第十六話 変な子だな…
「来週かぁ」
秋春にデートの日にちを告られた後、一人になった室内で咲季は頬を緩めていた。
病室に飾ってあるカレンダーの、木曜日の部分に花丸印をつけて、含み笑う。
「来週。えへへ」
愛おしげに、その印に触れた。
きっと素敵な一日になる。
思い描いて、幸せに浸った。
こんなにも自分に良くしてくれる兄。恨まれても仕方がないと思っていたのに、彼はいつも優しくて。そばにいてくれて、支えてくれて。想ってくれて。
涙が出そうなくらい、嬉しい。
だから兄は、幸せにならなければならない。
自分が消えた後も、自分だけが受けてしまっていた愛情を、幸せを、取り戻して欲しい。
だから――
病室をこっそりと出て、階段を上り、事前に調べておいた部屋の前へ。
だから、知らなければならない。兄の幸せが崩れたあの日の事を。絶対に事情があるのだから。
知って、両親に伝えるのだ。
壊れてしまった関係を修復する。
それが死ぬまでに自分がすべき事なのだと、使命感を胸にして。
意を決して戸を叩いた。
# #
リビングに通され、キッチンの側にあるテーブルに座る。
莉央ちゃんは迷い無くキッチンに入っていき、冷蔵庫から紙パックを取り出してコップに注いだ。
コップを持ってテーブルにやってきて、
「そ茶ですが」
目の前に出したのはアップルティーだった。
「………………」
そのまま俺の前の席に座る莉央ちゃん。
コップを前に固まる俺に怪訝そうに首を傾げる。
「アップルティー、嫌いですか?」
「…いや、好き。いただきます」
これを茶と呼んでいいかは微妙な線だが、ありがたく頂く。
うん、まあ、ティーって付いてるし、広義的に言ったらお茶なのかも知れないけどね。
「………………」
一口飲んで、コップを置いて、さっそく手持ち無沙汰になった。
今まで「せっかくだし家でお茶でもいかが?」みたいな場面に出会ったことが無いため、これからどうすればいいのかが全く分からない。莉央ちゃんも全く喋らないし。
何?ウィットに富んだジョークで場を温めたりするの?それとも家の内装でも褒めときゃいいの?
「……」
分からん。
とりあえず沈黙から逃げるように部屋を見渡す。
見る限りは1LDK。
今居るのはリビング。大人が三人くらい寝れるくらいの広さの縦長な部屋。キッチンの反対側に窓。その近くの壁にドア。ドアから少し離れた所に玄関へと続く廊下が繋がっている。
観葉植物や洒落たインテリアが置いてあり、掃除も行き届いてるようだった。今の
「何か面白いものありましたか?」
俺が薄く笑んだのに目敏く気づいて、首を傾げた。
「え……えっと」
不躾に部屋を眺め過ぎたな。
少し気まずくなって、何か適当な話題になるものを目の端で探し、
「それ、『大蛮行クラッシュラヴァーズ』、昔やったなぁって」
「ふぅん」
テレビが置かれた棚の下に置いてある据え置き型と携帯型を融合したゲーム機と、そのソフトのパッケージを指差す。
莉央ちゃんは眉一つ動かさず、自分の分のアップルティーをちびちびと飲んだ。
「やりますか?」
「いや別にやりたいってわけじゃないけど」
「そうですか…」
そんなにクララヴァ上手くないから、やり込んでそうなこの子(偏見)に一瞬で負ける自信があった。
「……………」
そして、気まずい沈黙。
とりあえず残りのアップルティーをあおる。
このまますぐ帰るのも、なんかこの家に一秒も居たくないみたいで嫌だし、少しくらい居座った方がいい気がする。
なので、また変態ロリペド野郎とか言われるの覚悟で莉央ちゃんの事を聞く事にした。
「クラブ活動って何やってるの?」
「え?」
「さく…、お母さんに聞いてさ、今日は莉央ちゃんはクラブ活動してるって」
まず相手を知らなければ会話は広がっていかない。
苦手な分野だが今は出来るだけ積極的に話していくしかないだろう。
「図工クラブ」
「図工…」
なんか意外だ。
こんだけ見た目が良ければ華やかなグループが集まるスポーツ系のクラブに所属しているだろうと思っていた。残念ながら世の中見た目による所属への効果って強いし。
というか図工という言葉が懐かしい。
あったな図工の授業。粘土とか絵が下手だったから図工の前はいつも憂鬱だったっけ。
クラブに入るくらいだから、そういうのが好きなのかな。
「とは名ばかりのお遊びクラブにしたいと思ってます」
「なんだそれ」
真顔である。
変な子だな……。
「隠れてスマホゲームでもやってんの?」
「ううん。じさくの人生ゲームをたしなんでます」
「割と許されそうな範囲のお遊びだった」
小学校は自作の遊び道具だったら許される傾向にある気がする。
思えば小学校って娯楽が制限されてて軍隊みたいだよな。
個より全を優先するから、統率は取りやすいけど、その分個性が育ちにくい。
手がかからない奴ほど後々苦労している…と思うのは俺の見方が穿っているからなのだろうか。
「図工クラブで作ったんだ?」
「うん」
なんかそわそわしてる。
もしかしてと思い、
「それ、今ここにある?」
「うん」
心なしか浮足立った足取りでドア(自室だろう)を開けて中に入り、数秒で戻ってきた。
「これ」
持ってきて欲しいとも言ってないのに、と思うのは野暮なんだろう。
テーブルに置かれたそれを俺は身を乗り出して見る。
少々拙い部分はあるが、それは確かに、一目見ればスゴロクと分かるものだった。
木の板をベースに、止まるマスには画用紙を使っている。所々に紙粘土で作ったと思われる家や橋などのオブジェが所々に配置されていて、力作感がかなり伝わってきた。
「へぇ、凄いな。自分一人で作ったの?」
「うん」
「クオリティー高いな…」
熱量が伝わってくる。
なるほど、ちょっと冷めてるような印象があるけど、こういうモノづくりに熱が入るタイプなわけか。
女子だと珍しいと感じるのは俺だけ?
ふと莉央ちゃんを見ると、
「…………………………………」
めっちゃニヤけてた。
多少堪えてる感はあるけど隠しきれてなかった。堪えてるせいで口が歪んでむしろ邪悪な笑みに見える。
分かりやすいなー。
「………やりますか?」
期待に満ちた眼差し。
そんなふうに見られたら断れるはずもない。
「うん、やってみようかな」
笑んで、答える。
莉央ちゃんの頬に少し赤みが射したような気がした。
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