第162話 魔力0の大賢者、人化したビロスと再会
「あ! ビロスここにいたんだ、て大賢者様!?」
ビロスに抱きつかれて驚いているとハニーがやってきて声を掛けてくれた。ビロスもハニーも来ていたなんて驚きだね。
「……そろそろマゼルから離れる」
「あうっ!?」
アイラが間に入ってビロスを離した。ビロスが不満そうな顔を見せている。
「ビロス、マゼルの側いたい」
「……マゼルはビロスだけのものじゃない。皆の大賢者」
「ぶーぶー」
ビロスが口をとがらせて不満そうにしているよ。アイラも皆のというのはちょっと大げさかな……
でも、ビロスは人になっても蜂の時の癖はなおってないのかもね。別に僕だけが特別というわけでもない、親しくなった相手にはつい密なコミュニケーションを取ってしまうんだと思う。
「でも驚いたね。ハニーもビロスも来ていたなんて」
「うん。実はビロスがね魔法学園に入りたいってお願いしてきたの。最初はどうかなと思ったんだけど魔法が使えれば受験資格はあるみたいだから申込みに来たんだ」
「え! ビロスが魔法学園に?」
「うん! ビロス、一杯勉強した! 魔法、今なら使える」
ビロスがえっへんと胸を張る。大きな果実が上下に揺れてる……ほ、本当に色んな所が成長してるね。
「ビロスって元は蜂なんだよな? それでも受験出来るのか?」
「今は人だから。それに年齢も丁度12歳だしね」
モブマンの疑問にハニーが答えた。そうかビロスは12歳だったんだね。
「蜂の12歳を人と同じと捉えていいのかどうか……」
一方でネガメは迷っている。確かに人と蜂だった場合は年の基準も変わるけどね。
「う~ん。でも今はビロスは人と同じだし、年の基準も一緒でいいんじゃないかな?」
「あぁ、確かにそうだな。マゼルが言うなら間違いない」
「確かに大賢者マゼルがそう言うなら問題ないですね」
「えぇ! いや、何も僕が言ったからってわけじゃ……」
「マゼル、ありがとう。優しい!」
「わ、いや、参ったな~」
ビロスがまた抱きついてきたよ。見た目はもう完全に女の子だし、やっぱりちょっと照れるかも……
「……ちょっと馴れ馴れしい」
「わ、アイラ意地悪!」
「……違う。今後学園に通うなら過度なコミュニケーション良くない。もっと常識を学ぶ必要がある」
アイラとビロスでちょっとした言い合いが始まってしまった。ほ、程々にね。
「それじゃあ私達は一旦宿に戻るね」
「うぅ、マゼルと同じ部屋がいい」
「……我儘駄目」
「そうだよビロス。大賢者様にも迷惑かけるし」
「……マゼル、困らせたくない」
アイラとハニーに諭されてビロスがしゅんっとなって悪い気はしたけど、やっぱり女の子と一緒というわけにはいかないからね。
さて、明日の試験に備えて今日は僕も早めに戻ることにした。
「戻ったんだね。それで試験は受けられるのかい?」
「あ、はい。受験票も貰ったので後は試験に挑むだけです」
宿のジリスさんが話しかけてくれた。試験について気に掛けてくれたのかな?
「夕食の準備は出来てるよ。今食べるかい?」
「あ、はい。それならすぐに食堂に行きます」
そして僕は部屋に受験票を置いて食堂に向かった。ここの料理は美味しいから密かに楽しみだったりするんだよねぇ。
◇◆◇
sideジリス
行ったね。悪いけどそう簡単に試験はうけさせるわけにいかないんだ。こっちも宿の存続が掛かってるからね。
だから受験票を盗み出すことにする。受験票がなければ試験は受けられないし大恥をかくことになるだろうさ。
……子ども相手に何でここまでと思わなくもないけど、宿の為に心を鬼にしないといけない。一応鍵は掛けていったようだけどここのは単純だから道具を使えばすぐに開けられるのさ。
さてと、ここをこうやって……あれ? な、何なんだいこれは? 全くドアが開かないよ!
