fragment 3 恋しちゃったって事で
ベッドを背にして床に座った舞花はスマートフォンの画面に釘付けになっていた。
《顔の腫れは大丈夫だったの?》
画面に映っているのは舞花を気遣うメッセージ。相手は親友である
おそらく、朝、舞花が彼に電話をかけた時に頬が少し腫れていると言ったのを気にしてのメッセージだろう。
舞花はそのメッセージが届いた瞬間、飛び上がらんばかりに肩を跳ねさせた。
惰性で続けていたネットサーフィンを放り投げ、返事を打つ。
《うん。大したことないって。少し経てば腫れも引くだろうって言われた》
《そっか。良かった》
《気にかけてくれてありがとうございます》
《なんかたまに敬語混ざるね。 らしくないな(笑)》
《アタシだって敬語くらい使いますけど?》
《(二頭身のちびキャラがムスッとしてるスタンプ)》
《普段は使ってなかっただろ》
《メッセでは使いたくなる時があるの
(`^´)!》
《うーん、やっぱり文字だけだと城ヶ崎変な感じするわ笑》
《えーそうかな・・・》
《なんだろ、ポップっていうか可愛いっていうか…女子って感じ?》
「か、かわっ………!」
舞花は思わず手に握ったスマートフォンを落としそうになる。
「わ!、あ、わ!」
妙な声を発しながら無事キャッチ。
一息ついて画面をもう一度見ると、自然と頬が紅潮し、口元が緩み出した。
「ふ、ふふふふふ……」
胸にスマートフォンを当て、一人不気味に含み笑う。
もう一度画面を見た。
「可愛い……、そっか…そっかぁ……」
うっとりと呟きスクリーンショットを無駄に何枚も撮った。
そしていきなり立ち上がり、部屋の中をぐるぐると回りだし、突如しゃがんでもう一回画面を見、笑む。
「あ、既読スルーになっちゃう」
いけないいけないと、舞花は急いで返事を打った。
《(ポップなクマがジト目をしてるスタンプ)》
《アタシ元から女なんだけど(`Δ´)!》
《(棒人間が頭を下げてるスタンプ)》
《(ポップなクマがそっぽを向いてるスタンプ)》
《正直女子っぽくない、ホーム画像とか初期設定から変えてない系かと思ってましたすみません》
《なにそれ?》
《「メッセ嫌いだしあんま見ないから返事遅いよー?」とか言ってくるやつに多い系統》
《偏見じゃんw》
《ちなみに城ヶ崎はアプリで加工した自撮り写真のせてたから彼氏に30万くらい貢ぐ系と見てる》
《意味わかんないしw》
よく分からない秋春の持論に舞花はクスリと笑い、そのまま実りのない馬鹿らしい話へと没頭していった。
#
その後、他愛のないやり取りが続き、
《ごめん、長くなっちゃったな》
言われて画面左上の時刻表示を見ると、22時過ぎ。
どうやら数十分ほどやり取りをしていたらしい。分かりやすいお開きの合図だった。
寂しい気持ちになりつつ、返事を打ち、
《そんな事ないよー》
《そう言ってもらえると助かる》
《じゃ、話に付き合ってくれてありがとな》
「……あ」
気づく。
最初の怪我の具合を訊ねられた事以外、秋春は昨日の事件を連想させるような事を何も言っていないという事に。
むしろ、それを紛らわせるようにおどけてみせていたようにも思える。
真偽は分からない。
だが、今までのメッセージのやり取りで本当に気が紛れたのは確かだった。
「…………………」
そうだとすれば…
《こっちこそ、色々とありがとね》
溢れた想いを、最後にメッセージへのせた。
それに秋春がサムズアップのスタンプを送り、やり取りが終わる。
数秒、舞花は呆けたように画面を見つめた。
「……はぁ」
ため息。
しかしそれは負の感情から生まれたものでは無い。
むしろ……
「…………………」
舞花はメッセージを最初から読み返そうと画面をスクロールし――
「終わった〜?」
