第20話 身体目的なんだからさ
人の多い電車内から降り、ホームの階段を駆け足で上り、地元の
俺は辺りを見渡し、目的の人物を探す。
すると、駅中のコンビニの前で小さく手を上げる、灰色パーカー姿のもっさりした黒縁メガネの少女を見つけ、駆け寄った。
「悪い、わざわざ来てもらって」
「いえいえ、ウチの意思ですので」
昨日見た時よりいくらか神妙な面持ち。
目的の人物は城ヶ崎と咲季の共通の友達の、凛だった。
彼女はここ、灯夏市に住んでいる訳では無いが、メッセージアプリでやり取りしている内に急遽、灯夏市に来ることとなったのだった。
「咲季から返事、ありました?」
「その様子だとそっちも城ヶ崎から反応無かったか。こっちも、咲季に誰か見舞いに来てないか訊いたけど駄目だった」
「そうですか」
落胆しつつも予想はしていた。そういう顔だった。
「それにしても、咲季の病気の事を舞花に話しちゃうなんて、お兄さんの知り合いさんには困ったもんですね。メッセージ見た時は目が飛び出るかと」
「俺的には君がそれを知ってた事に驚いたけどね…」
凛が灯夏までやって来たのはこの事が原因だ。
赤坂さんの電話の後、すぐに電車に乗り、凛に連絡。内容は『咲季と俺の共通の知り合いが城ヶ崎に余計な事を言ってしまったらしい』『それで昨日みたいにパニックになってどこかに行ったみたいだ』というもの。
すると凛から『余命の話ですか?』と返信。『知ってたのか』と驚く俺に、『とりあえず詳しい事は会ってから話しましょ』という流れになり、今に至る。
彼女の口調は冗談めかしたようだが、こうやってわざわざ来ているのは本気で友達を想っての事なんだろう。
「咲季はなーんにも言ってくれなかったんで、勘でしたけどね。なんて言うか…長くないのかなって。舞花の話と咲季の態度からの予想ってやつ?昨日の話と、さっきのお兄さんへのカマかけでやっと確信に変わりました〜」
「カマかけだったのかよ……」
大胆な事をするやつだ。
まあ、それだけ確信に近かったって事だろうけど。
これだけ冷静な態度でいるってのも事前に心の準備があったからなんだろう。
「まあそれについては一旦置いておいて……一応訊きますけど、お兄さんは舞花がどこ行くかとか、心当たりって…」
「無い。会って数日しか経ってないし」
「ですよね〜。いやぁ、まずいですね」
「キミもまずいと思うか?」
「まずいですよ。昨日の見たでしょ?あの子、私達の事になるとメンタル豆腐ですから。しかも今回は舞花が弱ってる上に普通の人でも割と心にくる事実を突き付けられたわけで。どうにかなっていない方がおかしいです」
「まあ、だよな」
加えて灯夏市は駅を離れると街灯が少なくなるからか、不審者も多い。凛が言うには刃物を持った奴が彷徨いているらしいし、本格的に日が落ちた今、女子が一人でいるのでさえ危険だ。
外も内もレッドゾーン。警察に頼るまではいかないにしても、すぐにでも見つけ出さなければならないだろう。
「けど探すって言ってもどこかに当たりをつけないとな…」
「とりあえず一緒に行動しましょう。これでもウチ、女子なので〜」
「頼りにしてますよ〜」とニヤニヤ。
マイペースなやつである。
「それに、これから向かう所は、ウチがいた方が楽ですからね」
「城ヶ崎が行きそうな場所知ってるのか?」
反応を見るに、てっきりお手上げ状態かと思ってた。
予想外の言葉に驚いて訊くと、
「いえ、行きそうというか、必ず帰ると言いますか、心当たり無いから最終手段と言いますか…」
「は?」
「ま、ついてきて下さい」
#
街灯の少ない田畑ばかりの道を通り、十数分。
俺の家の前を通って辿り着いたのは、俺も見覚えのある場所だった。
「……当たり前過ぎて逆に盲点だった」
住宅街と呼べるくらいには景色に家が増えてきた所で現れた六階建ての赤レンガを模したような様相のマンション。
それぞれの部屋から漏れる明かりが閑静な住宅街へ降り注ぐようだ。他に大きい建物がないからか、無駄に目立って見える。
そんな、城ヶ崎が住んでいるマンションの前に、俺と凛は立っていた。
つまり自宅である。
確かに普通ならまずここを当たるべきだ。
だが……
「家にはもうとっくに連絡したもんだと思ってたんだけど、違うの?」
「あは〜」
「なんだよその笑い」
「やー、そのですね。ウチだけで話したら情報引き出す前に電話が終わっちゃいそうな気がしたので」
「?」
どういう事か全く分からない。
「それに
「あー」
それは納得。
確かに幼馴染みとか、特別仲良く無いと友達の家の電話番号なんて分からないか。やり取りは全てスマホで済むし。
