第13話 かな〜りウザいんですけど


 咲季の高校の校門前の高架下に俺は居た。

 時折頭上を通る電車の音が煩わしかったが、数十分もそれを聞いていれば何とも思わなくなるもので。人間の慣れは凄いなと一人で感心し、スマホに目を落としているように見せつつ、チラチラと校門から出てくる顔ぶれを確認。


 やっている事気持ち悪いなと思うが、仕方が無いのだと言い聞かせ、俺は城ヶ崎が出てきてくれるのを待っていた。


「咲季と何があったのか訊くだけ…変態じゃない。ストーカーじゃない」


 何故校門で女子高生を出待ちするという不審な行為を俺がしているのかと言うと、城ヶ崎に昨日何があったのか問いただすためだ。

 咲季に訊くのはストレス面を考えるともう出来ない。

 だから選択肢はこれしかなかった。

 しかし、下校する高校生から時折刺さる「なんだこいつ」みたいな視線が痛すぎる。

 そのうち通報でもされるんじゃないかとびくびくしていると、


「あ」


 目的の人物が視界に入った。

 しかも、向こうも気付いたのか、足早に校門をくぐり、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。

 そして目の前に立ち、険のある表情で俺を見上げる。

 相変わらずの色素の薄い髪に幸福の象徴である青い鳥のヘヤピンがとめられているが、本人の表情が幸せなんぞクソ喰らえといった具合なのだから、何ともアンバランスである。

 隣には城ヶ崎の友達と思われる野暮ったいイメージの黒縁眼鏡の女子。身長は城ヶ崎より10センチ近くは上だろう。女子にしては身長が高い咲季(165センチ)よりかはいくらか低いものの、城ヶ崎の身長が低すぎるため、先輩後輩に見えなくもない。が、雰囲気的に友達で間違いないと予想。

