第十四話 現役JKコスプレダブルマッサージ


 そして魔法少女姿の城ヶ崎と病院着姿の咲季が両脇に座った。

 なんか変な店にでも入ってしまったようなシュチュエーションに、少し恥ずかしくなる。


「そういえば、咲季はなんかのコスプレしないの?」


 気分を紛らわすように質問。


「おや、なんだね見たいのかねむっつりエロ魔人っ」


 嬉しそうに肩をつついてくる咲季の指を掴んで圧力を加えた。「いででで」とすぐに手を引っ込める。


「ちげーよ。こういうのお前好きそうじゃん」


 面白そうとか言って率先して着そうな気がするんだけど。

 それに、城ヶ崎だけに恥をかかせるような真似はしないんじゃないだろうか。


「まー、事情がねー」

「事情?」


 なんだか少し気まずそうに口ごもる咲季。

 代わりに城ヶ崎が口を開いた。


「咲季のサイズに合うのが、ここら辺じゃ売ってなかったみたい」

「ん?」


 サイズが合わない?

 咲季は痩せてると思うんだけど。

 兄の俺が言うのもなんだが、こいつはモデル体型と言っても過言じゃない。この前とち狂って下着姿になった時に見えたが、細かったように感じたし。


「もしかしてこの短期間で太った?」

「ち、違うわっ!」


 赤くなって怒っていた。


「じゃなくて、リンリンが買ってきたのが、その、胸周りキツくて無理だったの」


 ……………………。


「お、おぅ、なるほどな…」


 そういう事か。なんか気まずい。

 珍しくこういう話題で恥ずかしがっているな。

 ていうかわざわざこのために衣装買いに行ったのな凛。


「……あ、けど逆にその方がエロいな!?ボタン外して着てのブラチラ最高じゃんしまった盲点だ!!」

「そうだなー」


 アホに適当な相槌を打つ。こいつは恥ずかしがる部分が絶対他とズレてる。


「今から着るね!」

「衣装あんのかよ。いや着なくていいから。てか着るな」

「強がんなよ。生着替えだぞ?グリーンビッチの衣装だぞ?、ぃっだ!」


 デコピンしてやった。


「目の前に城ヶ崎がいることを忘れるな。はしたない」

「ふん、私はもうあの時痴態を見られてしまったので開き直ってるのです。ね、マイマイ」


 あの時というのは城ヶ崎が俺と一緒に初めて咲季のお見舞いに来た時の事だろう。

 確かに痴態晒してたわ。


「開き直ってもいいけど、いくら兄妹だからって咲季の肌は安売りしちゃだめ。アタシだけにしか見せちゃだめ」


 城ヶ崎の口から冷静に狂った台詞が飛び出した。

 え、何?君らそういう関係なの?と思ったが、そういえば元々「アタシの咲季を馬鹿にするな」とか言ってるやつだった。

 さらに言えば、咲季の事で病的に反応してしまったからこそあの事件が起きたのだった。

 ……二人の関係がどうなっているのか、事件後も含めて後で咲季にそれとなく聞いてみよ。


「えー、別に見られても平気だけど」

「だめでしょ普通に!」

「ほんとだよ。恥じらいを持て恥じらいを。痴女か」

「いいえ、痴女ではありません。今日の私は妹マッサージ師です」

「は?…っでぇ!」


 急に腕を人差し指で思い切り突かれた。


「何すんだよ…」

「まあまあ」


 咲季は言いつつ、俺の肩を乱雑に突き飛ばした。仰向けの状態でベッドに転がる。

 急にやられて軽く混乱。


「さあ、始めましょう舞花さん」

「え、あ、今から?……うん、頑張る」

「まずは私がお手本をお見せします」

「え、う、うん」

「とりゃ」

「いだっ!」


 肩を人差し指で割と強めに突かれた。


「こちらのお客様はこうして女性から乱暴に扱われると非常に喜びます」

「そうなんだ…」


 感心したように頷く城ヶ崎。

 いや、事実無根なので本気にしないで欲しい。

 ていうかまじで咲季こいつ何なの?