「というわけで直接ここに来たのです。お兄さん一人に行ってもらっても良かったんですけど、こんな時間に男一人で来たら超不審者でしょ?」
「なるほどね…。何号室かは知ってるの?」
「それはばっちりと。お邪魔した事あるんで〜」
そう言って堂々とエントランスへ入る凛。俺も後に続く。
エントランスは周りの壁や床が石で作られているせいか少しひんやりとしていた。上部に並ぶように取り付けられた灯りが橙の光を放ち、落ち着いた雰囲気を醸している。
以前城ヶ崎を送っていった時は中にまで入らなかったから、無意識に視線があちこち移る。
挙動不審の自分に気づき、本当に不審者だなと苦笑し、視線を凛の方へ。
「あ、鳴らす前に、二ついいですか?」
「なに?」
エントランスの壁に取り付けられた呼び出しボタンに手をかけた所で、思い出したように凛が言った。
「〝ハズレ〟だった場合嫌な気分になると思いますが、我慢です」
「…いきなり何?」
「まあまあ、それは追々。で、二つ目」
「ここ重要ですよ〜」と乾いた笑いを浮かべ、
「ウチが突っかかりそうになったら止めて下さい」
「…嫌な想像しかできないんだけど」
「まぁ、〝アタリ〟であれば問題無いので、それを願いましょう」
どこか無責任に言い捨て、〝401〟を押して呼び出しボタンを押した。
『は〜〜い、どなたですかー』
応えたのは、若い女性の声。いや、若い女性というよりは、女子と言った方が自然か。城ヶ崎の姉か妹だろうか。
「………」
横に並び、凛の顔を見遣った。
指でバッテンを作られる。
どうやらハズレを引いたらしい。
「あのー、私、城ヶ崎舞花さんの友人の者ですけど〜。舞花さんいらっしゃいますか?」
『舞花の友達…?あー。あの時のメガネ』
愛想の良い声が一転、ぞんざいなものへと変わった。
二人の間で何かがあったんだろう。明らかな確執が感じられた。
「その節はど〜も〜。それで、舞花は居ないでしょか?」
『まだ帰ってないけど?』
今すぐにでも通話を切ってしまいそうな雰囲気。口調。
俺は慌てて口を挟んだ。
「遊ぶ約束してたんですけど、時間になっても全然来ないんです。心当たりとか無いですか?」
『は?誰あんた?男?』
「そですそですー。この人心配性で〜。舞花の彼氏なんですけどぉ〜、ちょっと話に付き合ってあげて下さい」
「ちょ、」
何勝手に彼氏なんぞと…。
抗議の視線を送ると、凛は手を合わせてごめんなさいのポーズ。
どう訂正したものかと思っていると、エントランスの自動ドアのロックが外され、ゆっくりと開いた。
「ね?」
何が「ね?」なのか分からないが、ともかく、家の人が詳しく話を聞いてくれるという意志を示してくれたらしい。
少し文句を言ってやりたかったが、今はともかく自動ドアをくぐった。
「なんでいきなり俺たちを通す気になったのかね?かなり面倒くさそうだったのに」
「ウチが餌をあげたから興味が出ただけじゃないでしょうかね〜」
「餌って、〝彼氏〟?」
俺を指差し、問う。
凛はケラケラと笑い、
「ダシに使ってゴメンなさい」
「全然誠意見えねーな…」
「まーま、結果オーライって事で。これからもっと嫌な気分になるのに。そんなんじゃ血管切れますよ?」
進み、エレベーターの前へ。
ボタンを押すとすぐに開き、中に入る。次いで、四階のボタンを押した。
「………さっきからやたら不安を煽ってくるけどさ、あの人何かあるの?」
「単純に性格悪い」
「それだけ?」
「あとは、百聞は一見にしかずってところ?」
「なんだそれ…」
釈然としない気持ちになりつつ、橙の光が差す廊下を進み、401号室の前に。
インターホンを押した。
「はいは〜い」
扉越しのくぐもった声の後、すぐに扉が開いた。
「こんばんは〜」
「ああうん、どーも」
凛の間延びした挨拶に敵意を滲ませた声で返したのは、少女。
見た目からして凛や城ヶ崎と同じか少し下か。
少し濃いめのメイクに、つけまつ毛。ウェーブのかかったブロンドの髪を肩の辺りで二つ結びにしている。
身長は凛と同じくらいだ。160くらいだろう。
この手の女子特有の威圧感というか、こちらを下に見ている感じが滲み出ていて、城ヶ崎とはまた違った攻撃性がありそうだ。
「…それでこっちが…はっ、ねェ、ナナ。おいでよ。舞花の男の趣味クッソ微妙!ウケる」
「……………」
俺の顔を見るなり、笑いながら部屋の奥へ向けていきなりの失礼発言。
しかめっ面になりそうになるのをすんでのところで堪えた。
「マナうるさーい。今コー君と電話中」
遠くから返ってきたのは目の前の少女と良く似た声。姉妹だろうか。
