅対象として見てしまいそうになるの!」
「はあ?」
「で?で?お兄ちゃんのどの辺が一番
「は、はあっ!?」
「ちなみに私のおすすめはお尻です」
「おしっ!?」
「胸板いい感じにあるよね〜」
「リンリン流石だっ!お兄ちゃんのおっぱいに目をつけるとはお目が高い!」
「おっぱ……!」
ぼっ! と効果音が聞こえるくらいに舞花の顔が急激に沸騰した。
「あらあら片桐さん、城ヶ崎様ったらこんな時間から英知な妄想で興奮しなさってあらせられるわ」
「おっぱいって単語だけで発情なさるだなんて盛りのついた中学サッカー部男子の如く性欲が有り余ってあらせられるのねお可哀想」
身を寄せ合ってウネウネと身体をくねらせる変人二人。
舞花は叫んだ。
「してないっつーの!!」
「あらあら今度は突然お怒りに! 更年期障害かしら?」
「きっと便秘が続いて心労が溜まっていらっしゃるのよ〜。 お可哀想〜」
「便秘してないわ!毎日出てるから!!」
「快便宣言!城ヶ崎様から快便宣言がなされたわーー!!」
「ぷ、く、くくくく、なんだよ快便宣言て……、くくくっ」
「あんたらねぇ……!」
数ヶ月前のぎくしゃくした空気が嘘のように騒ぐ咲季と舞花。それを見守るように笑う凛。
三人が大好きな空間がそこにあった。
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