「ひっっっぎゅっ!!?」
背後で聞こえた声に飛び上がり、声の方向とは逆に瞬時に後ずさった。
背後の机に背中が衝突したが、そんな事を気にかけられるほどの余裕は無かった。
「だだだだだ、だれっ!?」
「誰って、ウチの部屋なんだからウチしかいないでしょ〜。てかすっごい声出たな」
錯乱した舞花が叫ぶと、間延びした、独特のやる気なさげな声が。
「り、凛!?」
「なーにをそんな驚いてんのよ」
散っていた焦点を合わせると、学校指定の、青ベースに白いラインが入ったジャージを身にまとった友人、
彼女は缶ジュースを右手に持って飲みつつ、左手で茶色いラベルのついたペットボトルをつまみ、舞花の目の前で軽く振った。
「はいゴーゴーティー」
「え?あ、あー、うん。アリガト……」
「ん」
ミルクティーの入ったペットボトルを舞花に渡し、凛は自分のベッドにぼすん、と音を立てて腰掛け、ビニール袋を乱雑に置いた。
そうだ。今日も舞花は凛の家で泊まることになり、凛はすぐ側のコンビニで二人分の夜食を買いに行くと数十分前に出ていっていたのだった。
思い出し、同時にいつ帰ってきたのだろうと思考を巡らせる。
「あ、既読スルーになっちゃう〜♪って、お兄さんとのメッセで舞花がルンルン気分だった時からいたよ」
「っ!?」
思考を見透かしたような言葉。
舞花は顔を真っ赤にして凛の方へ顔を勢いよく向けた。
「そ、そんなふざけた感じで言ってないから!」
「え〜?言ってたよ〜?」
ニヤニヤと舞花をからかう気満々の顔で、飲み干した缶をゴミ箱に投げ入れる凛。
「まあ言ってなかったとしても楽しそうだったよね〜。最後に『ありがとね(はあと)』ってメッセ送ってたし…」
「う、うっさい!!てかハートなんてつけてないし!」
「ついにウチのちびっ子ギャルの氷河期が終わりを迎えましたかぁ」
「誰がチビだ誰が!」
ゴーゴーティーを机に置き、掴みかかろうとして近づいてきた舞花の両手を、凛の両手が防いだ。
「恥ずかしがる事無いじゃ〜ん」
「う、る、さ、い!」
「いや〜文字打ってる時の舞花の顔、輝いてたな〜」
「だから……!」
「惚れたか?」
「――っ!」
「惚れたな?」
「そんなわけ…ないでしょ」
舞花は視線を逸らして口ごもった。
凛はそんな彼女を見て少しの間黙り込み、やがて掴んでいた手を離してベッドから立ち上がった。
「あは。冗談冗談。そーだよね〜なんたってあのあむあむ星人だもんね〜。流石にキショいよね」
肩をすくめて、大仰な態度で秋春を罵倒する凛。
「…………」
「何回か助けてくれたって言っても、顔があれじゃあね?無理だよね〜」
普段の凛からすると違和感のあるキツい物言いだった。
だが、そんな変化を感じ取れないくらいに動揺していた舞花はそれに真っ向から立ち向かった。
「…そ、そこまで言わなくても…いいじゃん。まだそんなに話した事は無いけど、いい人なんだなって分かる、じゃん…?顔だって別に…アタシは全然…むしろかっこいいかなって思うし……」
…立ち向かってしまった。
「………………っ……っ」
もうたまんないといった具合に口を押さえて肩を震わせる凛。
一瞬、怪訝そうに凛を眺めた舞花だったが、
「ぷ、くふ…っ、可愛い〜…ちょー可愛い〜…」
どうやら凛は舞花の反応で愉しんでいるのだと気づき、
「り、凛ーーーーーー!!」
再び飛びかかり、胸ぐらを掴んだ。
「あははは!めっちゃ好きなんじゃーん!」
「ち、違う!あたしはただフォローしただけ!しただけっ!」
「往生際が悪いなぁ。バレバレっすよ〜?今更隠した所で…」
「違う!」
舞花が一際大きく叫んだ。
さしもの凛も面食らい、言葉を止めた。
「違くて…、アタシは…こんな、浮かれていい立場じゃ、ないし…」
辛そうに俯いた舞花。
