第6話 好きだよ
「…………かぁ君をどう思うか?」
リーファは城ヶ崎が俺から引き剥がした行動に不思議そうにしながらも、いつもの調子を取り戻して笑う。
「好きだよ」
「っ」
こっちがびっくりするくらい、城ヶ崎はその一言で動揺していた。金魚みたいに口を開閉している。
確かに大っぴらに「好き」なんて言える人は少ないだろうから面食らうのは分かるけど、そんなに動揺する?
それと十中八九恋愛的な意味での〝好き〟と思ってるんだろうけど、これまた勘違いなんだが。
過去に幾度となく繰り返された流れだ。リーファが俺に過剰なスキンシップを取る → 周囲の奴らが勝手に盛り上がってリーファに俺への好意を尋ねる → 「好き」だと答える → それで周りが真意まで行き着くこと無くキャーキャー騒ぐ。
毎回こうなるんだよなぁ。高校一、二年の俺はまだ口調とか態度とか中学を引きずってたから美女と野獣の恋路とか散々言われたっけ。
とまあそんな経験があるから即座に防衛反応が働いた。
「ちなみにリーファのそれは異性としてという意味は一ミリも含まれて無いからね」
「え?」
何度もあった出来事なので、さすがのリーファも学習しており俺に追従。
「あ、うん、かぁ君大好きだけど恋人とかはムリだにゃー。かぁ君とえっちとか想像したくない。キモいねぇ」
「とまあ不適切な発言もあったけどこういう事ね」
こんな事言ったところで常人は納得しないだろうけどな。恋愛的に好きでもない他人の異性に純粋に抱きついてくる人間なんて存在しない。脳内が未知物質で満たされたこの宇宙人以外には。
「その感じで恋人は無理なんですか〜?」
案の定今まで黙っていた凛が冗談だろと言わんばかりに薄ら笑って言った。
「うん。かぁ君から愛の言葉を囁かれたら笑っちゃう」
「でも今秋春君に抱きついたりしてる……」
「それはねー、あたしとかぁ君はねぇ、ハピ友だからなんだにゃぁ」
「…………ハピ友?」
凛が首を傾げるとリーファはふふん、となぜか誇らしげに形の良い口に弧を描いた。
「ハッピーな友達のこと♪」
意味不明である。どういう立ち位置なんだハピ友。
「よく分からないけど、ただの友達なら抱き着かないと思う」
城ヶ崎も同意見のようで眉をひそめて言った。
「なんで?」
「なんでって……なんでも!」
うん?また空気が険悪になってきたな。
けど険悪になってるのは城ヶ崎だけで、リーファはけろっとしたものである。
誰かとリーファとのいざこざがあるといつもこうだ。こいつ友達認定してない奴からの言葉をまるで意に介さないからな。ただでさえ人の話聞かないのに。
「あたしはかぁ君が大好きだから、くっつきたいのね。それっていけないこと?」
「い、いけないよ!だってあんなのこ、こ、こ、恋人の距離感じゃん!」
何度も腕を振って駄々っ子みたいに指を突きつける城ヶ崎。体格も相まって小学生に見えなくもない。
ところでホントにどうしてこんなにムキになってるんだこの子は。
「えー?友達とか恋人とか関係無いよぉ。どっちも好きで一緒にいて、そこに優劣なんて無いんだから」
「意味分かんないっ!」
「そぉ?それなら意味分かんなくてもいいかにゃぁ」
「な、にゅ……っ!」
城ヶ崎、怒りと戸惑いの中間みたいな表情で固まっている。
しかしながらいつまでも通路のところで立っていられると他のお客の迷惑になるから困るなあと思ったり。
「一旦座って。落ち着いて。まともに取り合っても疲弊するだけだから。あと本当にこれで悪意とかは無いからね」
「う、うう」
俺の言葉にすぐに従って引き下がり、元の対面の席に戻る。
梅干しみたいな顔してるよ。理性と感情との間で闘っているのかな。そんなにシワ寄ってたら跡つくぞ。
「もしかして不快なげんどーしてた?」
もちろんリーファは色々と分かっておらず呑気に城ヶ崎へ訊いていた。問われた本人は戸惑いに未だ捕らわれているらしく、言い淀んでいるので俺が変わりに答える。
「感じる人にとってはそういう態度だった」
「そうなんだ。ごめんね?」
「何なのこの人…………」
うなだれてしまった城ヶ崎。
