第348話 機嫌のいいキャノン

side クラーク


「よう。こっちから来てやったぜ」

「きゃ、キャノン先輩!」


 昼休みになると俺が望んでいない来訪者が姿を見せた。あの動物園の件以来、俺から近づくことはなかったのになんでここまで――


「それで。用意は出来たか?」


 キャノンがニコニコした顔で俺に聞いてきた。用意? い、一体何のことだよ。


「えっと、用意というと?」

「あん?」


 キャノンの目つきが変わった。とんでもない重圧を放ちながら俺を睨んでくる。じょ、冗談じゃない。なんで俺がこんな目に……。


「財布」

「へ?」

「財布だよ。お前、そういう約束だったよなぁ?」


 キャノンがニヤリを口角を吊り上げた。それで思いだした。いや寧ろ俺がそれはきっと何かの冗談だと思いたかったんだ。


 だけど違った。この人はマジだ。


「す、すみません。まさか本気だったなんて」

「あん? つまり俺が適当言っていたとそういうことか?」

「そ、そんな! 滅相もない! ただ詳しい事は何も言ってなかったし!」


 俺は慌てて弁解した。苦し紛れもいいところだが金づるを失った代わりをしろとしか聞いてなかったのは事実だ。


「あぁ~確かにそうか。ま、本当はそういうのを察して用意するもんだがな。まぁいいか。とりあえず月三十だな」

「え? さ、三十?」

「そうだ三十枚」


 それを聞いて俺の心臓が激しく動き出す。


「えっと、ぎ、銀貨で?」

「あん? 金貨に決まってんだろうが。舐めてんのか?」

「で、ですよねぇ! わかってました! ちょっとした冗談です!」


 くそ! やっぱり金貨かよ! ふざけるな! 毎月金貨三十枚なんて無理もいいところだ!


「それでいつ渡せる?」

「そ、それはその、実はまだ準備が出来てなくて……少し待ってほしいのですが……」


 当然だが本当は拒否したい。だけど、こいつを前にしてそんなこと言えるわけもない。


「……そうか。ま、いいか。お前はラッキーだな。今日の俺はすごぶる機嫌がいい。だから三日待ってやる」

「え? み、三日!」

「そうだ。三日だ。良かったな。一日十五枚集めれば用意できるぞ」


 笑いながらキャノンがとんでもないことを言う。しかも微妙に計算があってない!


「えっとそれだと計算があいませんが」

「あん? んなもん利息にきまってんだろうが。殺すぞ」

「ヒッ!」


 思わず悲鳴が上がった。しかも三日待つだけで利息が金貨十五枚だと! 法外過ぎる! ふざけるなよ! 無理に決まってるだろ!


「なんだぁ、その不満げな顔は?」

「い、いえ。じゅ、準備が整いしだいお渡しさせて頂きます!」


 キャノンが冷たい視線を送ってくるので俺は慌てて頭を深く下げる。


「ならいいさ。じゃあ三日後に俺が直々に取りに来てやる。いやぁ俺みたいないい先輩を持ってお前は幸せだなぁ」

「は、はは……」


 乾いた笑いしか出てこなかった。こんなのに巻き込まれるなんて最悪だ。一体どうしたらいい? いっそ学園側に言って――その考えを見透かすようにキャノンが俺の肩に腕を回してきた。


「おい。言っておくが学園に助けを求めようなんてふざけたこと考えるなよ? 例の魔獣騒動の件を使ってお前程度どうとでもなるんだ。それに、お前にも家族がいるだろう? 大事な家族の住処が突然燃え上がった、なんてことになったら――嫌だろう?」


 キャノンが俺にしか聞こえない声音で脅しめいた忠告をしてきた。冗談には聞こえない。こいつは、きっと本気だ。きっとこれまでも似たようなことをしてきたんだろう。俺は血液が凍りつくような感覚に襲われた。


「わ、わかってますよ……嫌だなそんなことするわけがないじゃないですか」「そうか。ならよかった。じゃあしっかりな」


 最後にキャノンは俺の肩を叩いて鼻歌交じりに去っていった。俺に絶望だけを残して――

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