そんな舞花にしかし、凛はニヤケ顔を一転、鬱陶しいとでも言いたげに「また出た」とため息をついた。
「あのさぁー、舞花は難しく考え過ぎだから」
自分の胸ぐらを掴んでいた手を優しく解く凛。
「大方、『咲季はアタシのせいで苦しんだのにアタシだけ浮かれてるなんて…』とか思ってんでしょ?けどさ、そう思ってても、自制出来なかったから、止まんなかったから、あんなに楽しそうにしてたんでしょ?それだけ本気の気持ちって事じゃん」
俯いた顔を両手で乱雑に掴んで、前を向かせる。
「……………」
舞花の視界に、眼鏡越しの鋭い瞳が映り込んだ。
鴉を思わせる黒。
ともすれば攻撃的とも思えるそれに、舞花は気圧され、押し黙った。
「あと、お兄さんも近い事言ってたけどさ、咲季は周りが明るい方が好きなんだってば。そういうの咲季は求めて無いっつ〜の〜」
軽く叱りつけるように言って、舞花の顔をぐりぐりとこね回す。
「少しくらい自分に優しくなれ〜。咲季にはもう謝った。それで咲季は許した。だったら、乙女が恋してるくらいで誰も怒らないっての」
「…………」
「よろしい?」
「……う、ん」
頬を圧迫されてタコ口になりながら、舞花は答える。
確かに、凛の言葉はもっともだった。自分が一人で先走っていた事を恥じ、「ごめん」と呟く。
心のどこかでは納得出来ていない部分があるのは否めないが、それは自分の弱さだ。
根本的に変わっていない、変われない弱さ。
舞花はそれを断ち切るように目を強く瞑り、開いた。
「そーそ。舞花はそうやって話しにくそうなきっつい顔してなきゃ」
凛は満足げに言って、手を離した。
「で?城ヶ崎舞花さんは片桐秋春君に恋しちゃったって事で…おけ?」
ベッドに腰掛けて頬杖をついた凛の問いに、躊躇いがちに、コクリと頷いた。
すると、待ってましたと言わんばかりに凛はニヤリといやらしい笑みを浮かべ、
「ズバリ、決め手はどこでしたか?」
「え?」
「やっぱり何度も助けてくれたその男気でしょうか?」
「きゅ、急になに…」
「え〜、女子高生らしく恋バナ?」
「しないし……」
顔を再び紅潮させ、それを紛らわすように机に置いてあったゴーゴーティーを開けてごくごくとあおった。
「まあ十中八九昨日のが決め手だろうけど…」
凛は呟く。おそらく昨日の最悪な出来事から劇的に助けてくれたから、吊り橋効果的に好意を抱いたのだ。
同時に、それがあったからこそ昨日の記憶にプラスのイメージが付加され、精神の安定が保たれているのだろう。
あくまで凛の勝手な予想だったが、あながち間違いではないと彼女は思っていた。
「…ま、今後どうなるかは分からないけど、とりあえずお兄さんには感謝だ」
「な、なに?」
ボソボソと独り言を言っていると、舞花が少し怯えたような怪訝な表情で凛を見ていた。
「あは、たった数日で好きになるなんて舞花もチョロいなって」
「な、は、はぁ!?チョロくないし!」
「だって助けてもらっただけで好きになったんでしょ〜?」
「違うから!確かに王子様みたいに助けてくれたのはかっこいいなって思うけどそれだけじゃないし!アタシが酷いこと言ったのに逆にこっちを気遣ってくれたり、見捨ててもいいような生意気な奴なのに、本気で心配してくれて……そういう所がいいなって……」
勢いに任せて色々と言ってしまった舞花は、はっとして我に返り、凛へと意識を向けると、
「……舞花の…っ…そういうとこ、凄く好きだわ〜……ぷ、くふふ……!」
腹を抱えて笑っていた。
「凛ーーーー!!!」
凛の親が注意しに来るまで、凛と舞花のじゃれ合いは続いた。
月が良く見える。明るい夜の一幕である。
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