第三話 君を許さない


 咲季にデートのお誘いを伝えると、一瞬で返事が返ってきた。


《え、ホントに?》


《ホントに》


《まーじ?(゚o゚;》


《まじまじ》


《(二頭身のちびキャラがバンザイしてるスタンプ)》

《(二頭身のちびキャラがバンザイしてるスタンプ)》

《やっとか!やっとデートの約束が果たされる時が来たのか!》


《お待たせしましたね》


《耐えて耐えて耐え抜いて辛酸を舐める日々…やっと報われる時が来たのね๐·°(৹˃̵﹏˂̵৹)°·๐》


《まあ、この前言った通り行くとしたら遊園地って言っても近所の所だけどな》


《帰りはホテル?ホテル直行か?》


《行きません。日帰りです》


《じゃあどこでしろっての?恋人達のジェットコースターの如き熱きパトスをどう発散しろと?》

《あ、観覧車?観覧車だね?最近定番だよね観覧車H。お兄ちゃん乙な所を突きますなー

(〃▽〃)》


《そんなイカれた定番なんぞ知らん。張り倒すぞ》


《どうせなら押し倒して欲しいな♡》



「………………」



《(ダンゴムシを裏返した画像)》



 画面が着信画面に切り替わった。

 通話アイコンを押す。


「はい」

『ダン……ゴッッ!はホント…っ!ほんっっと止めてよお兄ちゃんのばかっっ!!』


 ブツリと電話が切れる。



「よし」


 とりあえず咲季をデートに誘えたので今日はゆっくりテレビでも見て寝てしまおう。



 # #


 翌日。

 今日も今日とて咲季の元へ向かう。


 日曜日だと言うのに静まり返った我が家の玄関を開けると、相変わらずの曇り空。気温は25℃くらいで少し涼しいが、やはり気分的には暑くても晴れ渡っていた方が良い。


 念の為傘置きから傘を取り出し、外へ。

 田畑と住宅が続く街並みを抜け、駅の方面へ。10分ほど歩いて線路に差し掛かり、そこを渡って駅とは少し離れた大きな総合病院の前に到着する。


「あいつ、デート喜んでるといいけど」


 呟く。最近まで親友との喧嘩や他諸々が重なって少し不安定だったから尚更そう思った。


 もしかしたら昨日のダンゴムシで怒っているかも知れないけど…。


 思い出して一人ほくそ笑むように苦笑いし、中に入って受付で手続きを済ませる。


 さて怒ってるか浮かれているかどっちだろうとロビーから上の階に続く階段へ行き、


「おっ、と…」


 ちょうど階段から降りてきた誰かにぶつかりかける。


「すみません…」


 声と背丈からして男性だろう。

 しまったな、不注意が過ぎた。思ったより浮かれた気分になっていたのかも知れない。

 恥ずかしくなって自然と顔が熱くなった。

 が、しかし。


「あ…」


 見上げ、その人物の顔を認めた瞬間、熱は一気に引いた。

 180に届く長身。短く切り揃えられた黒髪。シャープな眼鏡をかけ、俺を見下ろす男性。

 この人は…


「……父、さん」

「秋春か」


 片桐かたぎり俊名としな

 俺と咲季の父親だ。

 年齢は45歳。年齢を感じさせない、ピンと伸びた背筋と、白髪一つない髪。

 引き締まった身体と、俳優もかくやというような穏やかで端正な顔つきは、母さん共々近所から評判だった。

 しかしながら、同じ家で暮らしているのに親が家から出た事にも気づかなかったとは。


 …いや、違うか。正確にはんだ。

 それだけ、俺と父さん達との溝は深くなっている。それは父さんにとっても同じ事。

 だからこういう予期せぬ対面が発生するのだ。


「咲季のお見舞い?」

「ああ」


 短い問答。

 それだけでかける言葉が無くなり、息の詰まるような沈黙が俺達の間に落ちた。

 そうか、父さんはまだ咲季の元に来続けているんだな。その点で言えば母さんとは大違いだ。


「じゃ、俺も今から咲季の所行くから…」


 これ以上話す事も無い。

 俺は父さんの横をすり抜けようとする。


「少しいいかい?」


 だが、背中越しに呼び止められた。

 ゆっくりと振り向く。


「今、咲季にそれとなく聞いたんだが、自分一人で考えた事と言って教えてくれなくてね」

「…なんの話?」


 察しはついたが、とぼけたフリをして訊いた。

 父さんは剣呑な雰囲気纏わせ、感情を押し込めた冷えた表情で、



「咲季に色々と吹き込んだのは君か?」



 言った。


「は、」


 俺は思わず苦笑しそうになり、すんでのところで堪える。


〝吹き込んだ〟ね。随分と悪者扱いじゃないか。


「だから、なんの話?」

「咲季の治療についての話や、それに伴う退院の話さ」


 とても家族に向けるべきでない、鋭利な刃物を思わせる敵意。

 そう、咲季や母さんには決して見せない姿。

 心が急激に底冷えするのが分かった。


 父さんと相対する度に、何度も何度も再確認させられる事実。


 。認められちゃいない。結局そうなんだろう。

 だけど仕方のない事なのかも知れない。


 中学生の時の俺は最悪で、家族に酷く迷惑をかけた。父さんが俺に敵意を向けるようになったのはあの時からだ。

 元々不良とか、反社会的な人間は嫌いな人で。だからこれは正常な反応だと思う。


「俺はなにも言ってないよ。咲季が自分で考えたって言ってるんでしょ」

「とぼけなくてもいい。咲季が意見を聞き入れる人物は大概が決まっている。あの子は優しいから、君が怒られないようにと嘘を言っているのだろう」


 咲季に最も近しい人物。