 こちらの女子も値踏みするような視線を向けてきていた。

 初っ端からやたらと警戒されている事に焦りつつ、場を和ませようと口を開いた。


「やあ。よく会うね」

「…」

「奇遇だね」

「バカにしてる?」


 城ヶ崎の表情がより険しくなった。


「少しだけ……いえ、ごめんなさい、冗談です。なんかやたら警戒されてるから空気を和ませようとねだから鞄振りかぶらないで下さいお願いします暴力は何も生まない」


 キレ気味の城ヶ崎を手で制しつつ、隣の少女をチラリと見遣る。すると向こうと目が合った。


「あ、ウチはこの子の友達でりんって言います。どうも〜」

「あ、うん、どうも…」


 やる気(と言うのも変だが)無しの声で自己紹介。

 何故下の名前だけを?と疑問に思ったが、もしかしたらかなり警戒されてるのかも知れない。

 …よく考えたらそうか。校門の前で男が待ち伏せるように待っていたら、少しは警戒もするだろう。城ヶ崎も少し警戒しているようだし。


「ところでお兄さんはどなた?この子の彼氏?」


 フレンドリーに、しかし気怠げな声色で、少女――凛が訊く。


「いや違う。全然全く」

「うわ〜、結構バッサリ言い捨てますね」

「………」


 城ヶ崎から何か言いたげな視線を頂戴するが、何だかよく分からないのでとりあえずスルー。


「俺は…」

「この人は咲季のお兄ちゃん。ほら、あの〝シスコン兄貴〟の」


 俺が説明するより先、城ヶ崎が紹介してくれる。説得力が増すので助かったが、


「ん…?あ、あ〜!あの!あの〝シスコン兄貴〟!」

「ちょっと待って、何なの?君も知ってるのそれ?なんでそんな「お馴染みの」みたいな感じなの?そんなポピュラーなワードなのそれ?」


〝シスコン兄貴〟のワードが引っかかって突っ込む。


「確かに、言われてみれば送られてきた画像と同じ顔してる」

「ちょ、俺の画像拡散されてんの?」


 聞き捨てならない新事実が飛び出した。


「咲季と交流ある子は大体?話自体だったら学年の女子ほとんど知ってるんじゃないですか?」


 なんてことも無いように言うが、単純に言うなら俺をネタにして校内をまわっていたって事だろう。

 咲季にガチ切れしても問題無いレベルの案件じゃなかろうか。


「ちなみにどんな事吹聴してた?」

「………………」

「……なんで目を逸らす?」

「…………」


 一向にこちらを見てくれない凛。


「あのー城ヶ崎さん、代わりに答えて。この沈黙の意味を教えて」

「…………………………前言ったじゃん「毎日私の傍を離れてくれない〜」みたいな事だって」

「おい、前半の間はなんだ。絶対他に何かあるだろ!」


 城ヶ崎へ向き直って問い詰めようとすると、凛が「しょうがない」といった具合に息を吐き、


「………一例としましては…うなじ…」

「うな…?お、おう」


 急に話してくれた事に驚きつつ、振り向いて続きを待つ。


「咲季のうなじを……あむあむ…」

「は?」

「がじがじしてくると…」

「は、はあっ!?」


 とんでもない風評被害に今度は凛へ詰め寄った。


「あ、すみません、ちょっと、来ないでください」


 素早く後退る凛。


「信じてんのか?そんなもん信じてんのか!?」

「あむあむされる〜。舞花、守って」


 叫ぶ俺をするりと躱し、回り込んで城ヶ崎の後ろへ。

 その様子を見た城ヶ崎は嘆息し、


「凛。いけそうだと思ったらすぐにからかうのやめなって」

「……はいは〜い」


「あは」と空気の抜けたような笑いと共に、城ヶ崎の背後からのろのろと出てくる。


「お兄さん、安心してください。冗談です」


 凛はニヤけた顔を一転、真剣な表情へ。


「ネタでお兄さんがうなじをあむあむしていると吹聴されているのは事実ですし、そのせいであむあむ星人と呼ばれているのも事実ですけど、誰も本気にはしてませんから」

「安心出来る要素ほぼねーし!ていうか聞きたくなかったそんな事実!」


 顔は真剣でも全然真剣じゃなかった。


 でもまあ、こんなやり取りをしたおかげで城ヶ崎の張り詰めた空気が少し弛緩したみたいだから、よしとしよう。その点では凛に感謝だ。