まあわけわかんないよなぁ……。最初は俺も大いに戸惑ったよ。「にゃー」とか言ってるし意味不明だし。そして未だにこいつの事は掴めない。
「ところで舞花ちゃん、キミ妖精さんみたいでとーっても可愛いにゃぁ♡ウチ来る?ロリっ子
「な、は、はぁ?」
と思ってるそばから急な勧誘が始まった。
こいつは未だに俺が前までいたバイト先――『
「声も可愛いし店長も気にいると思うにゃー」
「な、なにそのいかがわしい勧誘!?風俗店!?」
「城ヶ崎。言いたい事は分かるけど真っ昼間のファミレスでそのワードを高らかに叫ぶのはよろしくない」
「え〜、なんすかどこに行くんですか?ウチも混ぜてくださいよ〜」
意外にも混ざってくる凛。怪しい勧誘だったから探っているのか。
「キミは無理。可愛くなーい♪」
しかしリーファ、容赦無し。
まあ、メイド(ホールスタッフ)の採用基準は〝声が可愛いか〟だったからな。凛の声が可愛い可愛くないはさておき、店長の好みの声では無いのは確かだ。あの人アニメ声好きだからなー。
凛は真顔で俺に目を向け、
「お兄さん凄いの友達に持ってますね」
「ごめん、この人デリカシーとか価値観とか色々バグってる珍獣だから。ほんとにごめん」
リーファに代わって頭を下げた。ホントにこいつは……。
「あ、キッチンスタッフなら大歓迎だにゃぁ。可愛くなくても大丈夫だにゃー♪」
「キッチン?飲食店のバイトのお誘いですか〜?」
「うん、あたしのお店。人手足りなくてバイト欲しーのね。隣駅のメイド喫茶。『みるふぃーゆ』っていうんだけど」
お前の店じゃないけどなと内心ツッコミをいれる。
「それってネットニュースとかで最近話題になってたところです〜?」
「そ。今めちゃ人気で沢山お客さん押し寄せてて大変なの。で、どお? 特に舞花ちゃん!」
「め、メイドなんてアタシには無理だから!」
城ヶ崎は首を大きく振って拒否した。まあ普通そうだよな。
「かぁ君、振られちゃったにゃぁ……」
「すり寄ってくんな。あと急に誘ってOK出すやつほぼいないからね」
「あ、じゃあかぁ君は?また戻って来ない?」
「ん?」
リーファが名案とでも言いたげに目を輝かせて顔を近づけてくる。
「猫の手でも借りたいんだよぉ。かぁ君の手なら大歓迎!いっぱいサービスしちゃう!」
なんだよサービスって。
サービスはどうでもいいが、願ってもない申し出だった。ちょうどバイトを探していたし、『みるふぃーゆ』でまた働けないかと考えていたところだ。断る理由は無い。
「全然OK」
答える。
するとリーファが固まって目を丸くした。
なんだよお化けでも見たような顔して。
「何その顔」
「だって、急に誘っても無理みたいに言ったから、ダメ元だったにゃぁ」
「あぁ、そういう」
納得してると、リーファが抱きついて頬と頬とをすり寄せてきた。
「ちょっ!何だいきなり!」
「ありがとうのすりすりだにゃー♡」
「やめろ!」
「そうだよ止めてよっ!!」
城ヶ崎がまた立ち上がってリーファを引き剥がしてくれた。ありがとう城ヶ崎。
剥がれたリーファはお預けをくらった子供みたいに口を尖らせる。
「なんでそう邪険にするかにゃぁ」
「恥ずかしいだろ単純に!」
「そうだよはしたないっての!」
俺と城ヶ崎が同時に抗議。なんで城ヶ崎も一緒になってるのかは謎。
「えー?」
「「えー?」じゃない」
「うー?」
「やかましい」
「なはは」
嬉しそうにしてやがって。こいつ邪気が無いからあんまり強く拒否出来ないんだよな。
とりわけ最近は悪意に晒される事が多かったからリーファの動物的とも言えるストレートな好意は単純に和む。
ただ、その表現の仕方が死ぬほど恥ずかしい。背中がゾワゾワする。
「じゃ、後で連絡するからね…………って、そだかぁ君!」
リーファのへの字をした顔面が鼻先まで寄った。仰け反って避けるが、避けなきゃぶつかっていた勢い。
「な、なんだよ?」
「みんなの事無視するけどどういうことー!?」
「はい?無視?」
「メッセ!最近全然返事返してくれないじゃん!」
全然返事返してくれない?
