第十三話 おもてなしデー

「おかえりなさいお兄ちゃん♡」

「………」

「凄く遅かったから咲季、寂しかったんだからね…?」

「………………………」

「お兄ちゃん喉渇かない?ジュースいる?」

「…あ…うん。いただきます…」


 咲季からオレンジーノを渡される。

 一口飲んでキャップをした。


「ちょっとかして?」


 すると今度はオレンジーノをぶん取ってごくごくと半分くらい飲んでから、はにかんで俺を上目遣いで見上げる。


「……えへへ、間接キス…しちゃった♪」

「…………」

「どうしたのお兄ちゃん?ぼーっとしちゃってっ」


 咲季に額を人差し指で突かれた。


「…………」

「あ、それとも……本当のキス…する…?いいよ、咲季、お兄ちゃんとなら…///」

「………」

「……お兄ちゃん?」

「……」

「あのー…」


「…………―ぁ」


「…ちょっと?もしかして欠伸しました今?」


 咲季が素に戻った。

 それを見て、俺はほとんど止めていた思考を再開させる。


「え、いや。してないしてない。あれね。間接キスね。そうだねー」

「雑!!ちょっと!可愛い妹の献身に対する態度がなってない!もっとときめいて!キュンキュンして!」

「いや、部屋入ったらいきなり茶番が始まったから。いつ終わるのかなって」

「茶番じゃないわっ!おもてなしだ!お・も・て・な・し!」


 怒りの形相で俺の胸をバカスカ殴ってくる咲季。地味に痛い。

 だがこんな反応になるのも仕方がないと思う。


 昨日、母さん達の事を(母さんの暴力についてはオブラートに包んだが)話した後、面会時間の関係で俺の黒歴史の話はお預けとなった。

 だから話す決意が揺るがない内にこうやって大学の講義が終わってすぐに病室を訪れたのに、初っ端これである。

 気が抜けてしまうのは当然だろう。


「おもてなし。へぇそうなんだ。そんな事より今日は真剣な話を…」

「ダメ」

「へ?」


 速攻で却下された。なんでだよ。


「今真剣な話をする気分じゃない」

「ええ…」


 無茶苦茶だった。

 昨日はちゃんと聞いてくれたのに、なぜ一日でこうも態度が変わるんだ。


「今日はおもてなしデーなのです。だから暗くなりそうな話はナシナシ!」

「また意味不明な事を……、お前が話して欲しい的な雰囲気出したから今こうやって話そうとしてんだろ」

「いーの大丈夫なのとにかく今日は私にもてなされなさい!」

「はぁ……、って、ん?〝達〟?」


 疑問を抱くと同時、視界の隅にもぞもぞと動く何かが映った。視線をベッドへ移す。


 膨らんだ布団。

 ちょうど人一人分くらいの膨らみ。

 だが完全にくるまっているため、それが何なのか判断がつかない。


 警戒しながらその布団を見ていると、咲季がそれに近寄っていった。

 人差し指でつんつんとつつき、話しかける。


「ちょっと、今更怖気付いたの?」

「や、だ、だって、むり!無理無理!」


 聞こえたのは高い声。

 女性だ。

 そして、最近割と関わってる人物の声と一致していたので、それが誰だかすぐに確信出来た。

 なんでいるんだろうと一瞬思ったが、考えればすぐ分かった。咲季のお見舞いだろう。


「大丈夫。舞花可愛いもん。似合ってるって」


 邪気のない声で咲季は城ヶ崎と思われる布団の塊を軽く叩いた。


「似合わない!こういうのは咲季の方が絶対合ってるし!」

「あなたみたいなロリ体型が着るから映えるのだよこの衣装はー」

「誰がロリだ誰がっ!!」


 多分気にしてるであろう単語に城ヶ崎が爆発。

 勢いよく布団が弾けた。そこから姿を現したのは…


「……じょうが、さき…?」

「!?」


 中々に奇っ怪な格好をした城ヶ崎だった。


「〜〜〜〜〜っ!」


 瞬時、その場でモグラ叩きのモグラみたいにベッドに隠れる城ヶ崎。

 そして数秒かけてぬぅっと顔半分だけ覗かせ、俺を見上げた。

 城ヶ崎の小動物みたいな容姿+上気した頬での上目遣いは破壊力が凄まじい。

 しかも今着ている服…というか衣装が、中々どうして城ヶ崎にマッチしていて、


「…み、見た?」

「嫌でも目に入る格好だからね…」


 覗いた頭の上に乗っている、大きな青いリボンが二つ。

 髪はそれに合わせてツーサイドアップにまとめてあり、持ち前の少女らしさがより強調されていた。


「う、ぐうぅぅ…!」


 悶える城ヶ崎。


「ほら、もう見られたんだからいっそ堂々とした方がいいって!ね!マイマイ」


