第167話 魔力0の大賢者、教授と話す

「アイパー教授! い、一体どうしてこちらに!?」


 試験管が驚きその名を呼んだ。突然話に加わってきたこの白衣の女性はアイパーという教授なのか。


 そしてカンニングの疑いをかけてきている試験管はゲズルというらしい。


「ちょっとね。色々と興味深いこともあるから教室を覗いてまわってたんだ」


 そう言ってボサボサの髪に手をやりながら朗らかに笑った。そしてその視線が僕に向けられる。


「で、この子が一体どうしたのかな?」

「はっ! このマゼルという受験生が事もあろうに申請なる魔法学園のテストにてカンニングという不正を働いたのだ」

「へぇ、それでその根拠は?」

「この問題を見て下さい。これはここ数年でようやく解が認められた難問です。当然これから入学しようって受験生の解ける問題ではない」


 へ? ここ数年? いや転生前に師匠から普通に教えてもらったんだけど……


「しかし、このマゼルは問題を解いた。いや調子に乗って解いてしまったのだ。これはもうカンニング以外ありえない」

「ふ~ん……」


 アイパーは問題用紙に目を通して顎に指を添えた。何かを考えている様子だ。


「それ故にこのマゼルを試験失格としたのだが、生意気にもそれを認めようとしないので――」

「土下座と聞こえたのは?」

 

 ニコニコとどことなく無邪気さの感じられる顔で更にアイパーが追求する。


「それは、まぁ。試験を汚す行為ですから、ここにいる生徒から謝罪を要求する声があがったのですよ。私は止めたのですがね」

「え? 貴方も一緒になって土下座しろと要求してたよね?」

「だ、黙れ! 適当な事を抜かすな!」


 僕が指摘するとゲズルが青筋を立てて声を大にさせた。いやいや、間違いなく言っていたし。でも、ここでそれを否定するってことは土下座の強要は試験官としては褒められたことではないのかもしれない。


「ま、土下座についてはとりあえずいいかな。ところでマゼルってもしかして噂の魔力0の?」

「えぇ、まぁそうですね」


 また魔力か。魔法学園だから仕方ないんだろうけどね。ただ、彼女は特に僕を侮辱したり嫌悪する様子もなく、何故かニコニコとした様子で僕を見てきた。どこか観察されているような視線だ。


「うん、ちょっと見せてね」

「あ!」


 するとアイパーがゲズルから僕の解答用紙を取り上げ、持っていた問題用紙を見比べ始めた。


「ふんふん。なるほどなるほど。これは○これも○っと」

「ちょ! 何してるんですか教授!」

「え? 採点だけど?」


 あっさり言い放つアイパーに愕然となるゲズル。しかし構うことなくアイパーが僕の解答用紙をチェックしていった。


 えっと、大丈夫なのかな? 普通は一旦持ち帰って採点するイメージだけど……


「うんうん。はは凄い凄いへぇ~これは驚きだ。で、この最後の問題は――へぇ~」


 件の解答に目を通した瞬間、アイパーの目付きが変わった。何だろう? さっきまで適当っぽさもあったけど、急に真剣になったような……


「教授。他の生徒へ示しがつきませんからその辺で――」

「合格」

「……は?」


 アイパーがニコッと微笑み、合格と、確かにそう口にした。ゲズルの眼鏡がズルリとずり落ちる。


「きょ、教授一体何を?」

「だから合格だってば。僕の採点ではマゼルの得点は100点満点中1000点だ。少なくともこの魔法学では不合格にする理由がないね」

「は? はぁああぁあああぁああぁあああぁああぁああ!?」


 ゲズルが素っ頓狂な声を上げる。それで気を失っていた生徒たちが目を覚ましだした。


「あれ? どうなってるの?」

「うん? 何か一人増えてない?」

「そもそも何で私寝ちゃったの?」


 皆が頭に?を浮かべている中、納得できない様子のゲズルがアイパーに反論した。


「いくら教授といっても馬鹿げている! 100点満点なのに1000点で合格なんてありえてたまるか!」


 その叫びに、目覚めたみんながざわざわしだしたよ。うぅ、あまり目立ちたくなかったのに……


「君、この解答しっかり自分で確認した?」

「は? そんなものするまでもない。解けない問題を解いた。それだけで十分――うぐっ!」


 アイパーの目がスッと細められ、途端にゲズルが喉をつまらせた。


「君もこの学園の教師の端くれなら、自分の目でしっかり見て確認しなよ」

「くっ、わ、わかりましたよ!」


 そしてゲズルがアイパーから解答用紙を受け取り、眼鏡を直しながら確認しだした。そして、その目が見開かれる。


「ば、馬鹿な! 何だこの術式は! 何でこんなに短く! 普通はこの式はもっと長くなるはずだ!」

「はは、僕もちょっと驚いたよ。ダンガルの次元魔法術式をこんなに大胆に省略しちゃうなんてね。でも、これが実に理にかなってる」

「し、しかし適当に記述した可能性も!」

「それに僕が気づかないとでも?」

「むぐぅ!」


 ゲズルが呻き声を上げた。でも、そんなに大したことはしてないような……むしろ省略無しで解いていたら非効率的で無駄も多いからね。


「それにしても驚いたな。これは自分で考えたのかな?」


 興味深そうにアイパーが問いかけてきた。でも、参ったな。当然僕は転生前に師匠に教わったから知ってたのだけど、流石にそれをそのままは答えられない。


「い、いえ。色々と勉強してそこから導き出した答えです。自分だけの力じゃないです!」

 

