fragment 4 秋春の章(三)


 # #



「結局暴力振るってましたよね」

「物蹴飛ばしただけじゃん」

「それも暴力の内です!なんでそんな野蛮な事ばっかりするんですか!」

「そうしないと騒ぎが大きくならなかったし、証言も取れなかった」


 辺りがすっかり暗くなり、運動部くらいしか残っていない校舎を出て、正門。

 そこを通り過ぎながら俺と菊池はもう何度目か分からない言い合いをしていた。


「暴力は振るわれた人も振るった人も傷つけるんです!やっちゃいけない事なんです!」

「だから、人にやってないだろーが。俺が蹴ったのは机な」

「机だろうが何だろうが攻撃したら悲しいです!机だって悲しんでます!」

「机が悲しんでるってなんだよ……」


 菊池独自の理論に辟易しながらも、逃げずにこうして付き合ってやってる俺は偉いと思う。

 この無意味な言い合いをしている内に家に帰ってからまた学校へ戻ってくるまで出来たんじゃなかろうか。そう考えると余計無駄な時間に思えてきた。

 唯一の小さな収穫は、こいつが〝何かを傷つける事〟に対して異常なほどに拒否感を抱いているという事を知れたってくらいだ。


「ほら、あれだ。人は傷つけ合いながら生きてるんだよ。うん」

「それとなくいい感じの事言っても誤魔化されません」

「じゃあ、金。金やるから許してくれ」


 俺はおもむろに銀色のそれを取り出して菊池に渡した。


「えっ、うそ……、ってこれゲームセンターのコインじゃないですか!」

「一瞬揺らいでたな」

「ひゃ、百円玉だと思ったんですっ!」


 百円で揺らぐ女は俺のジョークが気に触ったのか、更にヒートアップして声を荒げていった。


 何故、こいつがここまで怒っているのか。

 それは今日俺が行った力技のせいだ。


 菊池の教科書がトイレに捨てられているのを発見した後、俺はすぐに菊池のクラスへ向かい、まだ残っている生徒――菊池を虐めている奴らもいた――から男子を数人捕まえた。

 そしてそいつらにあの女共が菊池を虐めていたのかをその場で訊いた。

 最初は女共が居たからか「知らない」だの「見たことない」だのとしらを切っていたが、目の前で机を蹴り上げて威嚇してやると態度を一変。渋々ながらも菊池への虐めがあった事を認めた。

 その後はその男子達と女共を職員室までひきずっていき、教頭の前で男子達に再び証言させ、事態を大事おおごとに。

 菊池へも事実確認が行われ、今度は他人を巻き込んだのが効いたのか、素直に虐めに遭っている事を認めた。

 女共は「やってない」「デタラメ言ってんじゃねぇ」と騒いでいたが、複数人の証言があるためか教師も簡単には折れず、そのまま生徒指導室へ移動し、事情聴取を開始。最初は不貞腐れた態度でふんぞり返っていた女共だったが、俺が汚水塗れになった教科書を突きつけて教師がそれを追求すると、急に二人とも号泣。虐めをやんわりと認めて「もうしません」と謝った。

 正直それで反省しているとは全く思えなかったし、舐めてると感じたが、明日親を呼んで話し合う事になったのでまあ良しとした。

 大抵こういうクソ野郎共は大事になればしばらくは大人しくなる。菊池への嫌がらせは無くなりはしないだろうが、最小に抑えられるだろうと踏んだ。


 俺はそれで一件落着した……と思ったのだが、生徒指導室から出て帰ろうと下駄箱に来たあたりで菊池に呼び止められ、急にキレられたのだ。


 どうやら机を蹴って恫喝したのが気に食わなかったらしい。あと他人を巻き込んだのもアウトだったっぽくて、それについての文句を現在に至るまで俺にぶつけているわけだった。

