第3話 ほっぺにチューした件
「そだ、お兄ちゃんに伝えないとだった」
咲季はスマホを取り出して何やら操作を始める。
開いているのはメッセージアプリか。
「お兄ちゃん、スマホ変わったじゃん」
「あー、うん」
変えたというか変えさせられたが正しいけど。
連絡先が全部吹っ飛んだのは本当に痛手だった。おかげで過去のバイト先のメンバーと話ができないのだ。そろそろ直接会いに行かなきゃと思っている。
「だからお兄ちゃんへの用件をリンリンが私に送ってきてさ。メッセージが返って来ないからって」
リンリンとは咲季の友人の一人、
確かに連絡先は知っていたと思うが、あちらから用事があるとは思わなかった。一体なんだ。
「なんかね、マイマイがお兄ちゃんに謝りたい事があってお兄ちゃんに連絡したんだけど既読も何も付かなくて、絶対嫌われたって落ち込んでるからどういう事なんだって」
マイマイとはこれまた咲季の友人の
あの時俺の頬にキスしたみたいになった城ヶ崎。急いで謝罪のメッセージを送ったけど、何の反応も無かったから完全に避けられたと思ってた。
それなのに逆にあっちから謝りたいとは一体何だろう。
「謝りたい事って何の話だろ?」
「そんなの当然お兄ちゃんのほっぺにチューした件に決まってるでしょ」
「なんで決まってんだ」
「お兄ちゃんのほっぺにチューなんて罪だよ。重罪だよ。要は痴漢だからね」
ちげーよ。事故の原因こいつなのによく言うな。
まあ、けど、最近関わり無かったし、原因があるとすればその件が妥当な気がするな。咲季の意味不明な言い分はさておき。
「城ヶ崎と凛のメッセの連絡先共有して。直接話すわ」
「妹の友達の連絡先所望ってちょっときもいね」
「お前の感想なんぞ知らん。さっさと教えろ」
咲季の軽口を一蹴し、メッセの連絡先を送ってもらう。友達追加し、まず凛へメッセージを送った。
《咲季の兄の片桐秋春です》
《スマホ変えたときデータ飛んじゃって、返事できなくてごめん》
送ると、即座に返事。
《おー》
《王子お久しぶりです。そーだったんですね》
《それはそうと舞花どうにかしてくださいよ》
どうにかってそんな投げやりな。
相変わらずこちらが脱力しそうな空気感だ。
どう返答しようか迷ってると、
《お兄さん舞花に怒ってなんかないですよね》
いきなり真面目っぽい文章。
俺も正直に返す。
《怒ってないよ》
《じゃあ舞花と会ってくれません?》
《大丈夫だけどいつ?》
《できれば今から》
「今からか……」
いきなりの申し出に困惑。
今咲季と一緒に出かける約束をしたばかり。さすがに日にちを変えて――
「いいよ」
「うおっ」
いつの間にか咲季が俺のスマホをのぞき込んでいた。ビビって思わず肩がはねたぞ。
というか、こいつ「いいよ」って言った?
「…………」
「なにそのクラス会に呼ばれてない事を後で知ったみたいな顔」
「いや、だってお前……」
俺とのデートとなれば意地でも行こうとすると思っていたから……なんて面と向かって言えない。言ったら絶妙にキモい。
「いいのか?デート」
「うん。舞花が落ち込んでるのは嫌だもん」
迷い無い即答。
やっぱこいつ凄いわ。
「ああ見えて舞花は気にしいだからけっこー気にしてると思うんだ。「気分悪くさせたかも」とかぐるぐる考えて。だからちゃんと誤解といてあげて」
「城ヶ崎の方が被害者だと思うんだけどな」
好きでも無い奴にキスなんて、それが例え頬だけだったとしてもトラウマものじゃないだろうか。特に城ヶ崎は男性恐怖症なんだし。
「ていうか重罪とか言ってたくせに意外とあの件に責任感じてんのねお前」
「私をなんだと思ってんの」
「咲季」
「すごい、ただ名前言われただけなのに悪意を感じる」
俺の事に関するお前の壊れっぷりは嫌というほど体験済みなんでね。城ヶ崎に対して「恨めしやー!」とか言いながら追いかけまわす奇行をしても不思議じゃない。
「じゃあごめん。出かけるのはまた後でな」
「ほいほい行ってらっしゃい」
「………………………」
「え?なに?なんでフリーズしてるの?」
「いや、お前もついて来るのかと思ったから」
「行かないでしょ。友達が兄に謝ってるの見るとか気まず過ぎるよ。どんな顔してればいいの。なんでお前横いんだよってなるよ」
「咲季なのに……意外だ」
「あの、さっきから私の名前を侮辱の代名詞にしてますよねやめてくれます?」