「あだ、だだだ!」


 続けて左肩を親指で強く圧迫される。

 我慢できず振り払って起き上がった。


「痛てぇな!」

「あらお兄さんこういうお店初めて?」

「うるせぇよ何なんだまじで!」

「見ればわかるでしょ。マッサージです」

「は?マッサージ?」

「現役JKコスプレダブルマッサージです」


 その言い方だと無駄にいやらしく聞こえる。


「何故マッサージ?」

「お兄ちゃんの日々の疲れを癒やすため」

「…あっそう」


 本気で言ってるのか適当言ってるのか分からないが、少なくとも表面上は癒やしを提供するのが目的らしい。


 …………もしかして、辻堂の件等で俺の気分が沈んでると思って気を遣ってるんだろうか。

 ありえそうだなと思う。そして、それが本当ならその気持ちには感謝したい。


「嬉しい?嬉しい?」


 キラキラした顔を寄せて訊いてくる咲季。

 だけど正直こいつのマッサージはありがた迷惑でしかない。ていうかあれはマッサージじゃない。


「いや、顔見て分かりません?今俺、逆に疲れてるんだけど」

「ふふふ」


 俺の本音に咲季は一人ニマニマと口角を吊り上げる。

 人差し指を気取った風に振り、


「ハイハイ。ツ・ン・デ・レさん☆」


 ウインク。


 ……どうしよう、頭かち割りたい。


「マイマイ大丈夫!こんな無の表情してるけど、このツンデレは嬉しすぎてバイブスブチ上げてるから!今ならいけるぜ!」


 俺達のやり取りを黙って聞いていた城ヶ崎の両肩に手を乗せて気色悪く指をうねらせる。

 城ヶ崎はそれに動揺。仕方がない。今の城ヶ崎には男へマッサージするなんてマネは厳しい。

 事情を知っていれば咲季も気を遣って城ヶ崎にこんな事をノリでさせようとはしないだろうが、しかし事情を話すのは憚れる以上、俺か城ヶ崎が断らなければ……


「じゃあ、マッサージ、する」

「えっ?」

「え?」


 思わず驚きの声が口をついて出た。

 それに対して城ヶ崎も固まる。次いで、段々と申し訳無さそうな表情へ。


「あ……嫌…だった?」


 俯く。

 咲季が俺を非難するような目を向けていた。さっきまでアホ面してたやつにやられるとなんか癪だ。


「そう、だよね、うん…あれだけ迷惑かけたもん…」

「いやいや違う。単に俺に触れても平気なのかって言う話で…」


 フォローしないとどこまでも落ち込んでいきそうな雰囲気があったので、必死に弁明。

 すると城ヶ崎は目を丸くする。


「え?」

「え?」


 ん?なんだこの空気。

 見当外れな事言った?


「や、平気……じゃ、ないよ。ど、ドキドキっ、するし」


 だよな。やっぱり多少の抵抗があるんだ。

 極度の緊張か、嫌悪感か。どちらなのかは判別出来ないが、触れるだけでドキドキ――つまり脈が速くなるなんて普通ではない。ストレスを与えてしまっているのだ。


 ちらちらと困ったような視線が向けられる。

 咲季のノリに乗ってあげたいが、内容が内容だから…と、そういう事だろう。

 ……そう考えたが、しかし、次に飛んできた言葉は予想の斜め上を行っていた。


「だから、どちらかと言うと役得というか、むしろ触りたい…」

「は?触りたい?」


 なんで?

 意味不明だった。


「あっ!?や!その!今のは変態的な意味じゃなくて!男の腕とかザラザラでギトギトしてキモイだけだけど秋春君の腕とかキレイで、それでいてちゃんと筋肉質で……ふ、ふふ…………はっ!違う!今の無し!違うから引かないで!」


 めっちゃさわさわされていた腕から城ヶ崎の手が離れ、激しく横に振られる。

 なんだろう。話を総合すると男っぽい要素が少ないから触っても割と平気って事だろうか。

 そんなにすべすべしてる?

