第4話 会いたかったよぉ!

「あきっ、はる、くん」

「うん?」

「あ、と、そ、その」


 壊れかけのロボットみたいなカタコトでなんとか喋る城ヶ崎。緊張しているんだろうか。

 まあ、俺を呼んだ目的が謝罪なのだから多少はそうなるか。それにしたってガチガチだけど。顔赤いし目は泳いでいる。


 対面の席に座ると城ヶ崎を遮るように凛が話しかけてきた。


「おひさで〜す。この女が壊れたおもちゃみたいな動きしてるのは緊張してるだけで男性恐怖症みたいなのとは関係ないのであしからず〜」

「そうなんだ。それならいいけど」


 一瞬頭をよぎった考えを凛が否定。

 俺(男)が近くに来たせいでこうなってるのなら帰ろうかと思ってたところだ。


「それにしても久し振りですね〜。どうですか?何か変わったことありました?」


 何かあったなんてもんじゃないくらい色々あったが、それをこいつらに話したってしょうがない。

「取り立てて話すような事はないよ」とつまらない返しをすると凛も「まあゆーて一、ニヶ月くらいですしね」と軽く笑った。


「そっちは何か変わった事あった?」

「こっちも別に何もないですよ。受験生らしく勉強してるだけです〜。ま、この子が「お兄さんに嫌われたー!」って騒いでたくらいですかね〜」

「凛!」

「なんだよ不満げな顔して。本当にウザかったんだからこれぐらい言ったっていいっしょ〜ウジウジうじ虫」

「あんたも最近お姉ちゃんが家に帰省してきて最悪とか言ってウジウジ文句言ってたじゃん!」

「ちょっとそれ言う?うわ〜、あんたのせいで嫌な事思い出した最悪。ストレス値上がっちゃったからあのクソ姉殴りに帰ろうかな」

「か、帰るのはナシでしょ……」

「いいじゃんお兄さんと二人きり」



「ムリ!」



 その時城ヶ崎の必死の叫びがファミレス内を木霊した。

 そりゃそうだ。多少俺のことを信用してくれているのは態度で分かるが、二人きりになるのはまだきついだろう。男に襲われかけてまだ二ヶ月程度しか経ってないのだから。


 流石に凛がからかっているのは分かったので二人のじゃれ合いを静観していると、城ヶ崎がはっとした顔をしてこちらへ勢い良く視線を向けた。


「あ、えと、違う!違うよ!?今のは秋春君といるのが嫌みたいな言い方に聞こえたかもしれないけど全然そんな事無くてむしろ嬉しいというかめっちゃ嬉しいんだけどそれが逆に心臓に悪いというか悪いの!!」


 よく分からんが気にするなって事かな。

 あまりに必死な「ムリ!」だったので驚いたけど、悪意が一切無いのは一目で分かるから全く気にならない。


「大丈夫大丈夫。全然気にしてないから」


 なので笑顔でフォローを入れると、なぜだか城ヶ崎はしょんぼりとしていた。なんで?


「お兄さんちょっとな〜、言葉のチョイスがな〜」


 凛が薄笑いで肩をすくめている。なんで?


 察するに失言したようなんだけど、具体的に何が失言だったのか分からない。

 しかしながら、こういう時はどんなに意味不明でも謝るのがベストであるのを俺は知っている。下手に何か言えば顰蹙ひんしゅくを買うのは必至ひっしだ。ソースは高校時代のバイト仲間との日々。


