第19話 アキ君は最高ね
「綺麗で、性格良くて、頼りになって、完璧超人って感じ」
中高であの人――
皆が嫌がる事を率先してやる出来た人。
私生活はあまり見えなくてミステリアス。だけど気さくで壁を感じさせない。
人からの相談事にも嫌な顔一つせず対応。
ほぼ全校生徒に知られるほどの有名人。
完璧過ぎて嫉妬する気すら起きない。
耳に入るのはプラスな感想ばかり。
実際、そういう風に過ごしているんだろう。
一概に言うならばそれは正しい評価だ。綺麗で、皆に優しくて、敵を作らない。間違ってはいないだろう。
しかしその反面、俺に対しての嫌がらせを嬉々として行うのもまた事実。
どうしてああなったのか、分からない。
分からないから、理解出来ないから、怖い。
少なくとも小学生の時までは違かった。どちらかと言うと内向的で、人の後ろに隠れているような大人しい女の子だった。決定的に変わったのは、中学生になってから。俺と赤坂さんの関係が壊れた、あの時期だ。
『そう、ね。私は、おかしくなったの』
決定的な決別となったあの日、彼女は言った。
笑っていた。
諦念を含んだ笑み。人間らしい笑みだった。
以来、赤坂さんの〝本当〟は翳り、見えなくなっていって、代わりにあの張り付けたような微笑を俺に対しても浮かべるようになる。
面でも付けているかのような表情で知人達に囲まれ話している姿は、まるで滑稽な演劇でも見ている気分にさせられた。
いつも一緒にいた幼馴染は、遠い存在になった。
理解の範疇を越えた誰か。
それが今の赤坂結愛――『結愛姉ちゃん』である。
# #
「……………………」
映画館から駅へと続く陸橋の真ん中で、不自然に立ち止まり、スマホの画面を見つめる。
後ろから通り過ぎていく人々の声。駅から漏れ、聴こえる放送。橋の下を走る列車。
全ての音が遠い。
はっきりと聴こえるのは、鳴り続けるスマホのコール音のみ。
目の錯覚だと疑いたくても、画面の《赤坂結愛》の文字は消えず。
背中を冷や汗が伝った。赤坂さんは普段電話を寄越してくる事など全く無いので、必要以上に警戒しているのかも知れない。
いい気分になるわけでもなし、むしろ嫌な気分になるだけなのは分かっているから、とりあえず電話に出ずにそのまま切った。
しかし数秒後、また電話がかかってくる。画面には同じく《赤坂結愛》の文字。
このまま切り続けても延々とかけてきそうだったので、仕方なく陸橋の端に寄り、電話に出た。
「…なんですか」
『こんばんは。声が聴きたくて電話しちゃった』
相変わらずの品のある声。
そのせいで歯の浮くようなセリフも違和感が仕事をしない。
昔は好きだったそんな声だが、今では嫌悪感に似た恐怖の象徴だ。
「無駄話がしたいなら切りますよ」
『問答無用で切らない所が優しいよね』
「そんな事したって今みたいにしつこくかけ直して来るだろ」
『ふふっ。良く分かってる。お姉ちゃん嬉しいな』
思わず舌打ちする。
いつか誰かに、赤坂さんと幼馴染でうらやましいなんて言われた事があるが、冗談じゃない。むしろ金を払ってでも代わってやりたいくらいだ。
それほどにこの絡みつくような空気感が嫌で仕方なかった。
「悪いけど、今はあんたに構ってる暇無いんで、さっさと用件を言ってくれ」
『せっかちだなぁ』
赤坂さんは楽しそうに笑い、
『ええと、何を言おうとしたんだったかしら…』
「おい…」
苛立ちが声に乗る。
しかし言いようのない不安感に駆られ、続く言葉を待ってしまう自分がいた。
『えっと…そうだ。相談したいの』
「はぁ?」
『うーん、ああいうのってパニック障害って言うのかな…けど単純にそれだけってわけでもないよね。……そうね、簡単に言うなら、心の病気の話?』
何を言いたいのか分からない。だけど、漠然とした不安が心を覆っていく。
『とにかく私がしたいのは、そういう人の扱いって難しいよねって話でね?』
「…そうかもな。けど…扱いに困るんなら関わらなけりゃいい。それだけだろ」
相談という
『そんな事を言いつつ、アキ君は優しいからなぁ。きっと、少しでも情があったら見捨てられないんでしょう?』
「さっきから何が言いたいんだ?」
回りくどい態度に腹が立った。
だからこの人の相手は嫌なんだ。さっさと言え。
『城ヶ崎舞花さんって、知ってるよね?』
「っ!」
不意打ち。
思わず耳に当てていたスマホを落としそうになった。
なぜ。何で。このタイミングで城ヶ崎の名前が赤坂さんから出る?