 そこで赤坂さんの名前が挙がらないで真っ先に俺にくるのはさすがの信用の差と言うやつか。


「どういうつもりでそんな事をしたのか知らないが、ふざけているつもりなら止めて欲しい」

「……………」


 やはり、父さんの中では俺は悪者で、厄介な存在なんだ。


 父さんが一歩、こちらに踏み出した。大きな影が覆う。

 俺は目を伏せた。


「これ以上何かしようとするなら、僕は君を許さない」


 拒絶。

 何度も態度で示された事はあったが、言葉ではっきりと言われたのは初めてだった。


「っ」


 俺は逃げるように階段を駆け上った。



 #



 咲季の病院の前まで来た。

 自然と床のリノリウムに向けられていた視線を前に向け、扉のネームプレートへ。


 プラスチックのそれに、僅かに反射して映った俺の顔。

 どんよりとした暗い表情だ。

 こんな顔をしていたら咲季に心配される。


 両頬を叩いて気合いを入れた。


「……」


 こんな事で動揺してどうする。

 むしろなんで俺は言い返さなかった。

 咲季のためを思うなら咲季の望みを叶えるべきだと何故言えなかったんだ。


 不甲斐ない自分に怒りが湧いた。

 その怒りで、自分に活力が戻ってくる。


「…よし」


 暗い気持ちがいくらか霧散した。これなら大丈夫だろう。

 深呼吸して扉に手をかけ、引いた。


「うーす!」


 気合いを入れすぎて部活のような挨拶になったが気にしない。

 ベッドへ視線を向ける。


 そこにはいつも通り咲季がスマホを…


「あ、お兄ちゃん…」


 持っていた。

 しかし、それはいつもの光景とは少し違った。

 咲季がこちらに向けた瞳。

 それが少し潤んでいるように見えた。

 声も、表情も元気が無い。まるでさっきまでの俺のように。


 不安が胸に押し寄せる。


「……どうした?」


 急いで近寄る。

 咲季は顔を俯かせた。肩が僅かに震えている。やはり泣いているのか。


「咲季?」


 しゃがんで目線を合わせ、優しく肩を揺すると、咲季はそのまま抱きついて来た。

 耳に息がかかる。


「お、おい…!」

「どうして私の好きな人はいなくなっちゃうのかな」

「え?」


 どういう意味だろう。

 考えるが、見当もつかない。


「…もしかして、父さんに何か言われたのか?」


 まさかと思って問いかけるが、「ううん」と否定される。


「じゃあ何があったんだ?」

「いいよ、きっとお兄ちゃんには関係ない事だから」


 寂しげな声。こっちまで暗い気持ちになる。


「なんでそんな事言うんだよ。関係なくないだろ、俺はお前の兄貴なんだから」

「…………………」


 ゆっくりと、抱きついていた咲季の腕をほどき、肩を掴んで目を合わせた。


「無理すんな。話してみろよ」


 頭を撫でる。

 何があったのかは分からない。だけど咲季が沈んでいるのは確かで。

 タイミングからしてきっと、今回父さんと母さんに自分の願いを否定された事が関係していると感じた。


 咲季は数秒、迷ったように黙り込み、やがて意を決したのか口を開いた。


「…も」

「うん」


 優しく、続き促す。


「桃ノ川蘭子妊娠発覚…」

「……………もものかわが妊…、ん?」


 なんか、今の状況に全くそぐわない単語が聞こえて首を傾げた。撫でていた手が思わず止まる。

 別の意味で嫌な予感が胸をよぎった。


「桃ノ川蘭子妊娠発覚AV界電撃引退だって……!!」


 バッ!

 と勢いよく目の前に突きつけられるスマホの画面。


 そこには、咲季に少し似た容姿の、上半身素っ裸の女性が挑発的な目でむちを持っている写真と、咲季が言った通りの大きな見出し文が。


「…………………………」


 冷えた静寂が俺の世界を満たした。


「撮影中に妊娠しちゃって…蘭子は子供を産むって言ってるって…!」

「…え、っと…桃ノ川って…あれか、時々咲季が話題に出す、お前に似てるAV女優」

「…うん」


 悲しそうに、咲季。


「あー、そう…」


 ゆっくりとスマホを押し返す。


「どうしたの固まって?……あ、もしかして…使う?」


 備え付けのサイドテーブルに置いてあるティッシュボックスからティッシュを数枚抜き取り、差し出してきた。


 受け取る。

 丸めて顔面にぶち当てた。


「お前さぁ…!ホントお前…お前さぁ…!!あーー!」


 頭押さえて俯く。

 マジで頭痛い。


「え?なんで?お兄ちゃん怒ってる?」


 咲季はよく分からないといった様子で首を傾げている。

 いや、よく分からないのはお前の思考だ。


「怒ってるのっていうかなんつーかもう…俺の心配を返せまじで!」

「な、なんでよ!お兄ちゃんが関係なくないって言ったんじゃん!」

「いや言ったけど!言ったけども!なんでそいつの引退とかクソどうでもいい事で落ち込んでんだよ!」


 全然家の事関係無かった。かすりもしてなかった……。恥ずかしい…!めちゃくちゃ恥ずかしい!


「一大事じゃん!だって蘭子引退って…、私の代わりに数多の男を骨抜きにしてきた戦友が一戦を退くんだよ!?」

「一体何の目線で物言ってんだお前は!蘭子の何なんだお前は!」


 あまりの恥ずかしさに、よく分からない怒りをぶつけるしかなかった。












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