第五話 王子
「一体何やってたんですシスコン兄貴さ〜ん」
「……………」
「本当にド級のシスコンだったんですねぇ。お二人のラブラブっぷりには恐れ入りますあむあむ星人さ〜ん」
壁に背をつけて遠い目をしている俺に追い討ちをかけるように脇腹を肘でついてくる上下紺色ジャージのもっさり黒縁メガネ。
その光景を苦笑いして横目で見る咲季。悪いとは思いつつも全く助ける気は無いという雰囲気。
まあ今回は半分俺のせいな気がするので怒りはしないが。
いや、ホントなんでずっと膝枕してたの俺?一分くらいで良かっただろマジで。
「舞花が見てなくて良かったですね。特別にウチの胸に秘めておきましょう」
生き生きとした表情で「貸し一つで」とのたまう凛。
「い、一応言っておくとな、あれは兄妹同士の悪ふざけ。話の流れで「やってみよーぜ(笑)」ってなっただけだからな?」
ほとんど弁明のしようがないので、羞恥でどもる。
「あは。そんなに必死にならなくても、ウチにも姉がいるので何となくは分かりますよ〜」
「そ、そっか…」
「ま、だからといって膝枕までしちゃうのはちょっとアレですが」
上げて落としてきやがるこの女。
このまま会話を続けてもろくな事にならない気がしたので、少し気になっていた事を訊いて話を逸らす。
「そう言えば城ヶ崎は来てないの?」
確か咲季は「マイマイ達が来る」と言っていたはずだ。
俺の疑問に咲季も「そういえば全然来ないね」と首を傾げる。
「お化粧室で身だしなみチェックしてると思います。ウチが、お兄さんいるって言ったらすぐ行きました〜」
「…?」
「舞花も乙女って事ですよ〜」
「ああ、異性の前ではビシッと決めたいタイプなのか」
いたなぁ。男子の前では完璧な自分でいたいとか言って修学旅行に化粧品一式持っていって、化粧のノリが悪いからと班行動バックレた女子。我が母校は化粧一切禁止の高校だったので先生に叱られてたが。
「……………」
高校の思い出に浸っていると、下から視線を感じて目線を落とす。
するとジト目をした凛と目が合った。
「………なに?」
「…いえ、舞花は大変だなと思いまして」
「は?」
「実際にいるんですね〜こういう人。ね、咲季」
意味が分からん。
どういう事か、話を投げられた咲季に視線を向けるが、
「り、リンリン…」
地球でもひっくり返ったのかと思うほどの戦慄した表情をしていた。
「どしたの咲季、そんな怖い顔して」
凛はその反応にニヤニヤとしながら俺の側から離れ、咲季の方へゆっくり近づき、まだ壁に立てかけていたパイプ椅子を出して座った。
そして二人で顔を近づけて声を落として喋り出す。
「今の話は、つまり、そういう事だったり……するのかしら?」
「あは。そーだよ〜」
「…ぐっ、ま、まじですか……恐れていた事態が現実に……」
咲季が何故かショックを受けたように頭を抱えて固まった。
しかし瞬時に顔を上げる。
「ちなみにいつよ!いつそうなったのよマイマイは!?」
「さぁ?けどいっぱい助けられたみたいだからねぇー、そこのシスコンさんに、王子様みたいに?」
「うわぁぁ!お兄ちゃんの男気の弊害だぁぁ!」
俺の話をしているっぽいが、何故だか俺が会話に入る隙がない。身内ネタか?あむあむ星人みたいな。
ていうか、今まで咲季の口から凛の名前を聞いたことが無かったから仲がいいというイメージ湧かなかったけど、こうして見ると本当に仲が良いらしいな。
まあ、城ヶ崎みたいに頻繁に名前が出なかっただけで話題に出ていたのかも知れないが。
正直咲季の学校の話には色んな名前出てきて一々覚えていないし。
「けど早くない?会ってせいぜい数日でしょ?早くない?」
「そういうのは時間じゃないのよ咲季さん」
「ぐ、ううぅ、いや、けどリンリンの勘違いの線もあるからね…私はまだ信じない!信じたくない!」
「あは。まあ、見れば分かる……、と?」
二人でキャッキャと戯れているなぁと思いつつ窓の外見ていると、どこかから『ライン♪』と通知音が。
俺と咲季が設定してる通知音じゃないから、必然的に凛のものだろう。
凛はゴソゴソとジャージのポケット漁り、スマホを取り出す。「ちょっと失礼〜」と画面を何度かタップし、
「…ん〜?」
顔を僅かに
「舞花からメッセ来たんだけど…なんか、穏やかじゃないみたい?」
困惑した様子で画面を俺達に見せてくる。
そこには一言。
《助けて》
#
「舞花〜、トイレ前来たけど〜?」
俺と咲季と凛は病室から出て廊下を進み、その途中の十字に別れた場所で止まる。
左の分かれ道の壁にトイレのマークが見え、そのすぐ側に男女のトイレが並んでいる。
さっきのメッセージが来てすぐに、凛は城ヶ崎に電話をかけた。
事情聞くと、「とにかくトイレの前来て」の一点張り。少し興奮気味だったらしく急いでトイレに向かったんだけど…
「普通に、何も起きてないな」
人通りが少々多いくらいで特に何も起こっていないみたいだ。
てっきり騒ぎが起きているのかと思ったが。
咲季も同じように首を捻り「もしかしてトイレットペーパー無かったーとかだったり?」と耳打ちしてくる。
…それはそれで一大事だが。
