第347話 復讐の炎

「あっはっは! ほらどうだ。見やすいように破いてやったぞ。お前みたいなゴミにはこれで十分だ!」


 看守長が腹を抱えて笑い出した。俺の前にヒラヒラと破れたページが舞い降りた。俺はそのうちの数枚を掴み内容を確認する。


「はは、ハハハッ、アハハハハハハハハハハハッハハハ!」


 そして俺は笑った。額を押さえここに来て初めて腹の底から笑った。自然と笑いが込み上げた。


「何だ貴様。そんなもの見て何がおかしい? それともとうとうイカれたか?」


 看守長が怪訝そうに声を上げた。俺が何故笑っているか理解できないんだろうなぁ。


「あんたには感謝するよ。わざわざ読みやすいようにしてくれたんだからな」

「は?」

「これだよ。このページにはこうある――迷える子羊に救いを、神の名のもとに奇跡を与えん」

「貴様さっきからわけのわからないことを! いい加減にしろ!」

 

 俺の全身に電撃が走った。この刑務所で何度も味わった苦痛。気を抜くと意識をもってかれる。だが、今の俺の精神は高ぶっていた。


「ぐぅ、今こそ縛めから解き放たん――解錠!」


 俺が叫ぶと同時に首輪と枷に罅が入り、粉々に砕け散った。


「――は? な、何だそれは! 貴様一体何をした!」

「見ての通りだ。首輪も枷も外れたのさ。これで俺は自由だ」

「ありえん! それは魔法対策もされている! それなのに解けるなんて!」


 看守長が喚き散らす。さっきからこいつはズレた事を言ってるな。


「当然だ。これは魔法じゃない。勿論俺だって魔法を捨てたんだからな」

「な、に?」


 看守長が目を白黒させた。何がおきているか理解できてないのだろうな。


「さて自由になったところで、今度はこっちの番だな。覚悟を決めな――」

「愚かな囚人に天罰の炎を――ギルティフレイム!」


 看守長が魔法を行使すると俺の視界が真っ赤な炎に包まれた。俺の全身が燃え上がっていた。


「馬鹿が! 看守長の俺が対策をとってないわけないだろうが! そのまま焼け死ね!」

「魔切り――」

  

 高笑いを決め込む看守長だったが、俺が手刀で炎を切り裂くとその顔つきが変わった。口をあんぐりと開き馬鹿っぽさが更に増している。


「こんなもので俺をどうにか出来ると思ったか? 全くおめでたい頭だな」

「ば、馬鹿な! どうして俺の炎が消えた! 何故!」

「魔法を切ったんだよ」


 そう。魔法を切った。絶望に満ちた俺に声を掛けてきた連中は魔狩教団と名乗った。そして差し入れに置いていった書物に書かれていた。奴らの技術が力が――そして俺は更なる力を手に入れた。


「魔法を切った、だと? ハッ、そういえば聞いたことがある。魔術師を狩る連中は魔法を軽々と切ってしまうと。ま、まさか――」

「どうでもいい。それよりお前は炎が好きなようだな。だったらその身で味わうがいいさ。俺の影炎の炎を――」


 俺が手をかざすと漆黒の炎が看守長の影ごと飲み込んだ。黒い炎に包まれた看守長が悲鳴を上げる。


「ぎ、ぎゃあぁああぁあ! 熱い! 熱ぃいィィいい! 消して、頼むから消してくれぇええ!」


 全身を焦がされ命乞いを始める看守長を見て思わす笑いが込み上げてきた。全く滑稽だな。


「俺の炎は影ごと貴様の存在を焼き尽くす。影が燃え尽きるまで苦しみ続ければいいさ」


 そして俺は悲鳴を上げる看守長を置いてその場を離れた――


『ひぃいぃい! 俺の体が体がぁああ!』

『消えない、この黒い炎が全然消えない! あっつい、アヅイィィイ!』

『誰か、誰かこの火をげじでぇえええええええぇえええぇえ!』


 背後から無数の悲鳴が聞こえてきた。それはまるで俺の門出を祝ってくれているようにも感じた。


「フフッ、どうやら終わったようですね」


 刑務所を出るとローブを目深に被った男が俺を出迎えた。いつも面会に来ていた教団の奴だ。もっとも面会に来たときは別の教会を名乗っていたがな。


「馬鹿な病魔どもの悲鳴は実に心地よい。そう思いませんか?」

「足りねぇよ。こんなものじゃ全然足りねぇ。俺の恨みはこんな雑魚どもを燃やしたぐらいじゃ消えやしないんだ」


 教団の男に答えた。俺の本心だ。俺には狩るべき奴がいる。俺の家族を死に追いやったクソ野郎だ。


「そうですか。では早速貴方に仕事を与えましょう」

 

 そう言って教団の男が一枚の似顔絵を差し出してきた。


「誰だコイツは?」

「この男はマゼル・ローラン。ゼロの大賢者の再来などと持ち上げられ調子にのり我ら魔狩教団に楯突く愚か者です」

「……なぁ。俺があんたらに言っておいたこと忘れたわけじゃねぇだろう?」


 男に確認を取る。俺には恨みを晴らしたい相手がいる。百万回燃やし尽くしても足りないゴミだ。


「勿論覚えていますよ。大丈夫ですよ。貴方は貴方で目的を達成すればいい。幸いなことにこの男は現在魔法学園に通っています。貴方がかつて過ごしたあの学園にね」


 言われ俺の心臓がドクンっと跳ね上がった。


「つまりあの野郎もいるってことか」

「そのとおりですよ。そしてもう一つ面白い話を。貴方もよく知るイロリという教師がこのマゼルの現在の担任――奴はZクラスを任されております」


 その名前に俺の耳が自然と反応した。同時に聞き慣れないクラスにも興味が湧いた。


「Zクラスだと? そんなもの俺がいた頃にはなかったぞ」

「えぇ。新しく新設されたクラスですよ。何でも持たざるものが集まったゼロのZクラスとやらで今はそこが学園の最底辺・・・なんだそうです」

「最底辺、だと?」


 俺の脳裏にかつての記憶が蘇った。当時の最底辺はFクラスだった。そしてイロリはその時の――


「どうやらこのイロリという教師は貴方がいた頃と何も変わっていないようですねぇ。最底辺のクラスなど受け持ち今度はどんな悲劇を生み出すつもりなのか」

「させねぇよ――奴が変わらずそんな馬鹿な真似をしてると言うなら……俺が終わらせてやるよ。このギフトでな」


 黒い炎に包まれた手を握りしめる。漆黒の炎が弾けとんだ。


「いいですね。ですが目的をお忘れなく」

「……イロリが関わってるなら望むところだ。マゼルをあいつの目の前で消し炭にしてやる」

「その意気ですよ。期待してます――新世代の子羊よ」


 そして俺は教団の男についていく形で刑務所を離れた――

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