 仕方ないので勉強の成果ということにした。地力じゃないですよ~というアピールも含ませて。


「……ふ~ん。まぁいっか。とにかく君は合格。それでいいね?」

「ま、待って下さい! こんなのとても納得出来るものじゃない! むしろカンニングの可能性がより上がって!」

「はは、カンニングだって? この子が解いた方法はこれまで誰も試していない画期的なものさ。当然どんな魔導書にも載っていない代物さ。それを一体どうやってカンニングするんだい?」

「あ、そ、それは……」

「まぁ、でも仕方ないね。あまりに大胆な方法だし、これが正解だって導き出せる教師もそういないだろうし僕じゃなかったらきっと見逃しちゃうね」

 

 そう言って愉しそうに笑った。う~ん、なんとなくすごく癖の強い人に見える人に見えるよ。


「お、おいおいさっきから聞いてれば何を勝手なことばかり言ってんだよあんた! だいたい突然やってきて」

「だ、黙れ! このお方を誰だと思ってるんだ! 学園の七賢教の一人アイパー・ゲシュタル教授だぞ!」


 ゲズルが叫ぶ。えっと、何か大層な肩書があるからやっぱりすごい人みたいだ。


「え! アイパー教授ってもしかしてあの魔導工学の権威とされてる?」

「確か推定魔法MagicIntelligence指数Quotientが125000000000000というとんでもない存在の……」

「まさか試験で目にできるなんて……」


 一部の受験生も随分と盛り上がってるね。それにしてもMIQ凄いね。


「ふふ、まぁ、僕のことはいいとして、これでマゼルは合格ってことでいいね?」

「くっ、わ、わかりました。それでは、これで魔法学の試験は終了とする!」


 どうやら僕の疑惑は無事晴れたようだ。試験も終わりゲズルが立ち去ろうとしたけどアイパーに肩を掴まれた。


「待った待った。君一つ忘れてるよね?」

「え? な、何がですか?」

「土・下・座♪」


 するとアイパーが思いがけない要求をゲズルにした。


「ちょ、待って下さい! 何故私が!」

「いやいや。散々彼に土下座を要求しておいてそれはないでしょう?」

「な! 違う! あれはここの受験生が勝手に!」

「はぁ~? 何を言っちゃってるんですかぁ~? 俺は確かに聞きましたけど~あんたが土下座を強要していたところを~」

「そうだそうだ! 受験生に疑いをかけて土下座を強要したんだからお前もしろー!」

「土下座! はい、土下座!」

「「「「「「「「「「土下座! 土下座! 土下座! 土下座!」」」」」」」」」」


 な、なにか凄い手のひら返しを見ているようだ。特に最初にカンニングだって疑いかけたあいつすら土下座を連呼してるよ。


「土下座しろゲズルーーーーーーーー!」

 

 更にあいつが叫んだ。こ、こいつは……


「あの、もういいですよ。無理して土下座しなくても……」

「いやいや、こういうのはほら? けじめだから。ね?」


 ゲズルに微笑みかけるアイパー。何か妙に笑顔が怖いねこの人。


「し、しかし! 一教師が生徒にそんなマネ!」

「そう。あ、そういえば丁度僕の実験を手伝ってくれる助手を探してたんだった。君にお願いしちゃおっかなぁ」

「申し訳ございませんでしたぁあぁああぁあぁあああぁああああ!」

「ええええぇえぇえええぇえ!?」

 

 凄い勢いで土下座してきたよ! 魔法使いとは思えない素早い土下座だよ!


「うん。というわけで今回位の失礼な言動は、これで許してもらえると嬉しいんだけど駄目かな?」

「いえいえ! もう十分ですから! 大体で言えばカンニングだと騒ぎ出したのはあいつ――」

「いやぁマゼル! やっぱお前は無実だったか! 俺は信じてたぜぇ!」


 僕がそもそものきっかけになった生徒を口にしようとしたら、そいつがやってきて白々しい台詞を吐き出した。


「やったな兄弟! てあれ?」


 馴れ馴れしく肩に腕を回そうとしてきたから避けた。流石に今さっきのあれでそんな気にはなれない。


 それにしても本当こいつは一体どの口がそれを言うのか……


「もしかしてバッカーって生徒は君かい?」


 するとアイパーが彼に話しかけたよ。バッカーって名前だったんだ……


「は、はい俺です! いやぁ有名な教授様に名前を覚えてもらえるなんて感激だなぁ」

「あはは、いやぁそりゃねぇ。だって君の点数マイナス50点だからね」

「……へ?」

「いやぁでもびっくりだよ~全問不正解どころか自分の名前の綴りまで間違ってるんだからね。だからマイナスさぁ。そうはいないよマイナス点だなんてねぇ」

「プッ、マイナスだってククッ」

「まじかよ。馬鹿を通り越した馬鹿じゃん!」

「流石バッカー」

 

 こうして教室中に笑いが起きバッカーは赤っ恥をかく事になった。


 全く人のカンニングを疑う前にもっと勉強を頑張るべきだったね……


お知らせ

コミック単行本の発売が決定しました。2020年12月25日発売です!

どうぞ宜しくお願い致しますm(_ _)m

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