まあ、そこまで緊急性がないというのは確かだろう。
「え?外?男?あ〜、うん。いるね。うん。うん…おぅ、やべーやつだね〜」
凛が相槌を打ちながらちらりとトイレの方へ視線を向けた。
〝男〟という単語からそれに適した人物を適当に探してみると、一人だけ不自然な奴を発見する。
身長は俺と同じくらいかちょっと上…つまり170後半か。
ガタイのいい体つきと、浅黒い肌。シルバーに染めた髪はベリーショートにカットしてある。
いかにもやんちゃしてますと言わんばかりの三白眼。佇まい。それに病院着を合わせた奇妙な男。
「あそこガタイのいい兄ちゃんいるじゃないですか」
凛がスマホを耳から離し、小声で俺達に喋りかけてくる。
それに咲季が答えた。
「あの病院着着た?」
「そそ。なんかアレがナンパしつこいみたい」
俺が目星をつけた奴で合っているようだ。
どうやら、城ヶ崎がトイレへ化粧直しに向かう最中にあの銀髪男に声をかけられたらしい。追い返そうとしてもずっとついてまわられ、最後の手段で女子トイレに逃げ込んだとの事。
「ナンパくらいマイマイならドーンと押しのけられると思うけど、どうかしたのかな?あの人の顔が生理的に無理で逃げちゃった?」
俺は思い当たる事があったので咲季のナチュラルに毒の入った疑問には答えず、凛に顔を寄せた。
「…もしかしなくても城ヶ崎、あの時の後遺症…だよな」
「ですね」
男性恐怖症。
その言葉が容易に思いついた。
あの一件で城ヶ崎がそういう状態になったとしても何ら不思議ではない。
咲季はあの事件を〝城ヶ崎が狙われそうになった所を俺が止めて逆にボコられた〟といった風に俺達から聞いているので城ヶ崎が弱気なのに疑問を浮かべるのは当然と言えた。
咲季を騙す形になっているのは分かっている。しかしこの件に関しては城ヶ崎の名誉が関わってくるため、心苦しいが、本人が直接言おうと思うまでは決して口外しないと決めている。
「一応男に近づいただけでパニックになるほどじゃないみたいですから、大丈夫だとは思います。学校にも割と普通に通ってますし。ま、男子の前だとコミュ障になる感じですね」
「その言い方だと滅茶苦茶軽く聞こえるな」
「誰かさんが王子様みたいに助けてくれたおかげですよ〜」
歯の浮くようなセリフに頬が少し熱くなる。
「それ、お兄ちゃんの事?」
咲季がめっちゃ食いついた。
俺と凛との間に顔を突っ込んでくる。
「そそ、ほら、坂口追い返した時とか、カッコよかったんだって〜」
「いや、だからあれはそんな大層なもんじゃなくて…っで!」
左手に激痛。
みると包帯の巻かれた切り傷の部分を咲季がつまんでいた。
「何すんだよ!」
「王子は政務に集中してもらわなければ困りますっ!」
ぷくりと頬を膨らませて抗議するように叫ぶ咲季。
いやわけ分からん。
「よ、王子様!」
「最近の女子高生間で王子様とか言うの流行ってんの?」
凛からも意味不の野次が飛んで来てげんなりする。
城ヶ崎もそんな事言ってた気がするが、王子とか小っ恥ずかしいからやめて欲しい。ていうか名前負け感が半端ない。
「それより、ほら王子!あの人どうにかするんでしょ!」
背中を咲季にばしばしと叩かれた。
「いやなんで王子呼びなんだよ……」
「どーせまた格好良く助け出すんでしょ!あーやだやだ。今度は白馬にでも乗るんですかー?乗馬レッスンですかー?夜の暴れ馬は俺!ですか優雅でございますねぇー王子ぃー?」
「何急にキレてんだよ。てか王子やめろ」
「王子、咲季はブラコンなだけなのです。どうか御容赦下さい」
「いや知らん。てか王子やめろ」
「ぶ、ブラコン違うし!」
顔を紅くして凛に食ってかかる咲季。
いやお前は紛れもなくブラコンだよ。
外では一応隠してるのかこいつ。
「えっと、ともかくあの銀髪追い払って欲しいんだよな?」
「そうですお兄さん。いけそうですか」
「…………」
凛が期待の眼差し向けてくるが、正直キツい。
基本俺は気が強い方じゃない。
腹をくくればなんとでもなるが、緊急性に迫られない限りはおいそれと腹をくくれるものじゃないのだ。
まあ、つまり何が言いたいかというと、俺は追い詰められなければただのヘタレなのである。
「うーん……」
いっそいきなり暴力を振るってくるような危険人物なら対処出来る気がする。
例えばそう、中学時代に知り合ったような…
「………あ」
そこでふと、頭で何かのピースが嵌ったような音を聞いた気がした。
視線の先の銀髪の男。
ガタイのいい体つきと、浅黒い肌。三白眼。不良然とした佇まい。
「あ、いつ…」
思わず、声が出た。呆然と男を見つめる。
髪を染めていたのと、数年ぶりなのが相まって、パッと見じゃ全く気づかなかった。
俺はあいつを知っている。
古い記憶が次々にフラッシュバックし、頭を巡る。
中学二年の夏の日。
アブラゼミの鳴き声。
人気の無い教室。
赤い手。
倒れた同級生。
そう、あいつは、俺が――
「
俺が、初めて本気の殺意を向けた男だ。
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