第164話 魔力0の大賢者、いざ試験会場へ!
次の日の朝食も美味しかった。やっぱりここのラシルさんの料理は美味しいよねぇ。
「坊主、確か今日が試験だったな」
「はい。前に来た皆と試験を受けるんです」
「そうか……頑張れよ」
「はい!」
そう。今日はいよいよ魔法学園に入学するための試験がある日なんだ。
と言ってもやっぱり僕は魔法がつかえないから心配ではあるんだけどね。うぅ、上手くいくかな?
「それじゃあ、言ってきます」
「しっかりな」
そして宿のラシルさんに見送られて僕は試験会場に向かった――
◇◆◇
sideラシル
坊主は今日が試験だ。だから朝から腕によりをかけて朝食を作ってやった。何故かあの坊主を見ていると、一生懸命やらないとなという気になってしまう。
だが――これが最後の客になるかもな。俺もわかっていた。この宿はもう駄目だ。どんだけ掃除しようと何故かすぐに汚れ、すっかりガタも来ている。自慢の一つだった温泉も枯れ果て客足も遠のいた。
宿はボロくても料理の味には自信があったが、泊まる客泊まる客ほぼ全員がおかしな目にあった、気分が悪いと怒って帰ってしまい二度とうちを利用することもない。
ただ、今回久しぶりの客となった坊主が泊まっても何も起きなかったな。もしちょっとでも異変があったらわび金を支払ってこっちから別の宿を紹介しようと思ったが、そこだけは大丈夫だったようだ。
どちらにせよ借金のこともある……爺さんの代から受け継いだ宿だったがやはりもう潮時か――
「あ、あんた! た、大変だよ! 大変なんだ!」
その時、妻のジリスが転がるようにして食堂にやってきた。何だ一体? 随分と慌てているよううだが?
「一体どうしたってんだ。そんな泡を食ったような顔して」
「だ、だから、とにかく来ておくれよ! 温泉が、温泉が!」
何? 枯れた温泉がどうしたってんだ。最近じゃいくら掃除してもカビやら何やらがすぐ生えてきて不気味だからすっかり足を踏み入れなくなってたんだが――
そして俺はジリスと一緒に風呂に行き、驚いた。
あんなに暗くてジメッとしていた風呂場は脱衣所も浴槽も壁から天井までピッカピッカだった。
そして、なんてこった……
「湯が、出てやがる……」
そうだ。湯が出ていた。しかも壁には前にはなかった竜の彫刻みたいなのが掘られていた。その口から湯が出るという洒落たおまけ付きでだ。
「一体、どうなってるんだこりゃ」
「私が聞きたいよ! これは、奇跡だ! 奇跡だよ!」
ジリスはすっかり興奮していた。奇跡、確かにそんな言葉がぴったり嵌る。だが、そんなことがあるのか?
ふと、俺の脳裏にあの坊主の顔が思い浮かんだ。まさか、あの子が?
「あんた、しかもそれだけじゃないんだよ!」
「それだけじゃない?」
「来ておくれよ!」
そして俺の腕を引っ張るジリスにされるがまま、他の部屋を見てみたが。
「こいつは、ピカピカじゃねぇか」
「そうなのさ! しかも、朝になってもだよ!」
「あ……」
そうだ。この宿はいつしかいくら頑張って掃除をしても翌朝になると元の木阿弥で汚れが増え、宿もボロくなっていた。だが、今はその様子が全く感じられない。
立て付けが悪かった客室のドアもすっかり直ってやがる。壁のシミも取れているし、床から天井までまるで生まれ変わったかのようだ。
「お前が掃除したのか?」
「馬鹿いいなよ。そんな筈ないじゃないか」
確かに、最近は焼け気味で全く掃除に手を付けてなかったジリスがいきなりここまでのことを出来ると思えない。
「……ただね、あのマゼルって子が昨日掃除していたのはしっているよ。好きにしなとは言ったけど、でも、これはまさか、違うよね?」
ジリスが首をひねっているが、寧ろ俺はその可能性のほうが高いと思った。いや、だとしたらやはりあの風呂も?
「……ジリス、やっぱりあの話、実行してなくて正解だったかもしれないぞ」
「あ、いや、でも……」
「迷ってる暇なんてねぇぞ! ここまでしてくれたんだ! 俺たちが頑張らなくてどうする! お前は少しでも客を取り戻せるように客引きしろ! 俺は飯だ! この状況を活かすために腕によりをかけるぜ!」
そうだ。俺も何を腐ってたんだ。あんな小さな坊主がここまでやってくれたんだ。ここで動かないと男がすたるってもんだ!
◇◆◇
「おはよう皆」
「……おはようマゼル」
「マゼル~!」
「わ、ちょ、ビロス!」
開場前には皆も来ていた。で、挨拶したんだけど、ビロスが駆け寄ってきて抱きついてきちゃった!
ま、参ったな。ビロスは元は蜂だけど、今はすっかり見た目は立派な女の子なんだから。
「……いい加減離れる」
「――むぅ~! アイラ、何で邪魔する!」
「……マゼルが迷惑」
「マゼル、私、迷惑?」
アイラが割って入ってビロスを引き剥がしたが。けど、ビロスがそんな目で僕に問いかけてきた。
こ、これは参ったな。
「その、迷惑じゃないけど、人が見ているし、ね?」
「うぅ、わかった、ビロス、今は我慢する!」
「……今は?」
なにかアイラの眉がピクピクと反応しているよ。
なにかちょっと怖いかも……
「全くマゼルは相変わらずモテモテだな」
「それも大賢者の風格というものですよ」
モブマンとネガメがそんなこと言ってるけど、顔はにやけてるよ。絶対楽しんでるよね!
「――マゼル様」
僕を呼ぶ声がした。振り返ると近づいてくるイスナとクイスの姿があった。
「良かった間に合いました」
「おはよう~二人も来たんだね」
「……あれ? でも、二人は試験は免除の筈」
アイラが疑問のこもった声で言う。そういえば二人はエルフの国からの留学扱いだったよね。
「イスナ様が試験に向かう皆さまを応援したくて来たいと申されたもので」
クイスが答えてくれた。わざわざそのために来てくれたんだ……エルフの国のお姫様なのに偉ぶったりもしないしやっぱりいい子だよね。
「皆さんならきっと試験を突破できると信じております。是非一緒に学園生活を満喫したいので頑張って下さい!」
「……ありがとう」
「エルフの王女様にそう言われたら頑張らないとな!」
「はい。勇気がわきました」
「ビロスも大好きなマゼルの為に頑張る~」
「うん、僕も頑張るよ。ありがとうねイシス!」
そして僕たちはイシスとクイスに見送られて、いよいよ試験の日を迎えたんだ!
一方マゼルを見送った後のイスナとクイスだが――
「ところで、大賢者マゼル様を大好きと言っていたあの子は一体誰なのかしら? ふふ……」
「笑顔が怖いですイスナ様――」
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