 俺は気持ちを切り替えるように一つ咳払いし、


「ところでなんだけど、城ヶ崎借りていってもいいかな。……もしかして遊ぶ約束でもしてた?」

「別に。大丈夫」


 凛への言葉に、食い気味に答えてきた城ヶ崎。なんだか息巻いているように見える彼女を怪訝に思いながら、視線を凛へ。


「あ、ハイ。ウチも別に舞花に用事とか…あ〜、う〜ん」


 凛は何を悩んでいるのか、視線をゆっくりと上へ下へ彷徨わせ、最後に俺を見る。


「やっぱり、ウチも一緒してもいいですか?」

「え…」「は?」


 予想外の言葉に、俺と城ヶ崎が同時に驚きの声を上げた。


「もしかしなくても話って咲季の事…ですよね。それも、明るくない話題」


 どうやら咲季と城ヶ崎共通の友達らしいのは先の会話から分かっていたし、簡単に想像出来ることなので、隠さず頷き、先を促す。


「一応ウチ、これでも舞花と咲季で仲良し三人組やってたんで、ただの部外者って訳でも無いんですよ。だから咲季の事聞きたいです」


 ついてきたい理由は城ヶ崎を心配してか、それともただの興味本位か。

 表情を見る限りふざけているわけでは無さそうだが、凛の事をよく知らない俺には本当の所は判断がつかない。

 しかしどちらにしても、今回は高確率で城ヶ崎にとって嫌な話になる。


「俺は良いけど、城ヶ崎は?多分俺が来た理由とか、察しがついてると思うけど」


 ここは城ヶ崎に判断を委ねるべきだろう。咲季の事を大切に思っているのは分かっているし、あいつにとっても都合の悪い判断はしないはずだ。


 上方で、電車が通る音。高架の隙間から漏れた光が遮られ、辺りが暗くなる。

 光が元に戻った頃、城ヶ崎が静かに頷いた。


 俺はそれに「分かった」と返し、


「かなり面白くない話なのは覚悟してね」


 凛に忠告。

 彼女も分かってるんだか無いんだかよく分からない間の抜けた声で「はい〜」と了承し、ゆっくりと話ができる場所へ移動した。



 #



 やって来たのは近くのファミリーレストラン。藍原高校の周辺には二軒あるが、料金が高くて学生に人気が無い…というのを咲季から聞いたことがあり、ここ、『レーホス』を選んだ。同級生が万が一近くにいたら話すものも話せないと思ったからだ。

 国道沿いに建てられたこのファミレスに学生の影は少なく、会社員や主婦層が多く見られる。


「あぁ、なるほど。ここ、ウチの学校の連中は来ないよね」


 城ヶ崎に同意を求めるように、凛。

 どうやら彼女は俺の意図にすぐ気付いたらしい。


「けどアタシ達お金無いけど」


 店の扉の前まで来て、城ヶ崎は逡巡するように言った。


「ウチも無いと断言されたのはどういう事か訊きたいけど、確かにウチも持ってないです…水だけで粘れと?」


 それに凛が追従し、俺へ奢れオーラを発してきた。

 自分からついてきておいて図々しいくねだってきたなと思ったが、こちらも城ヶ崎に頼み事をしに来た身だし、元々少しは奢る気だったので文句を飲み込む。


「ドリンクバーくらいなら奢るよ…」

「おつまみもお願いします〜」

「…あんまり高いのは無しね」


 凛とそんなやり取りをしつつ店内へ。

 すぐにホールスタッフが来て人数を確認。俺は喫煙席でもなんでも良かったが、二人の事を考え、禁煙席を希望。店内を見る限り空いていたので、案の定すぐに案内してもらえた。

 一番角のテーブル席に通され、城ヶ崎と凛が対面に座る。

 メニューを開くと、すぐに凛の「ポテトでいっか」という言葉があったので、店員を呼んでフライドポテトと二人のドリンクバーを注文。

 城ヶ崎がメロンソーダ、凛が紅茶、俺が水を持ってきた所で、城ヶ崎が口を開いた。


「ていうか、アタシの家知ってるでしょ。そこで待ってればよかったのに」


 不満そうな口ぶり。

 かなりごもっともな意見だった。


「あー、確かに、ね」

「バカなの?」

「うるさい。この際それはどうでもいいの」


 本当は城ヶ崎のマンションの近くだと母さんに見つかって面倒な事になりかねないからこっちで待っていた訳だが、そんな家の事情を話す必要は無い。俺が間抜けだったという事で納得してもらう。


