第22話 切り捨てるのは
「ひ、い、いや…っ!」
男が制服のボタンに伸ばした手に、舞花は身体をよじって何とか抵抗する。
「や、め…」
「うるせぇ!喋るなっつっただろあぁ?」
しかし、男が怒号と共にナイフを目の前で突きつけて馬乗りになり、抵抗はあえなく終わった。
「大人しくしてればすぐ終わるから…ね?」
次いで、猫を撫でるような声で耳元で囁き、舞花の頭を撫でる。頭から伝い、頬、そして首へと、カサカサと乾燥した指の感触が這い回る。
抑えきれない嫌悪感。背筋が粟立った。
「な、なあ、君、中学生?」
ブラウスのボタンが一つずつ外されていく。
水色のキャミソールが露わになる。
「い…や……」
「訊いてん、だろうが!」
顔を殴られる。
衝撃と共に目の前がぐらりと揺れた。
口の中が切れたのか、血の味が口内に広がった。
「質問が悪かったのかなぁ?…そうだな…じゃあ経験人数とかどうだ?もしかして処女かい?だったらおじさん嬉しいなぁ」
キャミソールをナイフで少しずつ切り裂かれる。
「や…っぐっ!」
「答えろっつってんだろ?」
また頬を殴られる。
痛みで視界が明滅した。
既に疲弊した精神状態に畳み掛けるような暴力。もう、抵抗する気力は失われつつあった。
「ああ、ほら、可愛い顔が台無しだよ。笑って笑って」
キャミソールは縦に切り裂かれ、そこから白い肌と下着が覗く。
そこを男の手がまさぐった。
「う…あ…」
「君が悪いんだよぉ?ちゃんとおじさんの質問に答えてくれないから」
べろりと、頬を舐められた。
「―――っ」
「ああそうか、緊張してるのかな?大丈夫だよボクがほぐしてあげる」
舞花の腹を撫で、伝って、胸へ。
乱暴に、握り潰すように揉まれる。
何度も、何度も、
「いっ…!」
「ああ、控えめだけど、凄く柔らかいよ。ああ、直接触りたいなぁ…!ねぇ、良いかな?良いだろ?」
「やめ、て……」
恐怖と嫌悪に目を閉じ、舞花は懇願した。
まるで昔の舞花に戻ったような口調。
普段の彼女なら情けないと自分を叱咤していた所だろうが、今の舞花はメッキの剥がれた、ただのか弱い少女だった。
「……………あ?」
「やめて…下さい………」
懇願も虚しく、腹に重い一撃。
胃がひっくり返るような衝撃に、数瞬息が止まった。
「が……ゲホッ、ゲホ、ぐ…!」
嘔吐く暇もなく首を強く握られる。
ナイフが、殺意をもって舞花へと向いた。
「何口答えしてんだよッ!!「はい、お願いします」だろうがええ!?」
「あ……あ…」
「なあッ!?」
目を見開き、狂ったように叫ぶ男。叫ぶ度に首を握る力が強くなり、意識が遠のいた。
限界だった。
もう、まともな思考も無い。
生理的嫌悪よりも恐怖の方が勝っていた。
冷たい地面の上。
舞花は力を抜いた。
――そっか。これは罰だ。
曇りきった闇の夜空を見上げ、思う。
きっと神様が下した罰なのだ。
親友を無自覚に嬲っていた自分への、〝駄目な自分〟への、罰。
自分で自分を罰することが出来ない愚か者に神様が痺れを切らしたのだ。
そうだ。きっとそうに違いない。
咲季を嬲っていた舞花が見ず知らずの男に嬲られる。何とも皮肉で相応しい罰だ。
神様も中々意地が悪い。
そう思うと不思議と笑えてきてしまう。
荒れ狂った波のようだった頭の中が今は凪いだ水面のようだ。
――死ぬ事が許されないなら、さっきみたいに、結局死ぬ事に恐怖があるなら、
「
――お父さん、お母さん。これでアタシはやっと〝良い子〟かな。
……………………………………。
………………………。
……………。
…。
―――城ヶ崎!