思っていると「双子の姉妹なんです。ちなみに舞花の妹」と凛から耳打ち。なるほど。
妹なのに城ヶ崎より明らかに背が高いなという感想は言わないでおいた。
「いや、ホント、コー君の次がこれかよって突っ込みたくなるよマジで!むしろコー君に失礼!」
「………………………」
よく分からない身内ネタを喋っているが、今はそんな話を聞きに来たわけじゃない。
俺は一つ咳払いし、
「…それで、少し訊きたいんですけど、舞花さんがどこかに行ったとか、心当たりありませんか?」
「エー。そんな事より舞花との話聞かせてよ。そうだ、アイツちょーメンヘラでしょ?そこんとこどうなの?てか知ってる?あ、むしろそれが良いとか?」
「いや、だから今は…」
「そんなワケ無いか。じゃあ顔だ。アイツ顔は良いもんね。ヤりたいから付き合ったんしょ?だけどあのメンヘラ返品不可だよ?フったら最悪刺されるかも!」
きゃはは、と愉しそうにに笑う少女。
好きじゃない笑みだ。嗜虐的で、悪意の混じった笑み。
「そういうのは後でいくらでも話すんで、とにかく舞花さんがどこに行ったとか、知ってたら教えて欲しいんですが」
俺が無愛想な態度で言うと、少女は気を悪くしたのか、つまらなそうに鼻を鳴らし、
「……知らない。朝ガッコー行くとこは見たけど、帰ってから見てないし」
「じゃあ、家出した時に良く行く場所…とか、ないですか〜?」
凛が横から割って入る。
不自然に出てきた〝家出〟のワードに意識が傾くが、それが良かったのか、
「家出…?…あー。そういえば、ナナー!」
「んだようっさいな!」
呼ばれた双子の(妹か姉か分からないが)姉妹が鬱陶しげに叫ぶ。
それを意に介さず、目の前の少女は笑いながら、
「どこだっけ、ホラ、舞花がキレて家飛び出して行った時アイツが立ってた場所。幽霊かよって言ってたじゃん」
「あー。桜並木がある所でしょ。夜は滅茶苦茶不気味な所。あそこで夜、桜見上げてたんだよ。マジでホラーだった。で、めそめそ泣いてんの」
「そうそうソレ!ありがとー!…だってさ。これで満足?カレシ」
「……ああ。まあ」
この双子の態度。言葉から滲み出る悪意。
それらに引っかかりと不快感を覚えつつ、その感情を出さないようにそう短く応えた。
しかし直後、少女が俺へと詰め寄る。
「で、舞花はどう?アイツうまかった?」
「は?いきなりなに……」
「身体目的なんだからさ、もうヤったんしょ?」
「はぁ?」
「ちょ、反応ちょー初心なんですけど!もしかして童貞?きゃは!メンヘラとお似合いじゃんウケる!」
笑う少女。
対してこちらは不快感が膨れ上がっていく。
なんなんだこいつ。
俺を通して、城ヶ崎の事をとにかく馬鹿にするような言葉の数々。
城ヶ崎の姉妹じゃないのか?
〝きょうだい〟の事をなぜそうも悪く言う?
ある程度なら理解出来るが、少女のそれは度を越している気がする。
なんというか、〝きょうだい〟に対する情というか、そういうものが欠けた態度、言動なのだ。
敵意が表に出そうになったその時、俺の手が思い切り横に引かれ、たたらを踏んだ。
「あーはいはーい。ご協力ありがとうございました〜。それじゃあウチらはこれで〜」
「は?ちょっと!今話して…」
「ごめんなさいねーホント、この通り謝るので〜」
何事か騒ぐ少女に白々しい謝罪をして、そのまま逃げるように俺を引きずっていく。
俺はされるがままに手を引かれ、凛と共にマンションの外へ。
「急にどうしたんだよ」
やっと立ち止まった凛へ問うた。
「言ったでしょ?嫌な気分になっても我慢って。お兄さん爆発しそうでしたけど?」
凛の指摘に反論出来ず、押し黙る。
「いやー、けどま、お兄さんがいい人で助かりました〜。人が怒ってるの見ると冷静になれるものですね、ホント」
「正直あれには怒って良かったと思うんだけど」
「あは、あのクソビッチ共怒らせたら大変な事になるので」
笑っているが冗談の混じらない真剣な表情。
「大変な事?」
「ま、そこはやんごとなき事情ってやつですよお兄さん。今はそれより桜並木がある場所です。どこだか分かります?」
気になったが、確かにその通りだった。
「ああ。この辺で桜並木って言ったら、一箇所だけだ。少し距離あるけど、走って行けない距離じゃない」
「さすが地元民〜。じゃあ早速ナビお願いします」
緩い号令に従い、余計な疑念を振り払って走り出す。
凛もそんな態度とは裏腹に、走ってついてくる。
その様子に暖かい気持ちになりつつ、先を急いだ。
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