第十七話 夢も希望もない小6
自分の作ったもので遊んでもらえる。楽しんでもらえる。
それはこういうゲームを作る人にとっては一番嬉しい事なのだろう。
彼女はきっとこうやって興味を持ってくれた事、それ自体が嬉しくて、だからこんなにも生き生きと、楽しそうなのだ。
咲季も自分の作ったゲームの話の時は凄く嬉しそうだった。
…まあ、それはいい。
それ自体はとてもいい事で、こっちとしても釣られて嬉しくなるのだけど…。
「『聞きたくもないじょうしの仕事のてつ学を聞かされる。一回休み』」
「『職場の人間関係になじめず、い動する。きゅう料げん少』」
「『セクハラじょうしとのさいばん!女性のプレイヤーならいしゃ料チャンスにちょうせんできる』…」
「………………」
この人生ゲーム、内容のクセが強すぎる。
机に広げられたそれを見て、思う。
最初はかなりお金を持っていて、色々と順風満帆なスタートだったから、結構温いゲーム内容なのかなと思ったのも束の間。中盤からはマイナスなイベントしかなかった。
ブラック企業に入ったり親が離婚したり財産争いに巻き込まれたり、とにかく気分が下がるイベント満載だった。
つい、この子の将来を心配してしまう。
あと櫻井さんの教育も。
まじでどう育ててんのあの人。
「あの、莉央ちゃん」
「はい?」
「なんでやたらと暗いのこの人生ゲーム」
「社会ってこういうものですよね?」
夢も希望もない小6。
「お母さんから聞いたの?」
「それと昼ドラ」
セクハラ上司から奪い取った慰謝料である札束(莉央ちゃん作)を手元に引き寄せながら事もなげに言う。
せめて月9とか見て胸キュンしてて欲しかった。
「周りでこういうの流行ってたり?」
「こういうのって?」
「昼ドラ的な」
「さあ、どうなんでしょう」
煮え切らない返事で首を傾げる莉央ちゃん。
「次、お兄さんの番です」
「…ああ、うん」
なんとも言えない気持ちになりながら、10までの数字が書かれた紙粘土製のサイコロ(莉央ちゃん作)を振る。
6が出たので6マス進んだ。
「えー、なになに?『相手先からリテイクの嵐。じょうしから仕事も押し付けられ、仕方なく会社へとまる。うつポイント+3』……って何これ」
初めて出てきた〝うつポイント〟とか言う不穏なワードにツッコむ。
「うつポイントです」
「なんだそれ。ポイントたまると何かあるの?」
「うつポイントが10たまるとうつ病になって、2ターン以内にゴール、またはかいしょうイベントに当たらないとゲームオーバーです」
「え、うそ、なんで!?」
「自ら命をたつからです」
なんてむごたらしいゲームを作るんだこの女児。
人生ゲームでゲームオーバーなんて聞いた事ないぞ。
「人生っておそろしいなって、最近思います」
「俺はキミが恐ろしいよ」
これがさとり世代というやつだろうか。
莉央ちゃんは「はあ」と気のない返事をしながら『うつ』と書かれた小銭に似た大きさのコイン状のそれを俺に差し出した。
どんな気持ちで作ったんだこれ…。
「じゃあわたしの番です」
えい。と可愛らしい掛け声と共に振られるサイコロ。出た目は4。
「『どうきとの飲み会。うつポイント+1』」
「いやなんでだよ!同期と飲むのそんな苦痛なのか!?」
「どうきがどんどん出世しているのを見るとみじめに思えてくるってお母さん言ってました」
「櫻井さん…」
なんかあの人の知ってはいけない部分を覗いてしまっている気がする。
思いながらサイコロを振った。
「『仕事でささいなミスをくりかえし、おつぼねに「年?w」と言われる。うつポイント+2』」
櫻井さん…!