ノイズがかった意識の中。
誰かの声が聴こえた気がした。
# #
近くで男の怒号が聴こえた。
誰かと言い争っているような声。
スマホのライトを前に向け、俺は声の聴こえた方へ走る。
凛から聞いた不審者の話を思い出した。
刃物を持った男が彷徨いているという話だ。
もしかしたら。そんな最悪な想像を働かせ、ただひたすらに道の無い雑木林を進み、
「城ヶ崎!」
名前を叫んだ。
すると、そう遠くない場所でまた、慌てたような男の声。さっきの怒号と同じ方向からだ。
額から流れ落ちる汗も気にせず、全速で駆けた。
そして――
「城ヶ崎!」
見た。
ライトを当てた先。
暗闇に紛れるような黒いジャージ姿で刃物を持った男と、それに跨られ、ボロボロの上衣を肌けさせた少女の姿。
「――――――――っ!!」
考えるよりも先、身体が動いた。
全速力のまま、固まっている男へと向かい、
「ど、けぇっ!!」
受け身など度外視のタックル。
「ぎゃ、」と爬虫類じみた声を吐いた男と共に雑草にまみれた地面を転がり、近くにあった木へと一緒に激突した。
手にしていたスマホが地面に落ち、ライトの光が周囲を照らす。同時に男が持っていたナイフも手から滑り落ち、俺の目の前へ。
「…ゲホッ、ゲホッ!……最悪の想定が、こうまで当たると、怖くなるな…くそ」
息切れしながら独りごち、ナイフを彼方へと放り投げた。
クラクラする頭を無理矢理起き上がらせ、城ヶ崎の元へ。
「大丈夫か?」
しゃがみ、倒れている城ヶ崎を肩を支えて起き上がらせ、様子を窺う。
「な、……え…」
顔色は蒼白。それだけで、どういう事をされていたのかは想像に難くなかった。
「……大丈夫なわけ無いよな」
とりあえず目に毒な肌けた上半身を隠すため、無事だったブラウスのボタンを締め直す。流石に俺の汗だくのTシャツを着せるわけにはいかないだろう。
「一応確認するけど…」
言ったその時、背後で地面を蹴る音。
振り向き、襲ってきた拳を左腕で受け止め、空いた右腕で思い切り殴りつける。
襲いかかってきた男は腹部を押さえ、蹲った。
「う、ごぉ!」
「痛っつ…こいつ、城ヶ崎の知り合いでもなんでもないよな?」
受け止めた左腕を振り、痛みを逃がす。
「………………」
「城ヶ崎?」
「え、あ、……う、…う……ん」
放心しているのか、鈍い反応の城ヶ崎。状況に頭が追いついてないって感じだ。
……無理もないだろう。
スカートの方は目立つ汚れや傷等が無いから最悪中の最悪の事態にはなっていないようだが、髪は乱れ、顔は殴られたような痕。そして上衣はボロボロ。
身体は一応無事とは言え、心は相当なダメージを負っているはずだ。
赤坂さんによって咲季の事も知った後だろうし、かなり心配だ。
最悪なタイミングで変態野郎も引き当てるとは。にわかには信じ難い偶然だが、赤坂さんにもそこまで操作できるわけが無いだろうから、本当に偶然なんだろう。
「もう大丈夫だから」
とにかく、安心させるために城ヶ崎に笑いかけ、守るように男へ体を向けた。
視線の先には腹を押さえて蹲る男。
男は俺が視線を向けたのに気づいたのか、顔を上げ、
「何なんだお前ぇぇ!」
忌々しげに言葉を吐く。
「この子の知り合いだ。お前こそ誰だよ。例の不審者って事でいいのか?性欲魔だって情報は無かったはずだけど?」
今すぐスマホで警察を呼びたかったが、スマホは男の後ろ、数メートル先。
まだ剥き出しの敵意を向けている男を無視して取りに行けば俺の後ろの城ヶ崎が何かされてしまうかも知れない。とりあえず様子見だ。
「うるさいッ!!邪魔してんじゃねぇよぉぉ!!」
男が威嚇するように右手を突き出した。
そこには刃渡り十数センチ程のナイフ。
二つ目…。ポケットに隠し持っていたのか。
形状からして、おそらくサバイバルナイフってやつだろう。実物をちゃんと見たことが無いから確信はないけど。
しかし、さっき後ろから殴ってきた時に使わなかった事から、本気で使おうという気は感じられない。
キレると見境が無くなるやつもいるから、警戒だけはしておく。
だが――
「やめろ、見るんじゃない……!ボクを、ボクを、見下してんじゃねぇ!!」
予想に反してそのまま突進してきた。
「………!」
目を見開いた。
どうやらこの男の何かに触れてしまったらしい。
身体に広がる恐怖。
反射的に身体が逃げる動作に入りそうになる。
しかしここで避ければ後ろの城ヶ崎が危ない。だからそんな選択は無し。論外だ。
けど、目の前に迫る凶器への本能的恐怖を打ち消して押さえ込もうなんて素人に出来るはずも無い。高確率で怪我は免れない。俺は痛いのは嫌だ。
「く、」
逃げるのも立ち向かうのも選べないが、どちらかを選ばなければならない二律背反。
だが、それらに基づいているのは俺の信条と心情。
――だったら。
だったら切り捨てるのは―――!
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