 いや、虐めを止めてやったのに俺にキレるのかよと言いたいところだが菊池は他人のために生きると豪語したオカシイ奴だ。言い返したところで超理論で返されるだけだろう。


 というわけで適当に話を流していると、菊池は一通り文句を言って満足したのか、段々静かになり、


「なんだかもう、衝撃ですよ。色々と」


 俯き気味に呟いた。


「……私、助けて欲しいとか頼んでないです」

「知るか」


 そんな事は承知の上での行動だ。うざい屑を懲らしめたくてやった。菊池の事情など知ったことじゃない。


「なんでこんな事するんですか」

「あ?」

「私なんてどうでもいいじゃないですか」


 もう怒ってこないあたり、疲れたのか、

 もしくは虐めが収まりつつあるという嬉しさが内心あるのかも知れない。


「むしゃくしゃしていた。なんでもいいから当たりたかった」

「ワイドショーの通り魔の供述ですか?」

「うっせ」


 軽口を言い合いつつ、街灯だけが頼りの暗い歩道を歩く。すぐ隣の、大きな公園に生える木々も光を遮るように枝が伸びているから、なお暗い。

 お互い一緒に帰るなんて約束はしてなかったが、菊池も俺の帰路と同じ道を通るらしく、並んで付いてきた。


「これで終わるかな……」


 ふと、弱々しい呟き。

 虐めの件なのはすぐに察しがついた。


「ま、教師が目を光らせてる間だけだろうな。女子の方が陰湿な分、そう簡単には終わらないだろうし、あんたが心配してる他の奴への虐めのシフトも起こる可能性は大いにある」


 言われるまでもなく分かっていたのだろう。菊池は悲痛そうな表情で押し黙ってしまう。

 それは多分、自分のせいで誰かに不幸が降りかかるかも知れないという点に対するものなのだろう。こいつの発言の傾向からそれくらいは予想できた。

 ……ああ、ホント、一々腹が立つ。そんな事で一々悩んでたらきりが無いだろうが。


「あ〜〜!」


 思わず声を荒げて頭を思い切り掻いた。それで苛ついた頭を落ち着かせる。

 息を深く吐いた。


「……だから、またあんたか、そのクラスメイトだか友達だかが何かされそうになったら、俺に言え」

「え?」

「なんとかする。だったら文句無いだろ」


 言い終えると、菊池はポカンとしていたが、やがて少しだけ表情を明るくした。

 ……なんで俺はこいつのご機嫌取りをしているんだろう。


「あんたはさ、もう少し自分勝手に生きた方が良い。誰かを傷つけるとか、傷つけないとか、考えたところで意味ねぇから。降りかかる火の粉はなりふり構わずぶっ飛ばせばいいんだよ」

「片桐さんみたいにですか」

「一言余計だよなあんた」


 こいつ色々気にする割には口悪い。


 その後、しばらく無言で歩き、やがて大きな交差点に行き着いた所で菊池が立ち止まった。どうやら向こう側へ渡るらしい。しかし、俺はこのままスルーして交差点の歩道を右に曲がる道が帰路である。