 触って確かめていると、咲季が生暖かい目でこっちを見ていた。


「前から薄々そんな気してたけど、ガサキちゃんって、恋愛こういうの絡むとポンコツになるんだね」

「な、なんだよ〝こういうの〟って」


 気恥ずかしそうに眇める魔法少女。


「別になんでもー。けど残念だったな!並大抵の男だったら今ので陥落秒読みだったでしょうがね、ウチの秋春は灯夏市一の妹狂いと名高いシスコンでねっ!私のマッサージでしかときめきを覚えない妹ブラしゃぶり魔なのさ!」


 なんのマウント取ってるんだろうか。

 あとそれアキハールの事だろうが。

 現実と妄想の区別がついてない愚妹を叱ろうとすると、愚妹は急に腕を素早く掴んできた。

 反射的に振り払う。

 また掴まれる。

 また振り払おうとするが、そのまま一気に捻られ、うつ伏せに押し倒された。


「ふん!」

「いってえ!痛い!あだだだ!ちょ、おま、なんで関節極めてんだ離せ!」

「だってマッサージしようと思ったのにお兄ちゃん逃げるから」

「お前がマッサージ下手だからっっでぇ!」

「フフフ、もう、そんなに大きな声で興奮しちゃって…そんなにお姉さんのが良いの?」

「ぶっ飛ばすぞ」

「ガチトーンやめて」

「もうマッサージとかいいから。逆に疲れるから。解放してくれ」

「やだ〜。御奉仕はまだ終わってないもーん」

「………………」

「…あの、舌打ちもやめよ?お兄ちゃんのそれ結構感じ悪いから。泣きそうになるから」

「城ヶ崎、本当にこいつに無理して付き合うこと無いからな」


 関節を極められた状態で動けないので、横目で城ヶ崎を見遣る。

 視界にひらひらした際どめなスカートが映るのをなるべく意識しないように頑張った。


「無理してない!もっと触りたい!」


 大声の宣言。

 なんだろう、城ヶ崎が段々と吹っ切れて……というか、壊れてきている気がするのは俺だけ?

