第13話 人は悪に容赦が無い
斜め右後方からの声に振り向く俺と咲季。
そこには見知らぬ男子がいた。快活そうな明るい少年といった感じ。年は俺と咲季とそう変わらないくらいか。青春を謳歌してるであろう者独特の「俺、自信あります!」みたいな雰囲気があるがそこに嫌味が無く、声をかけやすい気安さのようなものが感じられた。言うならオタクに優しいヤンキーみたいな感じ。
うーん、よく観察したがやっぱり見覚えが無い。つまりこれは――
隣を見るとやはり、咲季が目を丸くしていた。
「えっ、三森くん?」
咲季の知り合いだと分かった瞬間手をさり気なく離して距離を一歩分空ける。今更遅いかも知れないが、兄妹で恋人繋ぎなんてしてたら不自然だからな。
咲季はちらりと不満げな視線を俺に寄越してから、また視線を男子――三森君へ。
三森君はというとやたら喜色の色が顔に浮かんでいた。なんというか咲季以外視界に入ってない感じである。実際、俺に一度も視線を向ける気配が無い。
「やっぱりそうだ!すっげ、ビビったわー!すげー偶然!」
「久し振りー、ほんとに奇遇だね」
また俺にちらりと視線をくれる咲季。訳は「このまま話してて大丈夫?」ってとこか。俺は頷いて肯定。咲季と同級生との交流を邪魔する理由なんて無い。
しかしこんな人混みで咲季を置いてどこかへ行く気にもなれず、少しだけ距離を取り、近くにあった水槽の魚を見ていることにした。空気に
話を聞くに、三森君は咲季が高校二年の時のクラスメイトで、咲季が仲良くしてたグループの女子と交流がある男子グループの内の一人だったようだ。
咲季が「お兄様のようなフナムシ野郎には縁遠いかも知れませんが、トップの女子グループに所属するわたくしにはクラス会に参加しなければならない義務がありますのよ!」なんてクソみたいな自慢をしてきた事があった事を思い出す。
クラス内貴族様はこういう他のグループとの付き合いとかが多くて大変そうだ。
「人間関係面倒臭いだろそこ」って俺が言ったら苦笑いしてたからあまりいい思い出無いのかも知れないが。三森君への態度も全く砕けて無いウルトラ外面なので色々と察せられる。
「三森くんは誰かと来てるの?」
「そうそう!バスケ部の奴らとかOBの先輩と来てんだよ」
「へぇー、仲良いんだね。他の人達は?」
「ちょっとはぐれて探してたとこ」
雑踏の真っ只中ではあるが咲季の通る声とテンション高めの三森君の声は耳にしっかりと届く。
「それでその、片桐は、病気はもう大丈夫なのか?」
当然だが三森君は咲季の余命については知らないようだ。知っているならこんな聞き方しないだろう。城ヶ崎が聞かされてたみたいに〝ちょっと重めの病気〟くらいの認識なんだろうな。
「んー……、うん。調子が良いから退院したんだ」
「そ、そっか!よかったな!」
見てなくても笑顔が満開なのが分かる。
咲季の事を心配してくれているのは兄としてありがたい限り。……なんだけど、なんかモヤっとするな。
「あっ、そう言えばバスケのインターハイはどうだったの?真っ最中じゃない?」
「県予選で四位。惜しかったけど行けなかったわ、はは」
「えー!そっかぁ、残念。三森くんがキャプテンになったって聞いてたから応援してたんだけどなぁ」
「えっ」
心臓が跳ねる三森君(分かるはず無いのに分かってしまう)。
ドキってオノマトペが目の前に見えるようである。
咲季お前……。
「二年生の時バスケ部の練習見に行った時に三森くんすごかったもん!三年生チームと試合しててさ!十数点差をつけられてたのに、最後の最後でバンバンバーン!って一気にスリーポイント入れて逆転勝利!あの時ファンになっちゃった!」
「そ、そ、そっか……見てくれてたんだ……」
めちゃくちゃ嬉しそうににやけている(だろう)三森君。
咲季お前、なんてやつだ。無意識でやってんのかその〝あなたは特別です〟ムーブ。こんなの勘違いしちゃうだろ男子は。
咲季としては、単純に凄いプレーだったから選手として応援しているんだろう。けど三森君からすれば練習試合まで見に来てくれて、自分を応援してるなんて言ってくれる女子なわけで。
……これ普段からやってたから各方面からモテてたわけか。
そして一部の女子から反感買ってても不思議じゃないなと心配になる。咲季の言動は男子に気があるような素振りをわざとしているようにも映るだろう。
何度も男子から告白されてても周囲の女子から何も言われないって言ってたけど咲季が気づいていないだけじゃないのか?
