親友の部屋でスクリュードライバー

相内充希

親友の部屋でスクリュードライバー

 まったく冗談じゃないわよ、あのくそ上司!!

 悪いことはみーんな人に押し付けて、おいしいところはみーんなもってっちゃてさ!

 女だからとか若いからとか、全然理由になってないっつうの!!


「荒れてるねぇ」

 むしゃくしゃしてる私を見て、笑いながらサキが言った。

「まあね」

 会社帰りに高校からの友人サキの部屋に寄った。

 サキの部屋はなんだかとても落ち着くのだ。

「今日ご飯食べていくんでしょ?」

「うん、そのつもりで来た♪」

「ちゃっかりしてるねぇ」

「だってサキの料理おいしいもん」

「そう言われると、腕を振るわないわけにはいかないなぁ」

 そういって小さなキッチンに立つサキは、てきぱきと魔法のように料理を作っいく。

 優しくてお料理上手で、笑顔もかわいくて。ほんと、嫁にほしいくらいだわ。


「会社でね、最近ストレスためまくっちゃってんのよ、私」

 パパっと出てきたポテトサラダと、ニンニクの利いたペペロンチーノに舌鼓を打ちつつ、ちょっと愚痴ってみたりする。


 最近、仕事がうまくいかない……。

 失敗してるわけじゃないんだけど、ちっともおもしろくない。

 少し前までは楽しくて仕方がなかった。仕事は大好きだから……。でも……。


「人事異動で上司が変わったんだっけ?」

「うん」


 新しい上司は、はっきり言ってきらい。すごくずるいし、全然認めてくれない。それは別にいいけど、同じ仕事、ううん、それ以上のことを私がしても、巧妙に自分がひいきしている人間の手柄にしてしまう。結局自分にゴマすってくれる人間だけがそばにいればいいだけ。


 今日の出来事を思い出し、すこし目頭が熱くなる。

 あれは、本当は私の企画なのに……。

 悔しいのか哀しいのかわからない。

 でも、私はゴマをするなんてできない。まちがってることや、もっといいアイデアがあるのに、それを隠してあなたが正しいなんて言えない……。

 不器用なんだろうか?

 女なんだから、仕事なんて適当に、さっさと嫁にでも行ってしまったほうがいいんだろうか?


「そう言われたの?」

「ま、ね」


 いつか誰かと結婚しても、仕事は続けたいって思ってる。

 でも、このままじゃ逃げ出してしまいそうな自分がいやだ。


「はい、どうぞ」

 サキがコトンと、ローテーブルにグラスを置く。

 そこにはなみなみとオレンジの液体が入っていた。

「オレンジジュース?」

「ま、飲んでみてよ」

 のど越しのいいオレンジジュース。でも、これ……。

「スクリュードライバーだよ」

 にっこり笑いながらサキは言った。


「スクリュードライバーの別名って知ってる?」

 乾杯しながらサキが言った。

「え、知らない」

「レディキラーだって」


 女殺し?

 どうみてもオレンジジュースにしか見えない、飲みやすいスクリュードライバー。殺すようには見えないよ?


「飲みやすいでしょ? それで甘く見て飲みすぎると足元をすくわれるってこと」

 はーん、なるほどねぇ。

 甘く見てると危ない、か。

 たしかにこれ、ベースはウォッカであまり癖もないけど、飲みすぎたらやばいわよね。ふむ。私も甘く見られないよう、頑張れってことかな。


 エールに嬉しくなって顔を上げると、いたずらっぽく笑ってるサキと目があった。

 気のせいか、少し熱を帯びたその視線に頬が熱くなる。

 あれ。私、もう酔ったかな?


 なんとなく照れくさくなって、グラスを置くと、瞬間ふわっと体が浮き、私のにサキの顔があった。


「こんな風にね」


 サキの言葉に、ようやく足をすくわれるという言葉と今の状況がつながる。

「男の部屋で無防備すぎるよ?」

「えっと……サキ? ……正樹まさき……くん?」


 頭の後ろと横に、サキこと正樹の手がある。

 えーっと、これってもしかして床ドンってやつだろうか。

 これは私、口説かれてるの? 説教されてるの?


 親友の突然の豹変に、心臓をバクバクさせながらも、どこか冷静に彼の顔をなぞるように見つめる。細いけど男の子だなぁ。

 可愛い笑顔が、真剣な顔をすると男っぽくなるんだなぁ。

 どこか遠い出来事みたいにそんなことを考える。

「正樹の部屋は居心地いいもの」

 わざときょとんとした顔を作って彼を見つめると、苦笑いされる。

 その隙をついて、私はくるっと体勢を入れ替えた。


「は? え?」


 不意を突かれて驚く正樹に、ふっと笑みがこぼれる。

 本気を出されたら力ではかなわないけど、まだまだ甘いわよ。

 男兄弟に挟まれて、取っ組み合いのけんかもしてた子供時代が役に立ったわ。


 うん。普段見ない角度の正樹もいいな。

 サラリとこぼれた私の髪が正樹の頬をくすぐるのを見て、クスリと笑って身を起こす。


「だーめ。そんな口説き方じゃ30点。ニンニクたっぷりの料理のあとに襲うなんてなし」

「だってお前、ペペロンチーノ好物でしょ。俺も食べてるんだから一緒」


 そう言いながら身を起こし、私の手首の内側に口づけてくる。

 いきなり正樹が「男」に見えて、全身の血が逆流しそう。


「と、とりあえず今日は帰ります。サキのに悪いし」

「な! だからそれは誤解だって!!」


 いつも一緒にいる男友達を揶揄すると、真っ赤になって否定してくるけど、そんなの知ってるよ。ただ、正樹が私を「女の子」として見ていることにびっくりしすぎて、気持ちが追い付かない。いつも連れてた女の子は、小さくて華奢で、私とは違うタイプばかりじゃない。


「それに! アルコールはいってるから、こうゆうのはなし!」

 ビシッと指を立てて言い切って、カバンを手にし、いそいそと玄関に向かう。


「ニンニクとアルコールなしなら、本気にするの?」


 いつもと違う、少し硬い声にびっくりして振り返る。

 永遠に友達だって覚悟を決めてた人なのに。


「そ、その時に考える! ご飯美味しかった、ごちそうさま。おやすみ!!」


 真っ赤にゆだった顔で、私がアパートのに帰ったあと、

「あの俺殺し」

 と同じく真っ赤になった正樹がつぶやいてたことを知るのは、もう少し後のお話……。



 






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