「ごめん、何か気に障る事があったら遠慮無く言って。咲季との会話に慣れてるせいでデリカシー無い方だと思うし」


 必殺の流れるような謝罪。すると城ヶ崎はブンブンと手を振った。


「そんなそんな!秋春君が謝る事なんて無いよ!ぜんぜん、ほんと、これっぽっちも!凛が馬鹿なだけ!凛のばーか!アホゴミカス!」

「……心に寄り添ってやった友達に対してこの態度ですよ。どう思いますお兄さん?」

「キミら仲良いなって思う」

「節穴か?」


 いや、少なくともこんなに気兼ねなく暴言言いまくれてる時点で仲良いぞ。特に女子同士でこんな関係に至ってるのは珍しい部類だろう。偏見だけど。


「ま、いいや。それよりぱぱっと本題入っちゃいましょ〜。このままだとこいつヘタレて話せなくなりそう。というわけで舞花ちゃーん、どぞ」


 本題って事は、城ヶ崎が謝りたいってやつか。なんだろう。

 思って、城ヶ崎の言葉を待つ。が、城ヶ崎は凛を机の下に引きずりこんでコソコソ話を始めてしまった。



「凛!フリが雑すぎ!いきなり言われても心の準備が……」

「心の準備ならお兄さん来るまでにいくらでもできたでしょ〜」

「そんな簡単なもんじゃないから」

「謝るだけじゃん。お兄さんも気にしてる様子無いし」

「実はムカついてる可能性だってあるじゃん!アタシ、秋春君のほっぺにち、ち、チューなんてセクハラしちゃってるんだよ!?しかもその後のメッセ無視だよ!?最悪じゃん!」

「それでいて謝らないというもっと最悪にならないためにさっさと謝れ〜。ほら」



 話が終わったのか凛が城ヶ崎を机の下から引っ張り上げる。抵抗する城ヶ崎を無理やり押さえつけ、こちらに向かせた。


「あ、あ、あのっ、あきっ、秋春、くん、あにょっ」

「うん」


 面白いぐらいに顔を真っ赤にしている。

 しかしここで笑うのは最悪の水差し行為なので城ヶ崎の言葉を待った。


 そして――


「メッセの返事返さなくてごめんなさい!」


 勢い良く頭を下げられた。


「アタシ、その、秋春君が、あの、アタシがほっぺにしたせいで、嫌がってたんじゃないかって思ってっ、メッセ見れなくてっ」


 なんとなく予想はしてたけど、やっぱりメッセージを無視した事について気に病んでいたようだ。別にそこまで気にする事でも無いのに。気にする人はするだろうけど、こうやって深々と頭を下げられるほどじゃないだろう。

 居心地が悪くなって少し焦る。


「いやいや、頭上げて。俺の方こそごめん。返事来てたのに見れなくてさ。俺スマホ変えるときに色々あってデータ全部飛んじゃって」

「えっ!?そうだったんだ……あっ、や、アタシも怒って無いよ!?ホントに申し訳無さしかないよ!」

「いや申し訳無さとか全然感じ無くていいって。嫌われてるかもって思ったら返事しようと思っても返せないの分かる」


 悪意があって無視したんじゃなければ別にどうということも無い。

 謝罪がヒートアップしている城ヶ崎をなだめるようにそう言うと、


「やさしい……」

「お兄さん菩薩?」


 城ヶ崎から潤んだ視線、凛からは不可解なものでも見たかのような怪訝そうな視線をもらった。

 なんだよ菩薩って。王子とか菩薩とか、凛の言う事は癖があってよく分からん。


「というわけで、別に謝る必要無いよ。こっちも嫌われたわけじゃないって知れて良かった」


 咲季と共通の顔見知りなのだから、これからも顔を合わせるだろう。その俺達の関係が悪いものであったらまずい。

 そう思って言うと、


「えっ!?それって!」


 城ヶ崎の顔が急に喜色一色に。どうした。


「舞花。絶対早とちり。ぬか喜び」

「でも好きじゃん!嫌いより好きっしょ!そういうことでしょ!」

「うわこの人ポジティブ〜」


 好きとか嫌いとか何の話だ。身内ネタ?