「えっと、それで、俺が来た理由は…さっき言った通り薄々気付いてると思うけど…」

「咲季がなんか言ってたの?」


 食い気味の返答。


「いや、具体的には何も。ただ、また色々あったっていうのは雰囲気で分かった。だから教えて欲しいんだ。二人の間で何がどうすれ違って、喧嘩してるのか」


 今度は「喧嘩じゃない」といった不満の声は飛んでこなかった。

 ただ「何も言ってないんだ」と安堵したような呟きがあっただけ。


「あいつ平気そうに振舞ってるけど、絶対に悩んでる。だからなんとかしてやりたい」

「…それは、咲季に頼まれたの?」

「いや、これは……ただの俺のエゴ」


 痛い所を突く奴だ。

 俺が言い淀むと、それまで静かだった城ヶ崎の雰囲気に険がさす。


「…じゃあ、ありがた迷惑じゃん。アタシと咲季の事情だし。秋春が入ってくる事じゃ無くない?妹の友人関係に口出ししてくるとかシスコン過ぎて引くんだけど」

「シスコンでもなんでもいい。とにかく頼む。第三者が介入すれば上手くいくこともある。一緒に悩ませてくれ」

「……………」


 よほど他人に触れられたくない話題なんだろう。友達らしい凛にも何も話して無いらしい所からもそれが伺える。

 踏み込んで欲しくないからこその拒絶。つまりはそういう事。


「あの〜少しいいですか?」


 イソギンチャクのように頼りない挙手。

 凛だった。


「ウチ的には、頼んでも無いのに自分の友達に会って、関係に干渉してくる親族って、かな〜りウザいんですけど、そこの所、どう思ってます?」

「……それは、俺も気持ち悪いと思う」

「分かっててやってるんですか」


 興味深いとでも言いたげな視線で見つめてくる。黒縁眼鏡越しのその双眸からは城ヶ崎のような突き刺す眼光は無く、ただ吸い込まれてしまうような、静かな水面を思わせた。


 何だか学者に見つめられる実験動物のような気分になり、目を逸らすと、


「……もしかして、そうせざるを得ない事情が、あったりします?」


 図星を突かれた。

 少し焦る。


 咲季がストレスで発作を起こして倒れたから、原因の一つと思われる城ヶ崎との喧嘩について訊きたかったんだ。なんて正直に話そうものなら、城ヶ崎がショックを受けるだろう。

 なんとか誤魔化そうと言い訳を頭の中で構築するが、凛の言葉がそれを遮った。


「なるほどそうなんですね。ああ、誤魔化したりしないで下さいね。誠実な態度、お願いします〜」

「あ、う」


 ふざけてるのかと思うようなやる気のない口調だが、心を読んだように逃げ道を塞いでくる。

 なんだこいつは。エスパーか。


「さもないと妹をダシにしてその友達を狙うクズ野郎として写真付きでネットの海を彷徨う事に…」

「分かった、分かったよ……連れてくるんじゃなかったわ…」

「聞こえてますよ〜」


 聞こえるように言ったんだよ。

 心の中で毒づき、やけ気味にグラスに半分ほどあった水を一気に飲み干した。

 同時に店員がフライドポテトを運んで来て事務的な会話を済ませて去っていく。

 それを見届けてから、


「…あまり言いたく無かったけど」


 そう前置きし、不本意だが事情を包み隠さず話した。

 咲季がストレスが原因で発作を起こした事。

 俺が城ヶ崎と何かあったのか問い詰めようとした時にそれが起こった事。

 そして前々から友達と何かがあったと思わせるような素振りがあった事。


 それを話している内、城ヶ崎の顔が段々と青ざめていくのを見て罪悪感を覚えながらも全てを話し切った。


 話し終わって数秒、重苦しい沈黙が場を包む。

 だから言いたく無かったんだと心中で文句を言っていると、


「つまり、このまま舞花と喧嘩したままじゃ、咲季の身体に障るから仲直りさせたい。そう思ったからここまで踏み込んでる。って事です?」

「…………」


 顰め面で意味もなく窓の外を見る。

 こいつ苦手だ。

 見透かすような目。自然と場の空気を支配してしまうこの感じ。あの胡散臭い笑顔で毒鱗粉を振りまく性悪女とどこか通じるものがある。


「アタシ…の、せい…」


 そしてほら、やっぱり。気が強いくせして妙に優しい城ヶ崎がこの世の終わりみたいな顔をしてしまっただろうが。


「あー、っと、誰のせいとか、そんなのはこの際置いておいてくれ。というか、それを言ったらほとんど俺のせいだ。直前に咲季に根掘り葉掘り聞こうとしたから」

「…で、でも」

「お兄さんの言う通り、誰のせいとかそういうのは置いといた方が咲季の精神衛生上良いと思うよ。ま、責任感じちゃうなら素直に喧嘩の事、話すのがいいんじゃない?」


 投げやりな口ぶりの凛。

 なんだかこいつの誘導によって思うように動かされた感が否めないが、正直城ヶ崎の心情を度外視すれば助かったのは事実なので黙っておく。


「……………」


 城ヶ崎は俯き、ゆっくりと顔を上げる。

 さっきかなり拒否していた分、まだ少し抵抗があるようだ。だから、


「改めて、お願いします」


 もう一度頭を下げた。


「分か、った」


 思い詰めたような表情になりつつも、城ヶ崎は頷き、事の顛末を話し出した。







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