お、おかしいね。このやり方で鍵は外れる筈なのに、ど、ドアが引っ付いたみたいに、うぐぅううう!
はぁ、はぁ、だ、駄目だよ。そもそもこんなに頑丈だったかいこの扉? あの件から木製の扉はガタガタだった筈だ。歪みもあったり隙間だって酷い筈。
なのに、今の扉は隙間も感じられない。歪みも消えてる。
むぎぎぎぃ! だ、駄目だ。あかないよ。
仕方ない。受験票は諦めるしかないね。だけど、まだあの人がいる。料理に腹を壊す強力な下剤を入れておくように旦那には言ってあるんだ。それで明日の試験はきっとボロボロだろうね……
◇◆◇
「うん! 本当に料理が美味しいね」
「ありがとうよ。坊主からもらった米も役立たせて貰ってるぜ」
そう言ってラシスさんが微笑んでくれた。一見強面だけど、笑うとどことなく温かい気持ちになる。
「でも、これだけの料理があるのにちょっと勿体ないですね」
がらんっとした食堂を見ながらつい思ったことを口にしてしまった。
「仕方ないのさ。最近はうちより立派なホテルなんかも建っちまったしな。客足は遠のくばかりだ」
「……その、例えば色々と手入れしてみるとかどうでしょう?」
出来るだけ言葉を選んで提案してみる。するとラシルさんが自虐的な笑みを浮かべた。
「はっきり言ってくれて構わないんだぜ? 汚くてボロっちいだろううちの宿は?」
「いや、そんな……でも掃除をするだけでも違うかも知れません」
「まったくもってそのとおりだ。俺たちも最初はそう思ってやっていたさ。当時はまだ何人か従業員もいた。だけど駄目だったのさ」
「駄目だった、ですか?」
「そうだ。信じられないかも知れないが、いつからかいくら掃除しようが何故かすぐに宿が汚れるようになったのさ。その時だったかな風呂が枯れたのは」
「お風呂ですか?」
「もともとはここにもいい温泉があったんだ。それ目当てに来てくれる客もいたもんだ。だが温泉が枯れ、そして何故か宿のガタも酷くなった。掃除をしてもしても一行に綺麗になることもなくそうこうしているうちに――このざまさ」
ラシルさんが肩を竦める。それにしても、おかしな話だよね……
「あいつもこんなことになるまでは宿の経営にも一生懸命だったんだがな。今はすっかりやる気もなくしてる……そろそろ潮時なのかも知れねぇな」
その後、変な話をして悪いな、とラシルさんが謝って厨房に戻って言った。なにか凄く背中が寂しそうだったよ――
◇◆◇
sideジリス
「下剤を入れてないだって! あんたどういうつもりなんだい!」
「どういうつもりもないさ。俺は自分の料理に誇りを持っている。下剤なんか入れて料理を汚すような真似は出来ねぇよ」
「あんた、そんなこと言ってわかってるのかい! あいつを上手く陥れたらこの宿だって助かるんだよ! でもそれをしないと……借金だって――」
ここはもう後がないんだ。期限も迫っているけど、支払うお金もない。このままじゃ後10日もすればここは潰れる!
「……そこまでして縋るようならもう仕方ないだろう」
「え? まさか諦めるってのかい!」
「仕方ないだろう。大体客商売やってるのに客に迷惑かけるようになっちゃおしまいだ。そんな真似して例え一時的にしのいだとしても長くは続かない。いいかジリス。俺たちは客の信頼で成り立っているんだ。それをなくしたらしめぇだよ」
「綺麗事ばっかり言ってんじゃないよすっとこどっこい! 私は冗談じゃないからね! この宿を失ったら残るのは大量の借金だけだ! 私達の人生がかかってるんだよ!」
私が馬鹿だった。この人は見た目はごついのに妙に生真面目で優しすぎる。でもね、経営には特に非情にならなきゃいけないことだってあるはずなんだよ……だから――
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