第329話 魔力0の大賢者、厳重注意に

 僕たちは理事長室を出てから暫く廊下を歩いた。そこで僕はイロリ先生に声をかける。


「イロリ先生。ありがとうございました」

「……お前にお礼を言われるようなことはしてねぇよ」


 僕が頭を下げるとイロリ先生はぶっきらぼうに返事してくれた。


「いえ。僕もちょっと熱くなりすぎてました。あのまま意固地になって言い合いを続けていても何の進展もなかったと思うし」

「フンッ。そんなこと知ったことか。俺は面倒事をさっさと終わらせたかっただけだ」

「……素直じゃないわね」

「なんか言ったかメドーサ」

「別に~。ただ意外だっただけよ。先生なら退学にする口実が出来たからラッキー♪とか思ってそうだし」

「いやイロリ先生はそんな先生じゃないよ」

 

 メドーサはイロリ先生を誤解しているように思えたから僕の考えを伝えた。


「僕は先生の真意が掴めません。メドーサの言うように僕らの退学を臨んでるのかと思えば、小テストにしてもヒントのようなものを残したり、今回だって最終的には助け舟を出してくれてましたよね?」


 疑問を口にしたのはドクトルだった。そして皆の顔を見ると同じように疑問に思っていそうだ。


「――だったら教えてやる。別にお前らが退学になろうが知ったこっちゃないがお前らが退学になれば俺が食いっぱぐれることも事実だ。だから最低限の対応はしてやってるだけだ。すべて自己保身。俺が生きていく為ってことだよ」


 頭を掻き毟りながら面倒くさそうにイロリ先生が答えた。一見するといい加減に感じられるセリフだけど――


「良かった。それなら僕たちの事を少しでも気にかけてくれているってことですね」

「は?」


 僕がそう伝えるとイロリ先生が目を丸くさせた。


「何いってんだお前。話聞いていたのか?」

「はい。聞いてましたよ」

「マゼルの奴めちゃめちゃ笑顔で答えてるぞ」


 僕の態度を見てアズールが呆れたような声を上げていたよ。でもイロリ先生は僕たちに興味がないわけじゃない。そう思えたよ。


「もういい。俺は先に行くぞ。お前らは適当に戻ってこい」

「逃げたわね」

「言ってろ。それとお前ら反省文しっかり書けよ」


 メドーサがジト目を向けていたけど軽くいなしてイロリ先生が行ってしまったね。そして当然だけど反省文については釘を刺されてしまったよ。


「マゼルはちょっとお人好しすぎねぇか? あいつは適当すぎるだろう。俺たちの事を考えているとはとても思えないぞ」

「う~む。俺も悪くは言いたくないがもう少し真面目にやってほしいものだ」


 イロリ先生と別れてから廊下を歩いているとアズールとガロンが不満を漏らした。う~ん、普段のイロリ先生はぶっきらぼうだしそういう風に思う気持ちもわからなくもないんだけどね。


「先生にも何か事情がありそうに思えるんだよね」

「そ、それは私も思います。なんというか心に鍵を掛けているようなそんな雰囲気もありますし」

「へぇアニマってば人の気持ちも魔法でわかるの?」

「い、いえ、それは魔法じゃなくて本当に勘というか」


 リミットが興味深そうに聞くとアニマは慌てていた。ただ動物の心がつかめるアニマなら人の機微にも敏感なのかもしれないよ。


「おやおやお揃いで」


 その時正面から眼鏡を掛けた男性がやってきて声を掛けてきた。この男性は新しく赴任してきたという生物学の教師だったね。


「あ、入学式で見たえっと確かば、バカーネ先生?」

「バローネですよ」

 

 メドーサが頭を振り絞って思い出そうとしたけど見事に間違えてしまっていたよ。お、怒ってなきゃいいけど。


「そう言えば聞きましたよ。魔導遊園地と動物園で随分と活躍されたようで」

「えっと、はは……」


 にこやかに言われたけど、今その件で怒られていたからね。皆も弱った顔を見せているよ。


「それにしても君は魔力が無いというのに凄いよね。興味深いからちょっと中を開いてみてもいいかな?」

「えっと、遠慮しておきます」

 

 笑顔でそんなことを聞かれてしまったよ。冗談だと思うけどなんか本気っぽくも思えてなんとも言えない。


「それは残念――うん? そこの狼は見たことあるね」

「え? シグルを知ってるのですか?」

「シグルというんだね。そうそう前に理事長が預かっていたのを見たんだ。元気してたかい?」

「グルルルルウウゥウゥゥウ――」

 

 バローネ先生が手を伸ばすとシグルが唸り声を上げた。警戒しているようだね。


「ご、ごめんなさい。ちょっと気が立ってるのかな?」

「はは。仕方ないかもしれないね。生物学をやっているとどうしても血が染み付いちゃうから動物には嫌われやすくてね。私自身は好きなんだけどね」


 そう言ってバローネ先生が眼鏡を直した。研究の為とは言え解剖などをしているからということかもしれない。


「ねぇもうお腹すいたし行こうよ」

「リミット、先生に声を掛けられているのだから……」


 リミットがお腹を押さえて言った。相当お腹空いているようだけど先生の前ということもあってかドクトルが注意しているね。


「はは。これは済まなかったね。それじゃあ私はお暇するとするよ。授業のときは宜しくね」


 そう言って先生が去っていった。そういえば生物学の教師だし、そういう授業があるときにはきっとお世話になるんだろうね。


 そして僕たちはリミットに促され食堂に向かうことになった――

 

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