第311話 ガロンの魔法

side アニマ


「やったわね!」


 メドーサが嬉しそうに叫びました。今の一撃で魔獣にもかなりのダメージが入ったように思えます。


「……いや――駄目だ。やはり俺の強化魔法程度じゃそこまでのダメージに繋がっていない」

 

 けれど、ガロン自らがそう言いました。事実一度は面食らったような表情を見せたものの双頭の魔獣は平然とした様子でこちらを睨んできます。


「「グゥウウウォオォオォオン!」」


 かと思えば二つの獅子の顔が同時に雄叫びをあげました。ビリビリとした感触。そして魔獣の身から淡い光が――


「不味い――おそらくあの魔獣も強化を掛けた。さっきよりも戦闘力が上がっているぞ!」


 ガロンが叫びました。確かに魔獣から感じられる圧が増しました。それをもっとも感じ取っているのはメーテルとシグルなようです。やはり同じ野生に生きる動物として相手の変化に敏感なのでしょう。


「メドーサ! 魔法でお前自身と子どもを石化しろ! そうすれば暫く持つはずだ!」

「い、言われなくてももう限界よ! 言っておくけど私さっきから怖いの本当に頑張って我慢してたんだからね! でももうそれも限界! だけど覚えておいてね三十秒! 三十秒だけなんだからね!」

「わかってる。俺も覚悟を決めた――」


 そんな二人のやり取り。メドーサの魔法は以前みたから知っています。ただガロンの覚悟というのは一体?


「グォオォォォオォオオォオオオ!」

「ひいぃいっぃい! もう駄目ぇええぇええ!」


 メドーサが叫び声を上げた途端周囲の子どもたちも含めてピキッ! と石化し一切の動きを止めました。

 

 あの間はまさに石そのもので身動き一つ取れないようですが、石化状態の時は頑丈なので相手の攻撃から身を守ることが出来るようです。


「アニマ。お前もメーテルとシグルと一緒に離れていろ」

「あ、あのそれは一体? 確か今も覚悟って?」


 ガロンの真意が読み取れません。私は動物と心を通わせる事ができても人の内面を読み解くまでは出来ないのです。


「――俺はこれからある魔法を使う。それによって強化魔法以上に俺の戦闘力は上がることだろう。あの魔獣を倒すとしたらこの手しか無い。しかし――この魔法を使うと俺自身の理性が利かなくなる。だから俺の魔法が解けるまでは絶対に近づくな!」


 ガロンが私に向けて忠告し魔獣を睨みつけました。そしてその口から詠唱が紡がれていきます。


「内なる狼、目覚めし野生、荒ぶる血潮、理性と引き換えに我が身を変えよ――獣化魔法・リカントロープ!」


 そう唱えると同時にガロンの筋肉が盛り上がりました。そして衣服が破れ、露になった胸から手足にかけて獣の毛のようなものが覆い尽くしていきます。そうして全身が狼のような姿へと変わっていきました――


『グォオオォオォオオォォオオォオオオン!』


 魔獣にも負けない程の雄叫びをガロンがあげました。す、すごい。あっという間に糸が張り詰めたような空気となり息が詰まりそうです。


「グルゥゥゥウウ――」


 驚いたことに先程まで圧倒的強者として振る舞っていた魔獣が気圧されています。今のガロンの迫力はそれほどまでに凄まじいのです。


「グッ、グォオォオォォオン!」


 しかし魔獣も意地があるのか雄叫びを再度上げたかと思えば前肢の爪を地面を掬うように振り上げました。途端にまるで土石流が押し寄せるが如くガロンに向けて襲いかかっていきました。


「ガロン!」

 

 思わず私は叫んでました。躱す間もなく衝撃と土砂がガロンを飲み込みました。


『グォォォォッォォオオオオ!』


 魔獣が勝ち誇ったように吠えました。ですが――土砂の中から飛び出す影。人狼化したガロンでした。そして鋭い爪で魔獣を切り裂き牙を喉に食い込ませます。


 その戦い方はまさに狼の如く。暴れる魔獣から一旦は口を離すもそのまま縦横無尽に駆け回り双頭の魔獣の全身を切り刻みました。


 あとに残ったのはその身をズタズタにされた双頭の魔獣と息の荒ぶったガロン。魔獣はもう息も絶え絶えといった様子。これ以上抵抗する力も残されていない。


 そんな魔獣相手にガロンは容赦なく止めを刺しに向かいます。この状況――危険な魔獣が暴れていたのだから例え命を奪っても仕方ないのかもしれない――だけど駄目だ。相手はもう抵抗できないのにたとえ魔獣でも私はそれを放ってはおけない。


「駄目ガロン!」


 気がついたら私はガロンに駆け寄り抱きついてました。これ以上無抵抗な魔獣を傷つけさせないために、一体何をやってるんだろうと思われそうだけど、でも、本来のガロンならきっとここまでしない筈です。


 ガロンは言ってました。魔法によって自分の理性は失われると。人狼になったことで確かに少し怖いと思えます。だけど彼が私の知ってるガロンなら――そう今ガロンの理性に訴えかけることが出来るのはきっと私しかいない筈。何故なら今のガロンは狼。私の魔法は動物と心を通わせる。


「グルウウゥウゥゥウゥウ!」

「ガロンお願い暴れないで! 大丈夫もう大丈夫だから!」


 言葉で訴えかけても駄目だ。私の力でガロンの本来の心を見つけないと。ガロンお願い――その時、私の中に何かが流れ込んできた。これは記憶――ガロンが看取っている一匹の虎と傷ついた人々。いやこれはガロンと同じように魔法で獣化した――そうか……だからガロンは本当は使いたくなかったんだ。


 でも――大丈夫!


「私がついているからガロンは大丈夫。絶対にその力で無駄に誰かを傷つけさせたりしない。だから私に心を開いて! ガロン!」

「グ、グルルルゥウ――」


 ガロンの動きたピタリと止まりました。かと思えば人狼となったガロンが私を見下ろし――ペロペロと顔を舐めてきました。


「いや、いやだガロンくすぐったいてば」

「ガウガウ」

「ピィ~」


 ガロンが私にじゃれついているのを認めシグルとメーテルもどこか安心したようでした。ふぅ、でもこれてもうきっと大丈夫だよね。





「……で、石化が解けて見れば一体これってどういう状況?」

「あ、あはは――」


 魔法の解けたメドーサが私を見て呆れたような声を発しました。今私の膝には人化の解けたガロンが頭を乗せて寝息を立てています。いわゆる膝枕という状況です。ついさっきまで人狼だったのですがちょうど人に戻ったタイミングでメドーサにみられてしまったのです。


「わ~いちゃいちゃだ! お姉ちゃんがいちゃいちゃしてるよ!」

「恋人同士なんだね~」

「ち、違います!」


 すると私達の様子を見ていた子どもたちまで誤解してはしゃぎだしました。今さっきまで魔獣に襲われていたのに子どもたちは立ち直りが早いです。ですがこれは違うんです!


「ふ~んあんたたちいつの間に」

「だ、だから違うってば~~~~!」


 うぅメドーサにまで……これは説明に一苦労しそうです――

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