第163話 魔力0の大賢者、宿のために一働きする

「あんた、一体何をしてるんだい?」


 僕が床や壁の掃除をしていると、ジリスさんが不可解そうに聞いてきた。


「掃除です」

「見ればわかるよ! 何であんたがそんなことしてるんだい!」


 うん、急に宿泊客の僕がこんなことをしていたらそれは驚くよね。


「気にしないでください。掃除は元々嫌いではないし、今後もし寮暮らしになったら自分のことは自分でしないといけないし、そのための予行練習も兼ねているんです」

「予行練習って……」

「まずかったですか?」

「――ふん。好きにするといいさ。だけど、だからって特別になにかしてやることはないよ」

「勿論僕が好きでやってることですから」


 僕がそう答えると、ジリスさんは眉を顰めた後、ふんっと鼻を鳴らした。


「一応言っておくけど、この宿で掃除なんてしても無駄だからね。いくらやったってすぐに汚れちまうのさ……」

 

 そしてそう言い残してジリスさんが立ち去った。うん、でもそれはラシルさんから聞いていたから知っている。


 でも、だからこそ僕は掃除をしてみたかったんだ――





 そして夜になった。ジリスさんやラシルさんも寝ていることだろう。


 部屋を出る。念の為また・・気を利用してドアを強化して鍵の効果も上げておいた。これで僕の部屋には入れないだろう。


 ちなみに立て付けの悪いドアだったけどそれは既に直してある。隙間もなくなってるからね。


 さて僕が出来るだけ細かく掃除したから、二階は床も壁も天井もかなりピカピカになっているよ。


 だけどそれもこの階だけだ。その方がわかりやすいと思ったからね。


 そして待っていると――


――ペタンペタンペタン。


 壁や天井に手形がついていく。床には足跡だ。それが段々と汚れに変わっているのがわかった。


「やっぱりいたねゴーストが、ハッ!」


 僕が拳を突き出すとパンッ! という快音とともにそれが消し飛んだ。


 とたんに床や天井がガタガタと揺れだす。


「無駄だよ。僕には君たちポルターガイストが見えているからね」

「「「「「――ッ!?」」」」」


 彼らの焦りがはっきり感じられた。そう、この宿で悪さをしていたのはアンデッドの内ゴースト系の魔物とされる低級悪霊ポルターガイストだ。


 この魔物は悪戯好きでも知られていて、人の暮らす建物に住み着いて迷惑をかけて回る。その悪戯も度が過ぎることが殆どだ。


 今回も一生懸命掃除したのを確認してはこうして汚して回ったり、恐らくだけど夜な夜なお客さんを驚かせたりもしていたんだろう。


 それが結果的に客離れにつながっていたんだ。折角経営を頑張ろうと努力している人の邪魔をするのは許すわけにはいかない。


 青白い小柄な幽霊たちの顔つきが変わった。それぞれの周囲に青白い火の玉が出現する。


 あれで攻撃してくるつもりか。殺傷力のある攻撃だね。もうこれはいたずらでは済まされない。


 霊たちが火の玉を投げつけてきた。躱したりしたら宿が燃えるかも知れない。


 だから僕は気合で火の玉を消した。さぁ次は――


「「「「「――!?」」」」」


 え? あ、あれ? 何かポルターガイストが全部消えちゃった。あれれ~? ちょっと気合い入れただけだったんだけど……

 

 ま、まぁいいか。消えたんなら万事オーライだよね。


 だけど、これだけで終わりとはどうしても思えない。ラシルさんは言っていたよね。温泉も枯れたって。


 正直ポルターガイストにそこまで出来ると思えないし、もし原因がゴーストにあるとしたらもっと強力な敵なのかもしれない。


 僕は元は温泉があったという場所に行ってみることにした。扉を抜けると暫く放置されていた為か、大分カビ臭くなっていた。ちょっと薄暗くて不気味だし妹のラーサだったら怖がりそうかも……


 勿論愛妹に危害を加えさせたりは僕がしないけどね!


 おっと、今はそうじゃないね。原因を掴まないと。先に進むと温泉の枯れた浴槽が見えた。


 考えられる中では勿論自然に枯れた恐れもある。だが、ここに来てその考えは吹っ飛んだ。明らかに異様な気配が渦巻いている。枯れた温泉の底に確かに気配を感じた。


「いるのはわかってるよ。出てきなよ」


 温泉に向けて声をかける。すぐには出てこない。だからちょっとだけ威圧を込めた。


「――!」


 いまので間違いなく反応を示した。そして枯れた温泉からニョキッと枯れ枝のように細くそれでいて妙に長い腕が伸びてきた。


 一本ずつゆっくりと妙に不気味な動きで浴槽から這い出てくる。一見白いローブを纏った髪の長い女性だ。しかし手足の数が普通ではないことを証明していた。まるで蜘蛛のように数が多い。


 こいつはサダウエル。ゴースト系の魔物だ。ポルターガイストよりは強いかもね。


 元々は井戸に出てくる魔物で、住み着いた井戸を枯らす。そのうえで井戸に近づく人の前に姿を見せて、不気味な動きで近づいてくるんだ。


 精神力の弱い人はこのサダウエルが現れた時点で金縛りにあって動きが止まってしまう。

 

 そして蜘蛛を思わせる不気味な動きで近づいて来て、長い髪に隠れた目で相手を覗き込む。この瞳は一種の魔眼で目を見たものの心臓を止めてしまう効果がある。


 そういう意味ではポルターガイストより凶悪な魔物だ。だけどここでは人の被害者は出てないようだしそれは幸いだったね。

 

 だけどこのまま放置していてはいつ誰がその毒牙にかかるかわからない。

 

 そんなことを考えている内に、サダウエルが目の前までやってきて、髪を掻き上げ巨大な目玉で覗き込んできた。その口元がニヤリと歪む。


「無駄だよ。僕にその目は効かない」

「――ェ!?」


 くぐもった雑音のような声が聞こえてきた。かなり動揺しているようだけど、僕は鍛えているから心臓の強さにだって自信がある。


「悪いけどこの宿のためにも成仏させてもらうよ。はぁああぁあああ!」


 氣を込めた拳を突き出す。本来幽霊に直接的な攻撃は通用しないけど氣さえ込めれば別だ。氣は霊体であってもダメージを与えられるからね。


「――ッ!?」


 そして僕の拳が霊体を突き抜け、サダウエルは光の粒子になって消え去った。ふぅこれでこの宿を困らせていた現況は退治できたね。


 さて、後は温泉だね。これもサダウエルがいたから温泉の流れが止まっていただけなんだよね。


 だけど、底の方で堰き止められているからこのままじゃ湯は戻らない。


 だから――


「通破拳!」


 以前トンネルを掘るのに使ったこの技で穴を掘り、そして、出た! 再び温泉が!


 うん、これでお湯ももとに戻るね。さて、少しでも客入りが戻ってくれるといいんだけどなぁ――

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