第213話 イロリと理事長

side ルル


「何なんだ騒がしい……」


 思わず悲鳴を上げてしまいました。先生が顔を顰めています。うぅ、だってこんなもふもふしてる姿を他の人に見られるなんてなんとなくイメージが……


「ガウ?」

「はうっ!」


 シグルが愛らしい瞳を私に向けて首を傾げました。これだけで私はもう悶絶してしまいそうです。ですがここは気を取り直して。


「フッ、失礼致しました」

「……別にお前が残念な事は知ってるから一々格好つけなくていいぞ」

「誰が残念ですか!」


 全く失敬な話です。というか私、先生にそんな風に見られていたんですか?


「ところでお前、その狼――シグルという名前だったりするのか?」


 イロリ先生が狼のシグルを指差しながら聞いてきました。そう言えばイロリ先生はZクラスの担任でしたね。


「コホン。そのとおりです。実はZクラスのアニマという女生徒に頼まれまして」


 私はイロリ先生に事情を話しました。


「なるほどな。ふぅやれやれ面倒だが仕方ない。俺も気が向いたら連れて帰ると言ったからな」

「あ、そうなのですか……」

「ガウ?」


 声が沈みシグルが私に、どうしたの~? という顔を見せてくれた気がしました。


「何だ寂しいのか?」

「ち、違います!」


 うぅ、何か見透かされてるようでやりにくいです。


「――だが俺はこれから理事長と話があるからな。それまではそっちで預かっててもらっていいか?」

「え? あ、はい。なるほど。そ、そういうことなら仕方ないですね」

「……お前、嬉しいって顔に出てるぞ?」

「ガウガウ」

「な、ななな、何を言ってるんですか! これも風紀委員長としての仕事としてです!」

 

 自然と手がシグルの頭を撫でているけどこれも寂しがってはいけないと思ってのことなのです。仕事なのです!


「わかったわかった。じゃあ頼んだぞ」

「……はい。それにしてもイロリ先生も相変わらずですね」

「あん? どういう意味だ?」

「ふふ、何でもありませんよ」

「チッ……」


 舌打ちしながら先生が理事長室に入っていきました。イロリ先生――昔はもっと素直に生徒を思っていたし慕われてもいました。だけど――今は少し変わってしまってます。


 だけど本質はきっと変わってないんですよね先生――






◇◆◇

side リカルド

 

「失礼する」

「おおイロリか。よく来たな」


 Zクラスを任せたイロリがやってきた。あれからどうなったかを知る為に呼んでおいたからだ。


「それでどうだ?」

「ゴーレムが来た。全くあんたも一体どういうつもりなんだか」

「は、この私をあんた呼ばわりか。相変わらずいい度胸してる。まぁいい。あのゴーレムはアイパーから頼まれてな。どうせ何かの研究に役立てるつもりなんだろうさ」


 正直あいつの考えはよくわからん。ただマゼルに興味を持ったのは確かなようだ。だから許可した。場合によっては役立つかも知れないからな。


「あのゴーレムのことはいい。それよりZクラスはどうだ?」

「さぁな。ただ教材は渡したぞ」

「ふん。教科書か。そう言えば教科書に手を加えていいかと以前聞いていたな? 一体何をしたんだ?」

「別に。コレを渡しただけだ」


 そう言ってイロリが教科書の一冊を手渡してきた。ペラペラと捲ってみたが、くくっ、思わず吹き出してしまったぞ。


「ははは。なるほどな。こんな嫌がらせを考えるとはな。やはり貴様もいい加減しっかりと現場に復帰したいってことか」

「……どう思うかは勝手だ。まぁどちらにせよこの程度も理解できない・・・・・・連中なら先はない。さっさと学園からおさらばしたほうが身の為だ」


 なるほど。こいつも言うようになったものだ。しかしかつては熱血とも称され生徒にも慕われていたこいつがな。


「変われば変わるものだな。やはりあの事件が効いたか?」

「…………」


 ふん。だんまりか。


「しかし、この教科書のやり方は褒められたやり方ではないのだが。この意味わかるな?」

「……それは俺が勝手にやったことだ。あんたに責任持てとは言わないさ」

「くくっ、よくわかってるじゃないか。いいぞお前はもっと利口になるべきだ。実力はあるのだからな。あの件でケチがついたが上手くやればもっとちゃんとしたクラスを受け持たせてやる。この教科書の件も悪いようにはしないさ」

「……それで。話は以上でいいか?」


 ……少しは利口になったかと思ったが相変わらず張り合いのないやつだ。まぁこんなものをわざわざ作って渡してるぐらいだ。きっとこのままでは不味いと思い始めたんだろう。

 私としては体の良い駒が出来たといったところか。


 それから奴の作成した資料を受け取った。まだ日も浅いからか大したことは書いてなかったがな。


「ふん。こんなとこか。ま、後はテスト次第だが、この教科書ではな」


 思わず頬が緩む。


「なぁ一ついいか?」


 うん? こいつから質問とは珍しいな。


「何だ?」

「どうやらあんたはZクラスの連中を退学させたいようだが」

「おいおい。滅多なことを言うものじゃない。勿論成績が振るわなければそうなるが、私としては出来るだけ残って欲しいと思っているのだよ」


 全くそういう事をはっきりいうものじゃない。そのあたりまだまだわかってないなこいつは。


「どっちでもいいが、だったら何故わざわざZクラスなんて新設した? 今回のテストで退学になるなら意味はないだろう」

「意味はあるさ。お前も知ってるだろう? 学園都市は東西南北一つずつある。後はそれを管理している中央魔法局だ。魔法学園都市はお互いライバル視している。故に改革は必要だ。それ次第で魔法局の印象も変わる。だからこそZクラスだ。確かに成績次第では厳しいことになるが受け皿が増えたのは大きい」


 それに全員退学にはならない。アイパーが何を考えているかは知らんが教科書に細工していようとあのゴーレムなら試験ぐらいは余裕だろう。


 そして一人でも残っていれば体裁は整う。


 もっとも、他に大事なこともあるがな。


「……あんたはあのマゼルも合格点が取れないと思ってるんだろう? 相当嫌ってるようだがだったら最初から入学させなければよかっただろうに」

「おいおい。誰がいつそんなことを言ったね? 本当に口には気をつけ給えよ。ただ例えばだ、魔法学園に最初から入学出来なかった場合と入学したはいいが成績が足りず退学になった場合では果たしてどちらの印象が悪いかな? いやいや勿論それを期待しているということではない。むしろ大賢者などと一部ではちやほやされていたあのマゼルが万が一退学なんてことになればどれだけの者が失望するか――勿論そうならないよう頑張って欲しいものだな」

「……あんたやっぱいい性格してるよ」


 ふん。どうとでも言うが良いさ――

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