「はっ!?」
「ん?」
咲季が変な声を出したので反射的に横目で見ると、一瞬目が合った。
「ちなみに!私がバスケ部の練習試合見に行ったのは私の友達、ミスミちゃんの付き合いだからであって私に明確な理由は無かったんだよ!三森くんは〝選手として〟素晴らしいねうん!」
ちらっ、ちらっ!
…………うん。分かったから必死にこっち見てくんな。三森君めっちゃ困惑してるから。ていうか今俺の存在バレると微妙に気まずいから止めろ。
なんて頭の悪いやり取りをしていると、咲季と三森君の会話に割って入る野太い声が。
「何ニヤニヤしてんすか先輩?」
「っ!木村!」
見ると、ガタイの良い男子が三森君の肩に手を置いていた。
「? ってぉお!?めっちゃ可愛い子いる!!先輩カノジョっすか!?」
「いやっ、ちっ、ちが……っ!何言ってんだ木村!」
「えっと……?」
「あ、俺木村っす!三森先輩のカノジョさん?」
「いいえ違います。知り……友達」
あからさまに冷たい声で返す咲季。
ていうかこいつ絶対知り合いって言おうとしたろ。流石に可哀想だぞ三森君。
なんて思っていると、ぞろぞろと集団がこちらにやって来る気配。
「あれ〜?咲季ちゃんじゃん。久し振り」
「え、ホントに片桐さんいるんだけど!なんでなんで?」
なんて黄色い声が多数。
どうやらバスケ部で来ているというのは女子部員も一緒ということのようだ。
見える限りだと男四人女四人混合で総勢八人か。凄えな。そんな大勢で遊ぶもんなのかこういう人種の人々は。
「リコちゃん久し振り。ヌマノさんも、一年振り?」
俺からすれば咲季の対応はぎこち無い。多分この女子達もそこまで仲良く無いんだろう
「体調とか平気なん?」
「退院できたって事?」
矢継ぎ早に各方向から来る質問に咲季は丁寧に答えていく。それにしても本当に顔広いなこいつは。新しくやって来た六人中三人が咲季と顔見知りみたいだった。
高校から現在まで友達と呼べるやつが一人二人しかいない俺としては信じられない。
「え!てかそこにいるの片桐秋春じゃん!」
…………んっ?
不躾にこちらを指差した女子Aの発言の途端、計八名の視線が俺へと向いた。
「はい?」
え?何?なんで俺の名前がいきなり出たの?