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「見てあそこ、面白カップルいるよ〜。対面で座っといてさっきからずっとお熱いキス。こっちが熱くて溶けそうなくらいにウザいね〜。隣座れよって」
「ふーん」
「お、あっちはだいぶ異色のカップルだ〜。見てほら、男の方は見るからのオタク君。女の方はゴスチックな地雷ファッション地雷メイクの〝いかにも〟な人。しかもさっきから「にゃー」とか言ってるし。おもしろ〜」
「知らないし」
「なんだよ〜、カップル興味あるだろ〜羨ましいだろ〜?」
友人のにべにもない態度に少女、
「別に……」
対する
不満げにジュースに口をつけていた。
「ほ〜、片桐王子とあんな風になりたいとはもう思わないと。もう冷めたと。そういうわけなんだ〜?」
「なんでそーゆー話になんだよ。うざ」
「う〜わ怖。まだ怒ってんの?」
舞花にきつく睨まれても全く動じず、むしろヘラヘラとした様子なのは二人の信頼あってこそだろう。
「いきなり秋春君と会うとか聞いてないっつーの!心の準備が出来てないから!」
「舞花がいつまでもうじうじしてて鬱陶しいから手っ取り早くしてあげたんじゃん」
「余計なお世話だっ!」
「顔合わせると二言目には「秋春君から返事無いよぅ、絶対嫌われちゃったよぅ」とか辛気臭い顔されるこっちの身にもなれ〜」
「そんなキモい声出してないし!」
ばん!
と思いのほか机を大きく叩いてしまい、視線が周囲の客から集まった。
舞花は小さくなってますます俯く。
「自分が最初に電話もメッセも無視したくせに〜」
「だ、だから、それは……」
「気が動転してて最初の電話とメッセに出れなくて?その後のメッセも無視しちゃった手前どう返していいか分からなくなって返せなくて?やっと勇気を振り絞って謝罪のメッセ送ったら逆に無視されてヘラって?うじうじうじうじうじ虫になりましたと」
「う、うぅ」
凛の煽りに近い言葉はしかし、事実であるから何も言えない舞花であった。
「バ〜カ」
「うっさい!」
「そんなおバカさんにチャンスを与えてあげたウチに感謝するどころか態度が塩なのはどうかと思うな〜」
「凛はこの状況を楽しんでるだけでしょ」
「八割くらい」
「うざ、死ね」
「こっわ〜。お兄さんに見せんなよその顔。ほら、もうすぐ着くって」
「え、もう?」
凛のスマートフォンの画面をみせられた舞花は秋春の、
〈もうすぐつくよ〉
というメッセージを見てあたふた。
「ど、ど、どうしよ、どうしよ!」
緊張でどうにかなりそうだった。
誰かに助けを求めようにも傍にいるのは「落ち着け」とのんきにジュースを啜る意地の悪い少女のみ。
せめて咲季がいればと思うが、退院して自由に動けるとはいえ――咲季の退院については当日に本人から連絡が来た――秋春との関係について相談するというのは、先日行った退院パーティの際の反応を見るに地雷な気がしたので今は論外だ。
これは一人で乗り越えなければいけない問題なんだと無理矢理自分を奮い立たせていると、隣から急に神妙な声。
「ね」
「な、なにっ!」
「あの姉妹から今は何か言われてないの?」
姉妹。
普通それだけではすぐに誰を指しているのか分からない。
しかしそれが定期的に聞かれる話題だったため、誰の事を言っているのかは舞花にとっては明快だった。
「…………
「そ。このあいだウチがお兄さんと一緒に家に凸った事とか、まだ何も言われてない?」
「前も言ったけど今の所は特に何も無いから」
「ふ〜ん、じゃあ
どくりと舞花の心臓が跳ねた。
定期的に聞かれる話題だと言っても、この名前だけはいつ聞いたって心がざわついてしまう。
「コー君も、何も言ってこないよ……」
本当に何も無いのだが、嘘をついていると疑われても仕方が無いくらい目を泳がせ、挙動不審になる。
できるだけ名前を出して欲しく無い。
しかし凛が舞花を心配して聞いてくれているのは分かっていたので何も言えなかった。
「ならいいけど、何かあったらすぐ言えよ〜」
「……うん」
「あ、お兄さんこっち〜」
と、舞花が憂鬱な気持ちになった瞬間、凛の間延びしたのんきな声が前方へ向けられた。
劇的な切り替えの速さである。
「えっ!」
舞花はついていけず、俯いていた顔をあげて固まるしかなかった。
「えっと、久しぶり」
そこにいたのは舞花の想い人。
少々気まずそうに控えめな笑みを浮かべて挨拶する
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