 咲季が快活な笑顔で城ヶ崎の肩を揺する。

 すると彼女は恥ずかしさ極まれりといった様子でゆっくりと、右腕を左腕で抱くようにしながら立ち上がった。


「ほら、どお?お兄ちゃん!超可愛いでしょ!」


 城ヶ崎が着ていたのは、少女漫画で魔法少女が着ていそうなひらひらした衣装だった。


 青と白が基調となっていて、所々に宝石を模したブルーの硝子(多分)の飾りが散りばめられている。

 肩から胸の方までドレスのごとく大胆に肌けており、女性らしい線が強調されていて目のやり場に困った。

 ていうか男性恐怖症気味なんだから男の前でそんな格好はよろしくないと思う。


「何それ、なんかのコスプレ?」

「『メイドメロディぎちぎちビッチ』の魔法少女服だよ。知らない?」


 咲季の返答に首を傾げた。


「へ?ぎち?」

「『ぎちぎちビッチ』ね。十数年前の女児向けアニメ」


 女児向けの題名じゃなくないかそれ?内容が気になる。


「そんな事よりほら、どお?どお?」


「ちょ、ちょっと…!」と目をぐるぐるさせて動揺している城ヶ崎をぐいぐい押して俺のすぐ近くに連れてくる。

 咲季はおそらく城ヶ崎が男性恐怖症気味になってるなんて知らないだろうからそんな事をしてくるのだろうが、さすがに彼女が気の毒だった。

 だから俺は本音であり、咲季が満足して引き下がるであろう答えをすぐに口にした。


「似合ってると思う」

「……こ、子供っぽいって、事?」


 しかし意外にも城ヶ崎から重ねがけの質問が。


「いや。そういう衣装着て似合う女の子って結構限られてくるぞ」

「……?どういう…」


 すぐに理解が及ばずきょとん顔の城ヶ崎に咲季が後ろから昆布のように巻きつき、


「ガサキちゃんがそうそういないレベルでかわゆいって事だよねーお兄ちゃん」


 その言葉を聞いた瞬間、城ヶ崎は顔をゆでダコみたいに真っ赤に染め上げた。

 口の端が嬉しそうに緩み出す。

 案外褒め言葉に弱いのかもしれない。普段あの強気な態度で咲季のマネージャーみたいな立ち位置だったっぽいし、男とまともに話した事ないって言ってたから、異性からの褒め言葉は珍しいんだろう。


「可愛いかよ。何この気持ち。応援したくないけど応援したい…」


 後ろの昆布がそんな姿にハアハア言ってた。

 なんの応援だ。


 そんな中、ずっと思っていた疑問が口から出た。


「…けどなんでコスプレしてんの?」

「お兄ちゃんを視覚的に癒すためだよ。私がリンリンにエロ可愛い衣装欲しいって頼んだらこれ渡されたって」


 聞いてもちょっとよく理解出来なかったのでスルー。


「その凛は?」

「人と会うのが面倒くさい期間らしく、引きこもりをしてるそうでーす」


 こんなの渡しといて無責任な。そもそもなんでこんなの持ってんだよ。


「はい、という事でガサキちゃん、早速アレやるよアレ。準備良いかね?」

「…は、はぁっ?ホントにやるの?」

「とーぜん!」


 元気良い返事。

 咲季がウキウキしていた。

 なんの事かは分からないが、十中八九ろくでもない事を考えてるのは経験で分かる。


「や、やだ。ムリ」

「なんだよー、お兄ちゃんを慰労しようって言ったら志願してくれたじゃんかよー」

「それは…だって…」


 昆布に巻き付かれた小動物は視線を幾度となく彷徨わせ、最終的に俺に視線を遣り、


「…うぅ」


 恥ずかしそうに呻いた。


「可愛いなぁ是非結婚してくれぇ〜!」


 頬を擦り寄せてじゃれつく咲季。


「う、うっさい!絶対からかってるでしょ!ふざけてんだろ!」

「あっはっはっは」

「笑うな!」


 身体を振り回して咲季を引きはがそうとする。

 咲季は大人しく離れたが、軽いステップで今度は俺の側へ。


「まあまあ、このままだと話が進まないから、とりあえずお兄ちゃんはベッド座ってー」


 背中を押してベッドの前に移動させられる。


「……はいはい、オーケー」


 咲季の思いつきからほとんど逃げられた試しが無い…というか、いつも面倒くささに負けて流されるのだが、ともかく俺は抵抗せずに従うことにした。


「ほら、舞花やるよゴーゴー!日々の疲れで元気が足りないお兄ちゃんのため!」

「あーもお!分かったよ!やるよ!やってやるよ!」


 そして、城ヶ崎も自棄気味になりながらも覚悟を決めた顔で睨むようにこっちを見た。


 何その顔怖い。



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