うつポイントを渡される。
莉央ちゃんがサイコロを振った。
「『おつぼねの悪口を言っていたところでおつぼねとはちあわせる。おつぼねグループからいんしつな嫌がらせ。鬱ポイント+3』」
「櫻井さーーん!?」
あの人もっと労ろう。
#
結局莉央ちゃんが勝って俺が負けた。
俺は割と波風立たない人生で終わったが、莉央ちゃんは裁判や嫌がらせで鬱病を発症。しかしサイコロの目が2ターン連続10というミラクルを引き起こし、ギリギリゴールして生き残った。
よって最後は所持金勝負となり、負けた。給料高い仕事に就いていた上に鬱病引き起こすくらい仕事してたからお金の勝負じゃ勝てなかった。
「すごいゲームだったな…」
「これは社会人編。学生編もある」
キラキラした顔で別シリーズを推される。
「へぇ、どんなの?」
そんな様子が微笑ましくて訊くと、またリビングから部屋へと小走りに向かい、すぐに戻ってくる。
「これっ」
「ほうほう」
これまた木の板でできたボードの上に学校を模した紙粘土製のオブジェが所々にあり、今のと負けず劣らずの力作だった。
「これは社会人編とは違って、お金じゃなくてクラス内カーストのランクを競うゲームなんです」
「嫌なゲームだな」
学生同士でやったら絶対険悪な空気になる。
「やりますか?」
「次来たときにするよ。もう遅いし」
天井近くに掛けてある時計に目を向ける。
もう19時を過ぎようとしていた。
「…もうこんな時間」
「そういうこと。お母さんももうすぐだと思うし、じゃあ、またね」
いつまでもここに入り浸っているわけにもいかないと席を立とうとすると、
「あ…」
ぎゅ、と、
椅子から降りて俺の隣まで来た莉央ちゃんにTシャツの袖をつままれる。
椅子から立ち上がろうとした姿勢で固まった。
「え?」
びっくりして莉央ちゃんを見つめてしまう。
寂しさ。
その乏しい表情からは、僅かだがそんな気持ちが覗いている気がした。
「……ごめんなさい」
自分のしたことに恥ずかしさを覚えたのか、すぐに手を離し、白い頬を仄かに赤らめさせて謝った。
俺は少し悩んだ末、
「やっぱり、お母さんが来るまで何かで遊ぼうか?」
言った。
どうせ俺が何時に家に帰ろうが母さんの機嫌が悪くなるのは変わらない。莉央ちゃんがいいのなら、櫻井さんが帰ってくるまではここにいようと思った。
「じゃあ学生編を…」
「今日はそれをやる体力は無い」
それは断固拒否した。
学生編とか、俺の心に刺さりそうな内容ありそうだし。暴力事件のイベントとか普通に入ってそう。
「じゃあクララヴァ」
小走りにテレビの前に行き、しゃがんで『大蛮行クラッシュラヴァーズ』のパッケージを掲げる莉央ちゃん。
ちょっと興奮気味でかわいい。
最近の小学生は大人びてると言うし、実際この子も妙な部分で大人びた考えを持っているが、やはり一人の子供。家で一人だけは寂しいのだろう。
俺も小学生の時、母さんのあの言葉を偶然聞いてしまってからは、家で家族がいても一人ぼっちな気がして、寂しくて泣いていた。
だから、種類は違うけど、こういう寂しさには親近感がある。
そのまま放って帰るのは心苦しかった。
「俺クララヴァ弱いけど、いい?」
「わたしもあんまりだから手加減してください」
そんな言葉は信用に値しない。俺は知っている。そんな強くないと言ってくるやつは大体俺より強い。
「いや多分手加減したら負ける。俺格ゲーほんと雑魚だから」
「わたしSっ気ヨシコ使うからお兄さんは格闘家タケシで」
「ちょっと?話聞いてた?タケシ最弱で有名なキャラだよね。無理負ける」
「相手は小学生ですよ?」
自分で言うな。
結局頼み倒して同じくらいの強さのキャラにしてもらった。
話がまとまると莉央ちゃんは慣れた手つきでテレビをつけ、床に女の子座りになってゲーム機を操作する。
しかし、こんな年上の男と遊んで楽しいのかね。つくづく変な子だ。
思いながらなんとなしについたテレビを見る。ちょうど音楽番組の途中で今旬の男性アイドルグループがダンスしながら歌っているところだった。
普通の女子だったらこう言うのに夢中になるもんなんだけどなと莉央ちゃんの隣へ座ると、意外にもその目がテレビに向いていた。
「……このグループ好きなの?」
「ううん。別に」
「けどめっちゃ見てるよね」
「従兄弟が一人、メンバーでいるので」
「ふーん……って、え!?マジ?」
思わず俺も凝視。
野次馬根性というか、ミーハー根性というか。芸能人が親族にいるなんてシュチュエーションにあった事がほぼないからちょっと興奮してしまった。
「どの人?」
「今画面にバンって出てウインクしてた人」
「うわ、すご」
センターではなさそうだが、結構整った容姿だった。髪をマッシュヘアーにして、多分かっこいいよりも可愛いを売りにしているような雰囲気だ。
身長は他のメンバーと比べると高くないが、そこら辺に居たら存在感が半端じゃなさそうである。
「今も会ったりするの?」
「ときどき、今日みたいな日に鍵届けてくれたり、様子を見にきてくれたりはします」
そう言う莉央ちゃんの声色には、感謝の気持ちよりも負の気持ちが強いような気がした。
「もしかしてそんなに好きじゃない?」
「仕事のストレスをゲームでぶつけてくるからきらい。モンコレのモンスター勝手に交換するし、クララヴァでハメ技使ってきて、勝った後にはなで笑うし」
何か確執でもあるのかと身構えたが、微笑ましい確執だった。
分かる分かる。俺も咲季に対戦ゲームで同じようなことされた。
「……まあ、俺はクララヴァのハメ技とか知らないし、気楽にやろう」
莉央ちゃんはテレビ画面に映る従兄弟の歌を聴き終えてから、テレビの入力を切り替えた。
…とりあえず雑魚すぎて失望させないように頑張ろうかな。
久しぶりのコントローラーの感触を手に馴染ませ、思った。
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