 めっちゃ指をうねらせて俺の腕を凝視してるんだけど。怖いんだけど。


「だから、秋春君が元気になれるように、アタシ、頑張るね…ふゅふ、ふふふ」

「「お、おう…」」


 奇しくも咲季と声が被った。

 珍しく引いてるらしい。

 かく言う俺も城ヶ崎の異様な雰囲気に気圧されている。

 咲季は今の状態の城ヶ崎を刺激するのを躊躇ってか、粛々とした動作で俺から離れ、ベッドから降りた。

 同時に解放された俺は身構えながらベッド上に起き上がる。城ヶ崎と向き合った。


「えっと、本当に大丈夫なの?ていうか本当に気を遣わないでいいからな。今すぐ回れ右して立ち去ってもいいから」

「大丈夫。昨日ネットでマッサージのやリ方調べたから咲季みたいにならない!」


 まさかの予習宣言。

 そこまで言うならみなまで言うまいと俺は黙って胡座をかき、右手を差し出す。

 左手にはまだ包帯が残っているから、凝視されたらあの事件を思い出させてしまうような気がして、後ろに隠す。


 城ヶ崎は端座位の状態から、俺と同じようにベッド上に完全に乗り、女の子座りに。

 差し出した右手を取ってマッサージを始めた。


「痛くない?」

「……いや、普通に気持ち良い」

「そ、そう?」


 嬉しそうな声。


 お世辞でもなんでもなく、本当に上手いと思った。咲季と違って力任せじゃなくて、丁度いい強さだし、指だけじゃなく拳を使って揉んだりとバリエーションもある。

 本職と比べれば劣るのだろうが、それでも気持ちが良いのには変わりない。


 しかしその気分をぶち壊すやつが一人いた。


「なぬ、負けてらんないな」


 咲季である。

 対抗心を燃やしたのか、ムッとした顔で俺の左腕をぶん取り、揉む。


「ぐぉぉっ?!痛い!だから痛てぇっつの!お前のはなんか情念がこもってんだよやめろっ!」


 すぐ振り払った。


「ふふ、ウブなのね可愛い子♡」

「蹴り飛ばすぞ」

「舞花ーこの人攻撃的だよぉー」

「咲季はもう休んでてアタシがやる」

「マイマイも冷たい!」


 咲季がショックを受けていた。

 よし、畳み掛けてこいつの謎のマッサージ精神を叩き折ってやろう。


「あー、おー、上手いわ城ヶ崎。マッサージで世界狙えるわー」


 わざとらしく言って、ベッドの脇で立ち尽くす咲季を横目で見る。


「ぐぬぬぬ」


 めっちゃ頬袋パンパンにしてた。


「あ、咲季はもうやめろよ。お前にやらせたら骨折られそうだ」

「ぐぬぬぬぬ!」


 破裂しそうなくらいパンパンだった。


 そして――


「おら!」


 馬鹿にされた咲季の不満が何故か城ヶ崎へ。

 城ヶ崎の脇に咲季の指が突き入れられ、


「ひゃん!」


 甲高い悲鳴と共に、俺の頭に衝撃。


「いっっ!……う、ん…?」


「……………」


「…………………」



 シャンプーの甘い匂い。


 気づくと、至近距離に城ヶ崎の顔があった。


 澄んだ水面のような瞳と、視線が交わる。

 長い睫毛が瞬きに合わせて揺れ、その僅かな空気の振動が肌に伝わってくるようにさえ思える。そんな、静寂。



「………………………」



 ヤバイ。

 直感でそう感じたが、何がどうなってヤバイのか、認識が追いついていなかった。

 衝撃で揺らいでいた脳の活動をフルにして、状況の把握に努める。


 咲季が城ヶ崎の脇をくすぐって(というか指で突いて)、それに脇が弱いと思われる城ヶ崎が大きく反応。

 俺の頭と頭が激突して、それで、それで…



「……………ぁ……ゎ…」



 城ヶ崎の顔の惚けたような顔が、耳まで紅く染まりきっていた。

 時が動き出したかのように前のめりになった身体を引き戻し、口元を押さえ、視線を高速で右往左往。


 同時に俺も、頬の、口に近い位置に当たる部分に触れる。

 少し湿ったように感じるのは、つまりだ。


 ……うん、まずい。これはまずいだろさすがに。

 城ヶ崎とは対象的に、自分が青褪めていくのがわかった。冷や汗が流れる。



 いくら触れるのは大丈夫だとは言っても、



「じょ、城ヶ崎…」

「……ぉ…め」

「は?」

「ごめんなさぁぁーーい!!」


 城ヶ崎がぎちぎちビッチ姿で脱兎のごとく部屋から逃げていった。


 ドアの向こうから「え、何あの子?」「ぎちぎちビッチ!?」などと声が聞こえる。


 顔を伏せた。


 これは、トラウマ認定されても仕方が無い事件が起きてしまった。


 事故とはいえ妹の友達に頬にキスをさせ、しかもそれを妹の目の前でしてしまうという……。

 さらに相手は男性恐怖症気味。今後を考えるなら今のデリケートな時期に好きでもない男へのキスなんてトラウマになりかねない行為をさせたくなかった。

 ともかく、後で謝らなければならないだろう。


「…怒ればいいのか謝ればいいのか、正直色々と複雑なのですが……」


 横合いから、咲季の遠慮がちな声。

 両手の人差し指を絡ませながら、もじもじして、


「とりあえず、すみませんでした」


 バツが悪そうに頭を下げる。


 目を覆った。


「もうお前嫌い…」



 絶対こいつ城ヶ崎に土下座させると心に誓った。






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