 その事を伝えると、菊池はこちらに向き直って、


「あれだけ言っておいてなんですけど、私のために色々とありがとうございました。少しスッキリしたかもです」

「感謝してるんだったらキレんな」

「それとこれとは話が別です」


 菊池はジト目で俺を見たあと、穏やかにはにかんだ。


「……なんだか勇気を貰えた気がします」

「なんの勇気だよ」

「断ち切る勇気です」

「はぁ?」


 俺は目をすがめるが、菊池は信号が青に変わったのを見て「じゃあ」と小さく手を振って、そのまま向こうへ駆けて行ってしまった。


「なんだあいつ」


 全く、またわけの分からない事を言いやがる。

 まあ、元々わけ分からんやつだし、今更気にしないが。


「さっさと風呂入って寝よう……」


 だから俺は特に気にも留めず、帰路へとついたのだった。



 # #


 俺が数日前に起こった一連の出来事を思い返し終え、それから意識を戻すと、まだ辻堂から羽柴へのだる絡みが続いていた。


「なあ頼むって!お前連れてくるって言っちまったんだよぉー!」

「知らないよそんなの。辻堂が勝手に約束したんでしょ。ホント後先考えないよね」


 全く話を聞いてなかったので会話の内容が飛んでいた。分かるのは辻堂が気色悪く羽柴へ背後から抱きついているという事だけ。


「なァ、片桐からもなんか言ってやれよ〜」


 気持ち悪い辻堂に話しかけられた。

 が、正直なんの事かさっぱりである。


「悪い。話全く聞いてなかった」

「あァ!?聞いとけボケが!」

「叫ぶなようるせえな……」


 舌打ちして、投げつけてきた煙草を軽く避ける。ゴリラかこいつは。

 ウザくなったので離れようとするが、学ランの襟を掴まれて引き戻され、無理矢理話の流れを聞かされた。


 その話を要約すると、


 ・辻堂が狙っている女子がいる。

 ・そいつをオトすために合コンのセッティングを同じクラスの女子に頼んだ。

 ・交換条件として羽柴の参加を求められた。

 ・羽柴に一瞬で断られた。


 という事らしい。


「鈴木のやつ羽柴の事狙ってんだぜ?オイシイ話じゃねぇの!あいつ顔はまあまあじゃん?」

「あー……うん。そうだなー」


 鈴木とは交換条件を出してきたらしい同じクラスの女子だ。

 関わりが無いので中身はよく知らないが、確かに顔は良い。女子のグループでも最上位グループに属しているし、華々しい学校生活を送りたいならとりあえず付き合っても良いんじゃないだろうか。

 絶対羽柴は興味無いだろうけど。


「な、片桐もこう言ってんだろ!」

「イヤ。面倒。時間の無駄。積んでるゲーム消化してかなきゃいけないんだから」


 ほらな。


「はァ?ふざけんなゲーム狂いが!それでいいのかお前の青春!彼女作って色々ヤって〝男〟になってくんだろうが!ちゃんとチンコ付いてんのかあァ!?」

「必死だなぁ……」


 羽柴は顔を若干引き攣らせてドン引きしていた。俺も同じ気持ちだ。どんだけその女と付き合いたいんだこいつ。


「あ、じゃあ俺んとこで紹介してる女一人ヤっても良いからよ!一万でどうよ!」

「……うん?」

「は?」


 呆れていた俺と羽柴は、辻堂が放った言葉に固まった。言葉の意味が一瞬理解出来なかったから。

 だけど、段々と何を抜かしていやがるのか輪郭がはっきりとしてきて、


「お前、そんなもんにも手出してんのか」


 俺は軽蔑の念を込めて辻堂を睨みつけた。

 羽柴は呆れたように肩をすくめている。

 それぞれの反応に屑は悪びれもせず軽く笑って、


「ハッ。まあ人材斡旋ってやつ?飢えた紳士諸君に女紹介するだけで小遣いが入ってくる楽ーな仕事だよ。お前にも女紹介してやろうか?金安くしとくぜ?」


 肩に肘を乗せてくる辻堂。

 こいつが何を言っているのか。

 端的にいうなら「援助交際の人材斡旋をしている」と言っているのである。変態オヤジ共に女を紹介しているという事だ。察するに、この中学校の女子の誰かを紹介しているだろう。

 ……反吐が出るな。


「誰がやるか。死ね」


 思い切り蹴ってやろうと脚を上げる。

 が、察知されてバックステップで逃げられた。


「……意外だわ。お前もっとキレると思ってた」

「辻堂もそいつらも好きでやってんだろ。ならどうでもいい」


 そういうのはどちらにも利があるから成り立つものだろう。

 嫌がってるやつを強引に……という話ならぶっ飛ばすが。


「は。そうかよ」

「ただ、気分が良くなる話じゃねーから俺がいない所で話せ」

「あーわーったわーった。で、どうすんだ羽柴!一万!」


 話聞いてねえだろこの屑。


 仕方なく、気分が悪くなる前に自ら立ち去る事にした。


 掃除でもするか。

 教師から課せられた昼休みの掃除はサボろうと思っていたが、この胸糞悪さを紛らわすためには丁度いいかも知れない。

 俺は助けを求めるような目で見てくる羽柴を置いてその場を後にした。


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