咲季経由で知り合ったのか?それとも元々の知り合い?
疑問が渦巻く中、鈴のような声が続ける。
『私、少し余計な事言っちゃったみたいで。それであの子、凄く取り乱したの。まさかあそこまで病的な反応をされるなんて思わなかったな』
わざとらしい口調の言葉にまさかと、最悪の想像働かせた。
城ヶ崎。行方不明。赤坂結愛。〝余計な事〟。
これだけ揃えば最悪のシナリオが頭に浮かぶだろう。
「あんた…城ヶ崎に何かしたのか」
『特別何かしたってわけじゃないの。ただ、仲間外れは寂しいじゃない?』
その言葉で、確信に変わる。
「まさか…」
『咲季ちゃんの病気が治ったらああしたい。こうしたいって、ありもしない未来を語るものだから、それが痛ましくて、見ていられなくて。教えてあげたの』
電話の向こうで、悪魔が笑うのが分かった。
『〝咲季ちゃんに未来なんて無いよ〟って』
「――――――っ!!」
聞いた瞬間、頭の中が一瞬で煮えたぎる。
敵意。憎しみ。怒り。悲しみ。
それらが入り交じった汚濁のような黒い感情が頭を満たした。
「て、めぇ…!!」
何でだ、何でそんな事をする!
咲季の余命を知れば、不安定な城ヶ崎がどうなるか分かったものじゃない。少なくとも昨日の様子見るに、まともな精神状態でいられないのは確かだろう。
〝まさかあそこまで病的な反応をされるなんて思わなかった〟?
そんなわけない。こういうわざとらしい言い方をする時は大抵故意的だ。
『あら、アキ君、怖い』
「城ヶ崎はどこだよ!どうなってる!」
『さぁ?』
「ふざけんな!冗談で済む問題じゃないんだよ!」
『だって、言った途端どこかへ駆け出して行ったんだもの。どこにいるかなんて知らない』
「っの…!」
どうして、いつもこの人は、俺の周囲を引っ掻き回していくんだ…!
昔の、〝結愛姉ちゃん〟はそんな事しなかった。
少し内気で、寂しがり屋で、甘え癖があって。
だから、人を傷つけて笑えるような人間じゃ無かったはずなんだ。
「どうして……」
悲しみをぶつけるように絞り出した声。
しかし、それを嘲るように赤坂結愛はくつくつと含み笑った。
「何笑ってんだ!!」
『いやぁ、うん。あのね?今の、あの時のアキ君みたいだなぁって』
「あぁ!?」
『ホラ、口調もまるで中学生の時みたいに戻ってるよ?』
あまり思い出したくない時期の話。
一生の汚点として刻まれた中学時代の俺。
その頃に戻っていると言われ、思わず押し黙ってしまう。
しかしそのおかげで、いくらか冷静さを取り戻した。
『誰かのために本気で悩んで、怒って。けれど報われなかった可哀想なアキ君。今度は、どうなるかしら?』
愉しそうな声。
それに混じり、音割れした音楽。
おそらく市内放送だ。音楽からして俺の地元のもの。
つまり少なくとも城ヶ崎は俺の家からそう遠くない所にいる。
『なーんて。ふふ、柄にもなくはしゃいじゃった』
「……あんたは、最低だ」
『アキ君は最高ね』
俺を逆撫でするような返し。しかしこれ以上思うツボになるつもりはない。
激昂すればするほど、この人を喜ばせるだけだ。
俺は深呼吸し、
「わざわざ知らせてくれてありがとう。じゃあな」
嫌味ったらしく言って、電話を切った。
せめてもの抵抗だったが効果は無いだろう。
スマホをポケットにしまい、額を押さえる。
「ああ、嫌な事思い出した…」
中学生の時の嫌な記憶が頭を掠めて頭を振る。悪ぶって他人に噛み付いて、動物みたいに喧嘩ばかりしていた。そんな過去。
「あぁ、違うだろ…」
今は黒歴史なんて振り返っている場合じゃない。城ヶ崎が心配だ。
年上に対する礼儀を忘れたような奴だし、よく知った仲という訳でもない。あまり得意なタイプでも無い。
けど、咲季の友達だ。それに、
「一度でも関わったんなら、無関係じゃないだろ…」
駅までの道を走り出す。
馬鹿だと言われようとも、そう簡単に自分の生き方を変えることはできない。
誰だってそうだ。
――それなら、
赤坂さんも同じなんだろうか。
変えたくても変えられないと、そういう事なのだろうか。
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