第226話 満員の馬車

side アン


「あんたらもういい加減ちゃんと座ってくれ。出発出来ないだろう!」


 御者のおじさんが声を大にして命じました。確かにシルバ達が入ってきてから結構経ってるもんね――


「す、済まない……」

「ご、ごめんなさい……」


 シルバとフレデリカが御者のおじさんに謝罪した。意外と素直なんだ……。


 そして二人が座ったことで馬車も再び走り出した。


「動きだしたね」

「うん。後は学園までかな」

「ま、もう満員だしねぇ」


 アネの言うように確かにこれ以上は馬車には乗れないから、この馬車に乗るのは今ここにいる生徒だけなんだと思う。


 でも丁度良く御者が声を掛けてきて良かった。ラーサも安堵してるみたいだし。

 

 魔力について知られたらきっと面倒なことになると思っていたのかもしれないよ。

 

 私からすればあの二人も十分に凄いのだけどね。でもラーサはずば抜けて凄い。

 

 私程度で学園の勉強についていけるのかな?


「全く君たちのせいで出発が遅れたのだよ。本当に迷惑なことだ」


 その時一人の男子が文句を口にした。やっと落ち着いたと思ったのに……。


「ふむ。誰かと思えばキーパー子爵の子息が随分と生意気な口を聞くではないか」


 ちょっとムッとした様子でシルバが言葉を返していた。私からは緑色の髪の男の子の横顔がチラッと見えます。


 メガネを掛けた少年のようだ。今ちょっと眼鏡を直す仕草を見せました。


「学園では貴族の階級など意味をなさないのだよ。私が子爵家だからといって君に生意気だなどと言われる筋合いはない」

「ぐ、グリンくん。そこまでにしておこうよ」

 

 ちょっと幼さの残る声が耳に届きました。馬車に乗ってきた男子は三人いましたが私の記憶ではもう一人は青い髪の男の子だった筈です。


 そしてグリンというのは緑色の髪の男の子のことでしょうね。


「彼らは迷惑を掛けたのだ。本来ならブルックや僕にも謝罪の一つでも欲しいところなのだよ」


 この様子だと青髪の少年はブルックという名前なんだと思う。この知識が今後役に立つかはわからないけどなんとなく男子三人の名前と顔は覚えることが出来た。


「聞き捨てなりませんですわ。何故私まで謝らなければいけませんの」


 あぁ、何かフレデリカにまで飛び火してるよ~。


「やれやれ。公爵家の令嬢というわりに自らの非礼も認められないとは。この国の未来が不安になるのだよ」


 グリンという男の子、凄く煽ってるような……。


「ラーサ。何か揉めてますが大丈夫でしょうか?」

「確かに少し気になりますね」

「放っておきなよ。余計な首突っ込んでも疲れるだけさね」


 私もラーサも不穏な空気を感じ取ってましたがアネは些細なことだと思ってるみたい。確かに得にラーサはさっきのこともあるもんね――


「キャッ!」

「うわっ!」


 その時――馬車が急停止し馬の嘶く声が聞こえてきた。私達の口からも思わず悲鳴が漏れる。


『何だお前ら盗賊か! この馬車には金目の物などないぞ!』


 そして御者の怒鳴る声――盗賊? 盗賊が現れたの?


「これは援護に出たほうが――」

『中の奴は大人しくしてろ。俺だって伊達にこの席に座ってるわけじゃない』


 ラーサが立ち上がりかけましたがおじさんの声が車内に響き渡りました。


 恐らくは私達だけに聞こえるような仕掛けが施されているんだと思う。


 おじさんの声でラーサは席に座り直したよ。大人がこう言ってるわけだし余計な事をしてもかえって邪魔かもしれないもんね――


『盗賊とは軽んじられた物だな』

『どっちでも関係ない。護衛もいないと思って何とかなると思ったか? こんなこともあろうかとこっちには強力な魔導銃が支給されてるんだよ!』


 魔導銃――魔導の力で動く強力な武器だと聞いたことがある。使用者本人が魔法を使えなくても中に込めた魔弾で魔法を発動出来るとか。


『喰らえ!』


 おじさんの声が聞こえ派手な爆発音が後に続いた。これをおじさんが?


 だとしたら確かに安心――


『ば、馬鹿などうしてこの爆発でグワッ!』


 だけど、直後におじさんの悲鳴が聞こえた――そして馬車のドアが開き仮面を被り黒装束を纏った何者かが馬車の中に入ってきた……。

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