第269話 魔力0の大賢者、背中で語られる
「漢は背中で語るもの。背中に一発気合を込めりゃ、軟弱な精神吹っ飛ばす――漢気魔法・気合の背中!」
新たな詠唱が紡がれムスケル先輩の背中が一瞬光ったかと思えば衝撃が駆け抜けた。
壁や天井に亀裂が走り廊下の窓ガラスが割れていく。
僕の体もふわっと浮き上がりそこに先輩の拳が振り抜かれ割れた窓から外に投げ出された。
「マゼル!」
「マゼル様!」
「マゼルー!」
「あ、ありえないマゼルー!」
「ちゅ~~~~!」
皆の叫び声が聞こえた。でも大丈夫。どちらかといえば敢えて受けたとも言えるしね。
先輩も頭に血が上ってるしあのまま廊下で戦うよりは外の方が影響が少ないだろうしね。
「フンッ!」
僕が地面に着地するとやっぱりムスケル先輩も一緒に落ちてきた。相変わらず背中を見せたままだけどね。
「何だ何だ!?」
「空から男と漢が!」
「喧嘩なのか?」
「ちょ、あれって保健体育委員長のムスケルじゃない?」
……しまった! まだ昼休みだし外は外で他の生徒が多いよ!
「あ、あの先輩。僕が何か怒らせたなら謝りますので一旦落ち着きませんか? 何か逆に人が増えてきてますし」
「――舐めるなよ。俺は関係ない相手を傷つけるほど軟弱じゃねぇ」
そ、それって軟弱関係あるのかな?
「――漢は背中で語るもの。背中に滾る血が騒ぎゃぁ、熱く燃え滾る炎の背中――漢気魔法・熱血の背中!」
新たな魔法――轟音が響き先輩を中心に爆発が起きた。火柱が空まで伸び上がり振動で校舎も揺れている。
凄いね背中を通して多種多様な魔法を見せているよ。
「すげぇ! これがムスケルの漢気魔法かよ」
「良いもの見れたぜ」
「てか、相手は誰だ?」
「制服着てなかったよな?」
「ファンファン~~~~!」
「ちゅぅ~!?」
しかもこれだけの魔法でも誰一人傷ついていないし何ならギャラリーとなった他の生徒が盛り上がりを見せている。
ただ、上からの声を僕は聞き逃さなかった。爆発と同時に飛ばされた僕はそのままキャッチした後、先輩に後ろを見せる形で着地したわけだけど。
「――背中を見せただと? 俺の真似のつもりか! 隙だらけだぞ! 漢は背中で語るもの。背中に漲る気合と根性、向かうところ敵はなし――漢気魔法・猛攻の背中!」
先輩の背中から巨大な拳が飛び出して迫ってきているのがわかった。だけど僕はここを動くわけにはいかない。
仕方ない大人しく背中で受け切ろう――そう思っていたのだけど……拳は僕に当たる直前で消え去った。
「……一体、どういうつもりだ?」
ムスケル先輩が問うように言ってきた。
「テメェの実力なら躱すなりなんなり出来たはずだ。それがわからねぇほど俺の目は曇ってねぇ。それなのに途中から動かねぇとは舐めて――」
「ちゅ~!」
「はは、無事で良かったよファンファン」
先輩の声は聞こえていたけど、ファンファンの様子が心配だったから怪我が無いか確認してみた。
良かった怪我はないようだね。ファンファンが胸にヒシッと抱きついてきたから頭をなでてあげた。
さっきの爆発と振動でファンファンが上の窓から落ちてきてたんだよね。だからキャッチはしたけど次の攻撃が来てたから守りに徹した形だ。
「――白綿ネズミ、だと? お前、まさか、そいつを守る為に?」
先輩の声が震えていた。ちらっと確認すると肩もなにかプルプルしてるし、もしかして怒らせた?
でもファンファンを傷つけるわけにはいかないし――
「う、うおぉおぉおおおぉおおおぉぉおおおおお! なんてこったテメェみたいな漢が一年にいたとはあぁあ! それなのに俺は俺はぁあぁああぁああ!」
と。思ったら何か興奮した口調で叫びだして、えっと、怒ってるわけじゃ、な、なさそう、かな?
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