……ああ、そういう事か。俺がスマホが変わったせいね。
失念してたけど、『みるふぃーゆ』で仲良かったメンバーと時々連絡を取り合っていたから、急に俺が返事をしなくなったのを無視したと思ってるんだろう。態度からしてリーファと……、あと誰からメッセが飛んできていたのか分からないけど、そいつには悪いことしてしまったな。
「スマホのデータ吹っ飛んだ。色々あって最近やっと新しくアプリ入れた。ごめん」
「もーコラ!そういうのは早く言ってほしいよぉ!」
「連絡手段絶たれたのにどう連絡しろと」
「お店来ればいいじゃない」
『みるふぃーゆ』に直接来いってことかよ。
「そのためだけに行くのも何か変だなと思ってさ」
「なんで?かぁ君が会いに来たらあたし嬉しいよ?用が無くても大歓迎だにゃー」
「…………………」
なんというストレートな……何も返せず黙ってしまった。
「どったのポカンとしちゃって?」
「……いや、なんでもない。ありがとう」
こんなふうに言ってくれる奴が居るんだって思ったら自分も捨てたものじゃないって思っただけだ。
恥ずかしげも無く、本心の言葉なんだろう。癖が強いけどリーファは稀に見るくらい素直で良い奴だ。……その分キレた時は怖いが。
「なにそれ?まーいーや。とにかく新しいメッセのID頂戴ね」
「了解」
連絡先を交換した後、リーファは席を立って上機嫌で俺達に手を振った。
「じゃ、あたしはお邪魔虫さんみたいなので帰るにゃー♪」
珍しい。絶対このまま俺達に混ざるとか言ってくると思った。こいつ空気読むとか察するようなステータスが異常に低いはずなのに。
「うーっす。他の二人にもよろしく」
「いやいや、かぁ君や、連絡先貼っとくから後で直接よろしくして欲しいでございますよ?」
「……それもそっか」
「そうだよー。リムちゃんなんてすっごい心配してたんだから」
リムとはリーファと同じく昔のバイト先の仲間の
「杏が?」
「うん。泣きそうだったもん」
「泣きそう?」
杏が泣きそうだった? 何言ってんだこの人。
杏は同い年の俺に常に敬語、常にクール、常に毒舌の、どちらかと言えば冷たいイメージを抱くような女子である。そんなあいつが俺と連絡が取れなくなったくらいで泣きそうになっているなんて想像もつかない。ていうかできるわけがない。
リーファは察する能力を神に根こそぎ奪われた可哀想な子だからきっと見当違いな妄想を現実と履き違えてるのだろう。
「まあ、気に留めとく」
俺がテキトウにそう返すとリーファは満足げに八重歯を見せて笑い、「バイトの話、店長に言っとくね!」と去っていった。
相変わらず嵐みたいなやつだな……。
それとレジ素通りしていったけど、あいつちゃんと金払ったのか?流石にそこまでの非常識じゃないから誰かと来ててその誰かが会計済ましたのかな。
あいつと一緒にファミレス来るなんていったら杏か
「あ、あ、秋、春君っ!」
と、そこで俺の思考を断ち切るように、声。
その音源の先にいたのは今日常に大声を出しているように感じる城ヶ崎だった。
死を覚悟した戦士のような決意の形相で見開いた目を向けて身を乗り出している。
彼女が頼んだ無傷のプリンが虚しく揺れていた。
「アタシで遊びませんかっ!?」
そして、凍る空気。
城ヶ崎の隣の凛は「何言ってんだ」と言わんばかりに顔を歪ませて口を半開き。
俺も同じ気持ちだった。嵐の後にまた嵐。
何はともあれ、このファミレスもう使えないかもしれないなと周りの物珍しそうな視線を見て思った。
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