第184話 魔力0の大賢者、精霊を見る

「あ! マゼル! 何か下が大変なんだよ~」


 ビロスが僕の胸に飛び込んできて下の様子を教えてくれた。でも、どうして飛び込んできたんだろう……


「おやおや弟子も隅に置けないねぇ~」

「弟子?」

「き、氣のせいだよ!」


 師匠がニヤニヤしながら言ってるけど、だからちゃんと誤魔化して! とにかくビロスと一緒に皆の下に戻った。


「ちょ、やめろ何をするんだ!」

「だまりな! ここの権利書は借金代わりにもらっていくよ!」

「何してるのですか! そんな横暴許されませんよ!」

「部外者はすっこんでろ!」


 何か戻ったら借金取りと皆の間で大騒ぎになっていた。どうやらあのヒサンという金貸しと取り巻きが権利書を取り上げようとしているらしい。


「ケッケッケ! 何を言おうと権利書はもう私の手の中さ、手の中、な! 権利書がない! 一体どこに!」


 僕が移動してヒサンの手から権利書を取り返した。まだ話もついてないのに強引すぎる。


「流石マゼル~♪ 凄いすっご~い♪」

「おお! 確かにマゼルの手の中に権利書があるぜ」

「本当。何から何まですまないねぇ」


 皆にやんややんやと囃し立てられてしまった。


「……流石マゼル。息を吐くように転移魔法を使えるなんて」

「大賢者様の魔法はいつみても素晴らしいです……」

「本当に無詠唱で転移魔法を……聞くと見るとでは大違いであるな」


 アイラがキラキラした目で僕を見ている。イスナとクイスにも感心されてるのだけど、ただ移動して取り返しただけなんだけどね。


「あはは。マゼルは相変わらずなようだねぇ」


 師匠がケラケラと笑っている。うぅそれは師匠も一緒だし……


「くっ! いい加減にしなこの餓鬼! こっちは金貸してるんだ! その権利書を貰う権利があるんだからね」

「う~ん。それは無理があるんじゃないかなぁ~」


 怒鳴るヒサンを見ながら師匠が意味深に目を細めて指摘した。もしかして師匠何か知ってる?


「全くまたわけのわからないのが……てあんたもエルフなのかい」


 じろじろと師匠を見るヒサン。師匠も特徴的な耳をしているからエルフなのはすぐにわかったようだ。実際は更に高位のハイエルフなんだけど。


「そうさ! こうみえて私はエロいエルフなんだぞ!」

「え、エロい?」

「あ、えらいだったテヘペロ」


 頭をこつんっと叩いて舌を出す師匠……茶目っ気があるのは昔からだけどその、もう結構な年なのですから。


「あはは、今マゼルにとても失礼なことを思われた気がする」


 読まれた!? 流石師匠だ……


「とにかくエロフだかエルフだか知らないけどねぇ。こっちは正当な借金の回収のために動いてるんだよ!」

「う~ん。でも貴方達不正してるよねぇ? 確かここのお風呂はちょっと前までは使用不可になって宿もぼろぼろだったけど最近になってお風呂も使えるようになって宿も綺麗になったって聞くんだよね」

「……きっとマゼルのおかげ」

「はい。この宿屋からはマゼル様に感謝する精霊の声が聞こえます」

「確かにマゼル様の周りで踊ってる精霊が視えますね」

「マジか……やっぱすげぇなマゼルは」

「はい。僕の眼鏡でも精霊は視えませんからね」



 別に隠していたわけじゃないけど、あっさり見破られちゃった……そうか。師匠は当然としてイスナもクイスもエルフだもんね。


「くっ、だ、だから何だってんだい!」

「だからねぇ。精霊が教えてくれたんだよ~この宿はちょっと前まで悪霊に住み着かれて精霊が困っていたってね。そしてその悪霊が生まれるきっかけを作ったのはお前たちだって、そう教えてくれてるのさ。そうつまりこの殺人事件の真犯人はお前だ!」

「いや、誰も死んでませんが……」


 師匠がビシッと指をつき付けて言い放ったけど、死人は出てませんからね!


 いや、でももしかしてとは思ったけどこの人達が宿の経営を邪魔していたんだね。自分たちで邪魔をしておいて高利でお金を貸すなんて許されることじゃないよ。


「うるさいうるさい! 何が精霊だい! 大体精霊が言ってるから私達が犯人だってどうやって証明出来るっていうんだい!」

「出来ますよ!」


 ヒサンは自分の非を認めようとしない。するとイスナが前に出て叫んだ。


「出来る、だって?」

「はい。精霊は私達にとって身近な存在。そして精霊に協力して貰えばこんなことだって可能なのです。さぁ精霊よ今こそその姿を――」


 そしてイスナがエルフ語で呟くと――精霊がはっきりと可視化された。精霊は普段はとても虚ろな存在だ。僕にも視えてはいたけどその時は半透明に近い状態だ。


 それがイスナの力ではっきりと顕になったんだ。


「……凄い――」

「これが精霊なんだ。俺初めてみたぜ」

「僕もです。こんな貴重な経験が出来るなんて」


 僕たちの周りには水の精霊や風の精霊や土の精霊が嬉しそうに踊り回っていた。師匠の周りには光の精霊もいる。


「あはは――」

「マゼルの周りに精霊が一杯~皆マゼルが大好きなんだね! ビロスも好き~♪」


 はっきり可視化した精霊が僕の方に飛び乗ってきた。お礼を伝えてくれてるのがわかる。ビロスも一緒になって喜んでくれていた。


 精霊はとても義理堅いから受けた恩は忘れないって師匠も言っていたっけ。


「これは、たまげたな……」

「うちにこんなに精霊がいたなんて信じられないよ……」


 ジリスとラシルも驚いている。精霊は普通は視えないから初めてみたなら感慨深いかもね。


「さぁ精霊の皆。教えてあげてこの宿の邪魔をした犯人は誰か」


 キッと瞳を鋭くさせてイスナが問いかけると精霊たちが一斉にヒサン商会の連中を指差した。


「どうやらこれで決まりのようだね」


 ヒサンに向けて僕がそう言うとグギギッと悔しそうに唸っていた。仲間たちも戸惑っている。


「い、いんちきだ! こんなのきっとあんたが命令して言わせてるんだろう!」

「あはは。それは無理さ~いいかい? 精霊はね基本的には嘘がつけないんだ」


 えっへんと得意げに師匠が言い放つ。そう精霊は純粋は存在故に嘘がつけない。ただ基本と言ったように邪悪な精霊などごく一部平気で人を騙すタイプもいる。でもここにいるような精霊は皆正直だ。


「そのとおり。精霊がウソを付くことはない。それに姫様がそのような姑息な真似をするわけがない。無礼であるぞ!」


 クイスがヒサンを睨めつけ怒鳴る。


「だ、黙れ黙れ! 大体精霊なんて出して証明になるものか!」

「……なる。ここは魔法学園都市。魔法が何より重視される。それならば精霊魔法の源である精霊が信じられないわけもない」

「あ、ぐぅ……」


 ヒサンもいよいよ厳しくなってきた。


「……それに、そもそもこの金利はありえない。確かにここでは王国の法は通用しないけど仮にも魔法による秩序の安定を謳っている魔法学園都市でこんなふざけた金利が認められるわけない。出るとこ出れば追い詰められるのはそっち」

「ぐぅ、ぐぅうぅうううあああぁああああああ、畜生共がぁああぁあ!」


 結局精霊とアイラの指摘が止めになったのか借金取りたちは逃げるように去っていったよ――

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