 話にいまいちついていけなくて首を捻る。


「お兄さんはいい加減にしてくださいね」

「なんで急に怒られたの?」

「呆れの果ての苛立ちですね〜」


 わけわからん。

 相変わらずだなこの二人の独特の空気感。

 ……まあいいや。


 話の流れが切れたので「注文いい?」と断ってから机の上の店員呼び出しボタンを押す。

 やって来た店員に適当な定食とドリンクバーを頼む。二人はどうやらもう食べてきたらしいのでデザートだけ頼んだ。

 ジンジャーエールをコップに入れて席へ戻り、


「話変わるけど、咲季とは最近会ってる?」


 聞く。

 すると城ヶ崎が頷いた。


「一時期何の連絡も返ってこない時……確か面会謝絶の時だったかな、それ以降だったらちょくちょく会ってるよ。昨日も遊んだし」

「そっか」


 この様子だと咲季の余命の事については心の折り合いを付けたんだろう。

 しかし外面の強気な態度とは裏腹に中が脆いのは知っているので安心はできないが。

 最初会った時からキャラが変わってるし、まだ少し心配だ。


「秋春君って、咲季の事になるとお父さんみたいだね」

「え?」


 なんだそりゃ。


「良いお父さんになりそう。ふふ、ふふふ」

「え、あ、うん。うん?」


 小さな顔を揺らして不気味に笑いだした城ヶ崎。

 横の凛を見て「なにこれ?」と視線で問うが乾いた笑いが出ただけだった。

 さっきからこの二人の会話に置いて行かれてるきがするなぁ。


 そうやって話しているうちにテーブルに俺の頼んだハンバーグ定食が届く。

 二人の頼んだデザートも来て一旦話は打ち切られた。


 しばし黙々と定食を食べる時間が続く。

 気まずい。


 ていうか一瞬で要件が済んじゃったな。

 電話で済む要件といえばそうだったんだけど、怒っていないって事を相手に証明するには実際会って話した方がいいに決まっている。

 だから俺もこうして城ヶ崎に会いに来たんだけど……接点が咲季だけしかない俺達はこの後どうすればいいのか分からない。


 少し世間話して解散するのが妥当な気もするが、俺には大したトークスキルも無いしな。互いに謝った後でなんとなく空気が変だし、間を保たせられる気がしない。

 変に気を使って話したところで微妙な空気になって後味悪くなるのは目に見えてるし、どうしたもんか。



「やーっぱり!かぁ君だ!」


「へ?」


 すぐ横からの声。左側、通路の方。

 マスコットキャラクターみたいな高くて特徴的な声。


 見るとそこには黒を基調としたひらひらした服装――いわゆるゴスロリチックなもの――をしたツーサイドアップの黒髪少女が俺を見下ろしていた。

 日常生活であまり見かけないそれは少女の小さな顔とすらりとした体型に驚くほどマッチしていて違和感が無い。

 しかしここは普通のファミレスで、いくら似合ってるとはいえ視覚的には異物だ。城ヶ崎と凛も唖然としている。

 俺も唖然としていた。ただし城ヶ崎と凛とは違う理由で。


 この少女……いや、女を俺は知っていた。

 だが少しも変わってない。


「会いたかったよぉ!」


 腕に抱き着かれる。

 人目を気にしない爆発的な感情表現も相変わらずだ。

 だけどまじで人前でやめろこいつ。


「ひ、久し振り。久し振りで会えて嬉しい。けど離れて今すぐ離れて恥ずかしいはしたない」

「えへ、ごめーん。会えて嬉しくてぇ」


 そう言って離れる地雷ファッション女。

 軽い。こいつにとって人と身体を触れ合わせるのは挨拶みたいなもの。感覚としては海外のそれに近いのだろう。


 けどここは日本で、当然奇異の視線が集まるわけで……


「あ、あき、はる君」


 戸惑いと何かが混じった震え声。

 城ヶ崎が引きつった顔で俺とそのすぐ隣の女を指して言う。


「その人、だれ?」











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