完全に蚊帳の外のつもりだった俺はいきなり話題の中心に立たされて思考が止まった。
咲季も何が起こっているのか分からないのかぽかんとしている。
「片桐、秋春って……片桐さんのお兄さんだよね?」
恐る恐るといった様子の女子B 。
その一言で周囲がコソコソと顔を見合わせた。
「って事は、あれ?」
「いじめの……?」
「ち、ちょっと声大きいって!」
女子C が周りをたしなめる。
………… 一瞬咲季が言い触らしていたという妄言、妹のうなじを喰む化物〝あむあむ星人〟の事が頭をよぎったが、やはりそっちだったか。
俺のいじめの噂は当時だいぶ話題になった。地元の人間が咲季と同じ高校に進んでいればちょっとした小話として言いふらしていてもおかしくない。
いや、と言うよりは咲季が有名人だから、それに付随して俺の話も広がってしまったという具合か。
まあその分析は今はいい。ともかく混乱した頭を鎮めるために状況を再確認しよう。
現在、咲季に好意的に接していたバスケ部の面々はその後ろに何故か居たヤバイやつ(俺)を見つけて動揺。咲季に対して気まずい視線を向けている。
咲季は顔を俯かせて表情が見えない。多分困っている。
……どう考えても、〝俺〟がこの状況を好転させる未来が見えないな。
俺が誤解だと伝えたところで嘘だと思われる。仮に誤解が解けたとしてもこの空気を元に戻すには俺の存在が邪魔だ。
俺のせいで学友との偶然の再会の記憶に泥を塗るのは申し訳無さすぎる。取り返しのつかない空気になる前に無理矢理にでも離脱するべきだろう。
「咲季、俺ちょっとトイレ行ってくるからゆっくり話してて。終わったらクラゲのコーナーの所で待ってるから」
「え?」
「じゃ、腹痛いから急ぐわ」
なるべくいつも通りの空気感でさらっと去る。これがベストだろう。
――ごめん。
あの空気感に一人取り残して行く事を心の中で謝りながら俺はその場を離れた。
#
秋春が去った後、咲季とその知り合いの面々は沈黙。
本来ならこんなゴシップネタがあればあれやこれやと憶測を立てて話題にするのだが、秋春の妹である咲季がその場に居るから誰も何も言えない。
が、それを破る者が一人。
「片桐さんさ、お兄さんのことどう思ってんの?」
最初に秋春を見つけた女子、沼野である。
「え?」
「いや、だってさ、例のいじめで家族全員大変だったでしょー?そんなのと一緒に出かけて片桐さん優しいよね。普通の感覚なら絶対無理じゃない?」
嫌味たらしい言葉。
沼野が気の強い性格であるのは咲季も承知していたが、それでは片付けられないほどに敵意が滲んでいる。
この敵意の根源が男女関係から来ているのは察していた。
よくある話だ。沼野が好意を寄せている男子が咲季へ告白した後、急激に彼女の態度が刺々しくなっていった。友達の友達程度の関係性でなおかつ別のクラスであったからあまり攻撃されて来なかったが、舞花から「あいつ勝手にキレてるから気をつけて」と注意を受けていた。だからこの態度もある程度予測していたし、こういう時何を言われても受け流すのが咲季の常だったが、
「ヌマノさん」
今回ばかりは黙っていられなかった。
「お兄ちゃんはいじめなんてしてないよ。そんな事絶対にしない」
「え?今更弁明?まあ犯罪者の妹は嫌だもんねー」
「お兄ちゃんは優しくて、誰かの事ばっかりで自分の事なんて
「はぁ?知らねーし」
「だったら!!」
級友の前では出した事の無い大声。
周囲の客までもがぎょっとして咲季達の方へ振り向く。
沼野も今までに無い反応に驚いて固まった。
「だったら、何も知らないあなたが知ったふうにお兄ちゃんを騙らないでよ」
言うや否や、咲季は背を向けて足早にその場を去った。
残されたバスケ部の面々はかなり気まずそうにしながらこそこそと話している。
「何あれうざ」
沼野が舌打ちと共に言い捨てると、また彼らに近付く数人の影。
「いたいた。どうしたんだよそんな道の端っこで固まって?」
バスケ部のOBの大学生だった。男子一人と女子三人。
「あ、せんぱーい!聞いてくださいよー!」
駆け寄る沼野。
――最悪のタイミングだ。
ここに秋春がいたらそう言って頭を抱えただろう。
理由は一つ。なんて数奇な偶然か、やってきたバスケ部のOBの女性は秋春の顔見知りだった。
人は悪に容赦が無い。
その人物にある背景や心情へ配慮するなんてしない。
だからこれから起こる事件が良い事では無いのは確かだった。
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